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たわいない会話を約1時間ほど続けて、ライン交換をしてようやくそろそろ帰ろうか、っていう空気になった時、俺は初めて先程真桜が座っていた席を見るために振り向いた。

…あ、まだ居た。

しかも何か言いたそうにこっちを見ている健弘の目と目が合ってしまった。 


「俺友達向こうに居るし合流するわ。」

「あーまじ?じゃあまた明日な。」

「おう。」


暁人たちにそう言って立ち上がり、トレーの上に乗ったゴミをゴミ箱に捨ててから、真桜たちが居る方向へ…向かっていく俺の背後で、「あ、高野くんのところかぁ。」と話している女子2人の声を聞きながら、俺は真桜と健弘が居る席に向かった。


無言で真桜の隣に座ると、真桜は少し驚いたようなキョトンとした顔で俺の顔を見つめてきた。


「柚瑠くんなんですかあれはー。」

「友達に誘われたんだよ。」


健弘の『説明しなさい』って言いたげな話し方にちょっとムッとする。俺だって来たくてここにわざわざ来たわけではない。


「柚瑠って意外とモテるんだな。」

「健弘ってちょいちょい俺のことバカにしてるよな?」

「別にバカにはしてないって。」


いや、こいつは多分、常に『なんで真桜は柚瑠を?』くらいは思ってると思う。そんなのは俺が一番思ってることだが。


「…あの子もさっき柚瑠の走ってるとこ見てたぞ。」


真桜はボソッとそう口にした後、ゴン、と額をテーブルにぶつけながら顔を伏せた。その後もゴン、ゴン、と額を意味もなくぶつけている。


「あー病んでるんですよ、うちの真桜くん。」


そこで健弘が、そう言いながら軽く笑った。真桜は否定することもなく顔を伏せたままだ。


「別に心配しなくてもあの子と付き合ったりとかないからな。」


…って、別に何もそんなこと言われてないのに勝手に真桜の心配を悟るような言葉が自分の口から飛び出てしまった。そもそもあの子から告白されたわけでもないのに。


すると、チラリと顔を上げた隙間から、真桜が片目を覗かせる。ジーとこっちを見ている目を見返していると、真桜の頭がむくっと起き上がった。


ソファー席に座っていた真桜がスッと横に移動して、いきなり俺との距離を詰めてきたかと思えば、その次に膝の上に置いていた俺の手に、急に真桜は自分の指を絡めてくる。


「誰とも付き合ってほしくない。」


真剣な眼差しで、いきなり真桜の口から飛び出してきた切実な訴えに、俺の心臓がドキッとした。

真桜の手が、ぎゅっと俺の手を握ってきたから、俺はまるで指先からも心臓の音が伝わってしまいそうな心境に陥る。


『付き合ってくれ』とは言わないくせに、『誰とも付き合ってほしくない』は言えるのかよ。…って、なんだかそれが、真桜の自信の無さの表れのように感じてしまった。


俺は自分でも自分がどうしたいのか分からなくなるくらい、真桜の言動にいつも戸惑ってしまう。


「…うん、分かった。」


今は真桜の言葉に頷くのが精一杯で、そう言って俺は下を向いた。


真桜がそんな俺を見て、パチリと目を丸くしている。


『うん、分かった。』…って、俺がそう頷いたのは多分、自信無さげな真桜の不安を取り除いてやりたかったから。


『付き合ってくれ』とは言われないし、もし言われたとしてもその返事に困ってしまうけど、俺自身も『うん、分かった。』とは頷ける。なんか、お互いに『付き合う』ことから逃げてる気もする。


真桜に触れられた手は熱くて、嫌悪感などあるはずもなく、真桜からの珍しいアプローチがただ単純に気恥ずかしい気持ちになる。


暫くの間沈黙していた空気の中、顔を上げると真顔の健弘と目が合って気恥ずかしさが倍増してしまった。


以前健弘が『俺茶々入れたこととかあった?』と言っていたことがあったが、多分それは本当にそうで、健弘は茶々も入れずに、存在を消すように静かに俺と真桜の様子を窺っている。


そんな健弘には、なんとなく俺の心の中を見透かされている気がして、俺は無言でサッと目を逸らした。


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