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数日前、真桜に突然彼女ができた。
学年中で噂されていたその話題を、俺は女友達から聞かされて初めて知った。ショックだった。
真桜に直接そのことを問い詰めると、真桜は言った。
『自分の気持ちから逃げた。』
他に好きな奴が居るくせに、そんなのはその女の子にも失礼だろ、って怒りたかったけど、そんなことを言われたら怒れるはずがない。
噂の彼女は、さっぱりした性格の感じの良さそうな子だ。ちょっと根暗で大人しい真桜にはお似合いかもしれない。
休み時間にちらっと真桜のクラスの教室を覗くと、真桜はその子と楽しそうに喋っている。彼女ができたことで真桜の気が紛れるのなら、まあそんな選択も有りなんだろうか。
俺には真桜の気持ちを全部分かってやることはできないから、真桜の気持ちを想像してみては、納得してみる。
けれどやっぱり、俺は柚瑠の隣で照れ笑いしている時の真桜の方が好きだな。
放課後、バスケ部が外周を走っていても、真桜が足を止めることはない。
柚瑠とタカを家に呼んで遊ぶことも無くなったし、真桜から柚瑠の話を聞くことも無くなった。
まるで“触れてはいけない話題”って感じ。
だから俺も柚瑠のことは聞かないようにしてたけど、ある日の放課後、真桜を教室まで迎えに行くと、真桜はやけに不機嫌そうにムッと唇を尖らせて、何か言いたげに鞄を持って教室を出て行った柚瑠の後ろ姿を、姿が見えなくなるまで眺めている。
「真桜くんバイバイ!また明日ね〜。」
「あ、うん。バイバイ。」
彼女らしき女の子に声をかけられ、真桜は瞬時に愛想笑い。
「真桜〜帰ろうぜ。」
一通り観察し終えてから真桜に声をかけると、その瞬間、無表情になった真桜が俺の方へ歩いてきた。
いや、違うな。
無表情じゃなくて、無気力だ。
真桜の肩に腕を回して、無言で顔を覗き込むと、真桜はちょっと泣きそうに眉を下げて俺を見た。
「おいおい泣くな泣くな。」
今にも真桜が泣き出しそうな気がして、俺は真桜の髪をぐしゃぐしゃになるまで撫でた。
逆に俺のそんな行動が真桜の涙を誘ってしまったのか、ズッ、と鼻を啜り出してしまった。
「タケぇ〜…。」
こんなにでっかい図体しておいて、涙目で俺を見る真桜の姿は子供のようだ。小学生の頃ですら、真桜の泣いてるところは見たことがないのに。
「あ〜よしよし家帰って話聞いてやるからな。」
…って、俺は保護者か。
学年のイケメンアイドルの泣き顔を周囲に見せるわけにはいかず、今度は真桜の前髪をぐしゃぐしゃにしながら廊下を進んだ。
そして真桜は家に帰宅すると、玄関で突然ポロポロと涙を流し始めた。靴を脱ぎ、ドタッと玄関の段差で足を引っ掛け、無様に床に崩れ落ちる真桜。
真桜のおばちゃんが留守で良かった。
「う、ッ…ぅ、…っ」
真桜の身体に腕を回して、よしよしと背を撫でると、真桜は俺に縋り付くようにシャツを握って嗚咽を漏らした。
「こんなになるまで我慢してんなよ。もっと俺に話せばいいのに。」
「うぅ、ッ…やっぱ、り、どうしても、柚瑠が好きだ…ッ」
「変に気持ち抑えようとするからこんななるんじゃねえの?抑えなくてよくね?」
できるだけ真桜の気が楽になることを言ってやりたいのに、真桜はふるふると首を振る。
「嫌われるのが、怖くてっ、…でも、どうせ、どうやっても叶わねーしッ…。」
「そんなこと言うなってー…。叶わなかったらその時にまた泣けばいいから。柚瑠が真桜を嫌いって言ったか?あいつはそんなこと言わねーだろ?」
トン、トン、トン、…と子供をあやすように真桜の背中をゆっくり叩くと、少し落ち着いた様子の真桜が恐る恐る顔を上げた。
「ふふっ…、ひどい顔だな。」
「…うぅ…。もう好きなのやめたい…。」
「そりゃ無理だって〜。」
「…彼女と付き合ったら、ちょっとはその子のこと好きになって忘れられるかと思ったのに…。」
「柚瑠と同じクラスのうちは、嫌でも視界に入るし忘れるなんてできねーって。…彼女とのことはさ、もっかい考え直してみな?今の状況はその彼女にも申し訳ないと思ってんだろ?」
さっさと別れて自分の気持ちに向き合え、なんて無責任には言えねえけど、でもやっぱり俺には真桜に彼女なんてできても無意味な気がして、真桜にそう声をかけると、真桜はこくりと小さく頷いた。
「次から絶対俺に相談しろよ?一人で抱えようとしたらキツいに決まってんだろ?」
「…うん、そうだな。」
俺はお前にいきなり彼女ができたって聞いてショックだったんだぞ?もしかしたら柚瑠だって、少しはショックだったかもな。って、あいつが今この状況をどう思ってるのか、俺はすげー気になってしまった。
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