79 [ 80/90 ]

「痛ッ、てー…。」


クラス対抗リレーが終わったあと、俺の手のひらと膝には擦り傷ができていた。パンパンとハーフパンツについた砂を払いながら応援席に戻ると、「みんなお疲れー!」とクラスメイトたちが激励の言葉をくれる。


「柚瑠怪我した?大丈夫?」

「七宮おつかれ、超速かったよ〜。」


真桜と吉川もそう声をかけてくれる中、俺は佐伯をこっそり盗み見る。あいつからバトンを受け取ろうとしたとき、あいつの目線は俺の方を見ていなかった。

まるでバトンを俺に手渡す気が無いような渡し方で、実際バトンを落としてしまったのはその所為だ。じわじわとあいつへの怒りが込み上げる。

なんだよあの渡し方。って言ってやりたい気持ちはあるが、単なる事故だった可能性も否めない。


ひとまず怒りは引っ込めて、汚れた手を洗いに行った。



「七宮ごめんね、考え事してたらバトン上手く渡せなかった。」


意外にも水道で手を洗っていた俺に先に声をかけてきたのは佐伯からだった。そんなふうに謝られたら責めることなんてできない。


適当に相槌を打った後、無言でジャーと水を流して肘まで洗っていると、突然佐伯が「ねぇ七宮知ってる?真桜くんって七宮のこと好きなんだよ。」と言ってきた。


あまりに突然すぎて、“やっぱりこいつ気付いてたんだ”という気持ちと、“だから何?”と言う気持ちを同時に抱くが俺は無反応を貫き、肘を洗い終わったらあとに先の言葉を促すように佐伯に目を向けた。


「あれ?驚かないの?」

「なんでそういうことを佐伯の口から聞かなきゃなんねえんだよ。」


吉川から白石が俺のことを好きだという話を聞かされた時も思ったが、本人でも無い奴がそういうことを勝手に話してしまうのは失礼だと思わないのか。


佐伯を横目で睨み付けながら蛇口を捻り水を止めていると、佐伯は「気付いてたんだね。」と無愛想に吐き捨ててきた。


とても一ヶ月前のダンスを教えてくれていた佐伯と同一人物には思えない。一応クラスで仲良くしていた方の女子なのに、こんなに憎悪を含むような目で見られることになるなら、真桜がもっと他のやつと付き合ってくれたら良かったのに、と思ってしまった。


「真桜くんいつも苦しそうにしてるよ。七宮とは仲が良い分、報われないのってかなりキツいんだろうね。」

「知ってる。だからお前と付き合ったんだろ?」


俺がそう返事をすると、佐伯は一瞬目を丸く見開いた。


「わかってるんなら解放してあげたら?」

「は?解放?俺が?まるで俺が真桜を縛り付けてるような言い方だな。」


佐伯の言い草にイラッとした。
お前に言われる筋合いはない。


「七宮がそうやって真桜くんの側に居るから、真桜くんが諦められないんでしょ。その気もないのに側にいるのはやめてあげてってこと。」

「その気がないって誰が言ったんだよ。」

「……え?」


初めて俺の返答に、強気だった佐伯の瞳が、動揺するように揺れた。


お前は俺の気持ちも知らずにでしゃばったことを言い過ぎだ。吉川にだってあれこれ言われて、すでに俺は、真桜の気持ちを痛いほど理解しているつもりなんだ。


「佐伯が真桜と付き合ってくれてよかったわ。お前のおかげで自分のわけわかんねえ感情とよ〜く向き合うことができた。」


俺は佐伯に一歩近付き、せせら笑うように口角を上げながら佐伯を見下ろした。


何度も真桜との会話に割って入られ、ベタベタと真桜に触れ、見せつけるように抱きついて、そんな佐伯を見ていて、自分が“嫉妬”という感情を抱いていることに気付けた。


「お前俺が男だからって油断しただろ。」

「……もしかして、好きなの?」


まるで“それを”恐れるように佐伯は俺に問いかける。


「さあ?

それを今考えてるところだよ。」


もう答えはすでに出ていても、それを一番に伝えるのは佐伯にではない。女子たちになにかぺちゃくちゃ喋られても困ると思い、眉を顰めて俺を見上げる佐伯に曖昧な返事をしてから立ち去った。



水道場からグラウンドに戻ると全学年のリレーが終わった直後のようだ。閉会式を行うために並ばされている途中で、俺もクラスの列に並ぶ。


遅れて佐伯もクラスの列に並んでいたが、その時に見た表情は、俺が最後に見た時のままの顰め面だ。


この後佐伯が真桜に振られると分かっててあいつがなんて答えるかを気になってるんだから、俺もなかなかに性格が悪い。


[*prev] [next#]


- ナノ -