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「ねえねえ柚瑠〜、“ゆっちゃん”って誰?」
「は?誰それ。」
いきなり女バスの友人にそんな人物のことを聞かれ、逆に聞き返した。
「柚瑠も知らない人?なんか高野くんの彼女って噂なんだけど。」
「…はい?」
いや、待てよ誰だよ“ゆっちゃん”って。噂の出所はどこだよ。俺との噂が流れるならまだしも、“ゆっちゃん”ってまじで誰だ?真桜が俺以外に好きそうな人物なんて自分で言っちゃなんだがいないと思うけど。
「それ誰から聞いたんだ?」
「高野くんと吉川さんの会話聞いてた子が、高野くんがゆっちゃんゆっちゃんって名前言ってすごい喜んで喋ってたって。」
「はあ???まじで誰だよ???」
「ちょっ、私にキレないでよ!!柚瑠高野くんと仲良いから絶対知ってるって思って聞いたのに!」
「寧ろなんで俺も知らないのか知りたいわ!」
「…隠されてる感じ?…仲良いのにどんまいだね。」
女バスの友人に憐れむような目を向けられて、俺はブチッと頭にきてしまった。仲良いどころか真桜と付き合ってるのは俺ですが!?“ゆっちゃん”!?親戚の子の名前とかじゃねえのかよ!
「おい吉川ぁ!!ちょっとこっち来いよ!!」
「キャッ!なになに!?七宮おこなの!?」
「おこだよ!!」
休み時間になり、呑気に顔面を化粧品で構築していた吉川を俺の席に呼び寄せた。
パカッと弁当の蓋を開けながら吉川が来るのを待っていると、吉川は口紅を付けたあとの唇をンマンマと開閉しながら歩み寄ってくる。さっさと来い!
ぱくっと卵焼きを一口食べたあと、「なんでおこなの?」と聞いてきた吉川に俺はもぐもぐと卵焼きを食べながら問いかけた。
「“ゆっちゃん”って誰だよ?」
すると吉川は、口に手を当て、「あら、何故その名前を?」と聞かれたらまずいことのような反応をしやがった。
そんな時、真桜も4組の教室に遊びに来て、吉川の隣に真桜が立つと、吉川は口に手を当てたままチラリと真桜を見上げる。
「七宮になんか“ゆっちゃん”バレてるんだけど。」
「まじ?なんで?」
「それを今聞いてたところ。」
コソコソと二人で話し出した真桜と吉川に、俺はだんだんイライラしながら二つ目の卵焼きを口に入れてしまった。クソッ!いつも白ご飯とおかずの割合を均等に食ってるのに!
「噂によると真桜の彼女らしいな?“ゆっちゃん”とやらは。」
もぐもぐ、と二個目の卵焼きを食べながら真桜をジーと睨み付けて言うと、真桜はちょっと気恥ずかしそうにぽりぽりと頬を掻いた。
は!???そこで照れるのは何でだよ!?
バン!と箸を机の上に叩きつけ、俺は椅子から立ち上がって真桜と同じ目線になってジーと真桜を近距離で睨み付けると、真桜は「…へ?」と顔を真っ赤にしながら狼狽始めた。
「ちょっ、ウケる、七宮多分誤解してる。」
ぶふふ、と笑いながら吉川が真桜を庇うように俺から引き離し、俺の耳元でコソッと吉川は口を開いた。
「隠語だよ。…七宮の。」
すぐには言われた意味が理解できなくて、「普通に考えたらわかるでしょ。」と吉川に言われてしまい、その後“ゆっちゃん”が俺のことを指した呼び方だったと理解したとき、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。
『高野くんと吉川さんの会話聞いてた子が、高野くんがゆっちゃんゆっちゃんって名前言ってすごい喜んで喋ってたって。』
つまりそれは俺のことだったってことか。
「も〜ほんとにウケる〜、七宮もゆっちゃんのことは内緒ねー、真桜くんバレるとまじ恥ずかしいことになるから。」
からかうようにそう言った吉川を、真桜がドンと突き飛ばした。
「キャァ!真桜くん乱暴、最低男!ゆっちゃんに嫌われてしまえ!」
「ゆっちゃん優しいから嫌わないもん。」
「きっしょ〜もんとか男が言ってんな!」
「お前口悪いの直した方がいいぞ。」
「話そうと思えばおしとやかに話せますぅ。」
「……お前らもう帰っていいよ。」
俺の目の前で子供のような言い合いを始めてしまった真桜と吉川に、俺は赤い顔を隠すようにグラウンドの方を見ながらもぐもぐと白ご飯を食べた。
この日俺は、俺の知らないところで二人が『ゆっちゃん』『ゆっちゃん』と俺の話をしていることを知ってしまったのだった。
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