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「真桜くんどこ行ってたのー?寂しかったよー。」


同じクラスのこの女子には、何度も告白されたことがある。勿論きっぱり断っているつもりだ。
それでも何度も話しかけてくるし、告白まがいなことを言ってくる。この打たれ強さは少し羨ましい。

また、別のクラスの子にも似たようなことをよく言われる。勿論きっぱり断っているつもりだった。


彼女は一人も居たことないのに、何故か彼女が居ると思われていて、『あの子彼女?』と聞かれるのは、よくあることだった。



『昨日隣座ってた子彼女?』


自販機とゴミ箱、その隣の狭いスペースに腰を下ろしてパンを食べていた同じクラスの七宮 柚瑠が、俺を見上げてそう問いかけた。


まさかそんなところに居るとは思わなかった七宮 柚瑠と、突然こんなやり取りをすることになるとは。


少しだけ焦茶混じりの細い前髪が、寝癖のように跳ねている。横髪は短く切り揃えられており、バスケ部員の七宮はいつも飾り気のない部活の練習着を来ているが、そんな七宮の姿がいつも爽やかに俺の目には映る。


昨日は友人に誘われて寄り道をして帰ったけど、その時も七宮があそこにいるとは思わなかった。

1メートルも無い通路を挟んだ隣の席に七宮が居ると思うと、俺は心臓をドキドキさせながら七宮の声に聞き耳を立てる。


話したことは一度も無かったけど、高校に入学したての頃から、七宮 柚瑠は俺の気になる人だった。


話したことが無い、という事実から“俺は七宮のことが好きなのか?”と考えると自分でもよく分からなくて、でもほとんど“好き”に近い想いを、多分、七宮に抱いている。



元々人付き合いは得意ではなくて、特に女子の扱いはどちらか言えば苦手なほうだった。

昔から男子と話している方が、なんとなく落ち着く。そんな俺の性格とは裏腹に、明るく元気で積極的な子が俺によく話しかけてくれる。
何度も告白をされたことがあったけど、『好き』と言われても嬉しく思うこととかはあんまり無い。


俺がおかしいのか?俺が無感情すぎるのか?


自分自身に対してそんなふうに思っていた時、たまたま聞こえてきた会話。まだ彼の名前も知らなかった頃の、七宮 柚瑠の声だ。


『この名前なんで読むんだ?ま、…まざくら?』

『いや、まおだろ。あのすげーかっこいい奴だよ。』

『へえ、いいな。綺麗な名前。春生まれかな。ほら、あそこまだちょっと桜咲いてるし。多分3月か4月生まれだな。』

『聞いてみろよ。』

『ははっ、聞かねーよ。』


窓際の壁に貼られた座席表を見ながら話す七宮は、そう言いながら窓の外を眺めた。

ピンク色に色付いている、桜の木を指差している。

誕生月は3月だ。桜が咲く季節に産まれたことによってつけられた名前であるのは七宮の予想通り。

自分の名前を噂されることはあまり気分の良いものではないのに、七宮の言葉を聞いてからというもの俺の心臓がちょっとドキッとして、それから、少し気分が高揚しているようだった。

昔から、自分の名前をちょっと女っぽいか?と思ったりしてあまり好きではなかったけど、七宮が俺の名前を『いいな。』と言ってくれた時、俺は物凄く嬉しかった。


七宮を目で追うようになったのは、そんな些細なきっかけから。


七宮 柚瑠、バスケ部で、毎日朝練のために早くから学校に来ている。朝練後はいつもおにぎりを食べていて、髪は汗で濡れていて少しキラキラ光って見える。


さぞかし朝練を頑張っているんだろうと思ったら、俺は部活をしている七宮の姿も見たくなってしまった。


男の俺にこんな好意を持たれているなんて七宮は微塵にも思わないだろうし、勿論こんな気持ちを曝け出すつもりは無いし、まだ、この時は、見てるだけで十分だった。


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