うちの妻と、息子の話(next→) [ 5/87 ]
「ゆりちゃ〜んただいま〜。海渡はバイト?」
「うん。ご飯できてるからちゃっちゃと風呂入ってきてー。」
仕事が終わり帰宅すると、家に居るのは俺の妻であるゆりちゃんだけ。大学生の息子、海渡はバイトや遊びで帰ってくるのは遅く、高校生の航は現在寮生活中で、高校を卒業するまで家に帰ってくることはない。
息子たちもどんどん大きくなって、そのうち巣立っていくんだろうなぁ。そしたらきっと、ゆりちゃんは寂しがるだろうなぁ…と、ふとそんな事を考えた。
ゆりちゃんは航が寮に入った時からとても寂しそうにしていたから。
「ちょっと真面目な話があるからビールは話が終わってからな?」
風呂に入ってテーブルの椅子に腰掛け、ビールを出してもらえるのを待っていたが、ビールは出してもらえずゆりちゃんはそう言いながら俺の正面に腰掛けた。
「真面目な話?なに、こわいこわい。離婚?やだよ?」
「は?あほか。」
ゆりちゃんは俺の発言に呆れた表情を浮かべながら、用意してくれていたハンバーグにケチャップをかけてくれた。
「ありがと。」
ビールも早く飲みたいな。
真面目な話ってなんだろう?
ハンバーグと白ご飯を交互に食べながら、ゆりちゃんが話し出すのを待つ。
「航が高校卒業したら、るいきゅんとルームシェアしたいって言うとんねん。」
ああ、真面目な話っていうのは、息子のことでだったのか。ゆりちゃんは昔から俺以上に、息子のことを真剣に考えてくれている。
「へえ、ルームシェア?今の子ってそういうの流行ってるの?俺の会社の若い子も友達と家賃出し合って生活してるって言ってたなぁ。」
俺はそう言って、“ルームシェア”という言葉に反応してみせたが、ゆりちゃんはその瞬間唇を尖らせて、不機嫌そうな表情で俺に視線を向けてきた。
「会社の子の話は今どうでもええねん。」
うわあ、ゆりちゃんめっちゃ不機嫌だ。
恐らくゆりちゃんは反対なのだ、航が高校卒業後ルームシェアすることに。
暫し黙ってゆりちゃんの次の言葉を待っていると、ゆりちゃんは数秒間の沈黙後、不機嫌そうな顔つきのまま話し始めた。
「…るいきゅんに迷惑かけることは目に見えてるわ。航が家事とかできるわけない。」
ご飯を食べながら、ゆりちゃんの話を黙って聞く。
ご飯を飲み込んでから味噌汁を啜って、それから俺は、「でも、」と口を挟んだ。
「寮生活してるうちにちょっとはできるようになってんじゃねえの?なんのための寮生活だよ。」
俺たちは航の高校生活の様子を知らないんだから、航に家事なんてできるわけないって決めつけるのはどうなんだろう、という俺の意見。
そんな俺の話を聞くと、ゆりちゃんはますます不機嫌そうな表情になった。
「…そうやけど…。
………帰ってきて欲しいやん。」
ボソッと口に出されたゆりちゃんの本音。
ああ、そっか。
ゆりちゃんは航が家に居なくてやっぱり寂しかったんだな。幼い頃から、海渡より手のかかる子だったから、そんな航がどんどん親元を離れていくのが寂しいのだ。
「まあ、遅かれ早かれそういう時は来るもんだよ。海渡だっていつかは家を出る時が来るだろうし。」
…と、俺がそう言った瞬間、ゆりちゃんは涙目になりながらしょんぼりしてしまった。
「でも矢田さんとこはもしかしたら反対かもしれないし一回俺が電話して話聞いてみるよ。」
その日は俺のその言葉を最後に、航のルームシェア話は終了した。
それから数日後、矢田さんの家に電話をして話を聞いてみると、意外にも矢田さんご夫妻はノリノリで航とのルームシェアをオッケーしていた。
いや寧ろ、『友岡さんさえよろしければ是非』と矢田さんご夫婦は航とのルームシェアに大賛成していた。
俺も反対はしない。
だからつまり、あとはゆりちゃん次第ということだ。
*
「…あ、航のお父さんお久しぶりです。こんにちは。」
ルームシェアの話が出てすぐの休日、航はるいきゅんを連れて家に帰ってきた。
ルームシェアの話のときは不機嫌そうだったゆりちゃんだが、るいきゅんを前にした時のゆりちゃんはとてつもなくご機嫌だ。
「お〜久しぶり〜。」
ちょっと表情が硬いるいきゅん。
なんだか緊張しているみたいだ。
でもいつ見てもこの子イケメンだな。
「…あの、ルームシェアのことなんですが、今も寮で航と協力しながら生活してるんですけど、高校を出たあとも航と支え合いながら生活したいと思っています。俺のわがままなんですけれども、許可していただきたいなと思い、今日は伺わせていただきました。」
とても礼儀正しい子だな、っていう印象が強い。
息子たちにも、こういう礼儀を身につけてもらいたい。
るいきゅんのその言葉に、ゆりちゃんはここで初めてるいきゅんの前で苦笑した。
「…う〜ん…。絶対るいきゅんに迷惑かけると思う。るいきゅんの負担が増えると思ったら私はちょっとなぁ〜…。」
ゆりちゃんはるいきゅんの前でも、そんな渋った態度を見せる。それに対して航がすぐに口を挟む。
「母ちゃん、大丈夫だって。俺家事ちゃんとするつもりだから。るいに迷惑かけたくて一緒住むわけじゃねえし。ちゃんとやるから。」
航、違うぞ。ゆりちゃんはお前とまた一緒に生活したいんだよ。渋ってる理由はそれだけなんだ。
でも、それを俺が今ここで口に出すとるいきゅんが申し訳ない気持ちになるだけだろうと思って黙って話を聞いていると、今度はるいきゅんが口を開いた。
「…俺もまだまだ子供なところがあるので、航に助けられることもあると思います。お互いに成長していけたらいいなと思ってます。航と一緒にいると、俺も成長できるんです。どうか、お願いします!」
そう言って、頭を下げたるいきゅんに、ゆりちゃんは「えぇ!るいきゅん頭上げて!」と少し動揺を見せた。
そこで、航も「母ちゃんお願い!!!」と両手を合わせる。
2人から頼み込まれたゆりちゃんは、「もお〜、るいきゅんにこんなにお願いされて断れるわけないやんかぁ〜!」と言って、ペシンと航の頭を叩いた。
「るいきゅんに任せっきりはあかんからな。」
「分かってる。」
こうして、ゆりちゃんからのお許しが出たところで、るいきゅんはチラリと俺に視線を向けてきた。
「…あの、お父さんは…どう思っておられますか?」
「ん?俺?」
恐る恐る、というようにるいきゅんに問いかけられる。
「ん〜、まあちょくちょく顔見せに帰ってきてくれたらいいかな。」
ほら、ゆりちゃん寂しがっちゃうからね。
って、ここでチラッとゆりちゃんの方に視線を向けた瞬間、るいきゅんの視線もゆりちゃんに向けられた。
「それはもう!任せてください!!!」
ゆりちゃんをジッと見つめて、大きく頷くるいきゅんに、ゆりちゃんは「いやん!」と両手で顔を隠し、るいきゅんから顔を背けた。
「こらこらゆりちゃ〜ん?なにその反応。」
「るいきゅんに見つめられてしもた!」
「いや母ちゃんガチで照れてんなよ。」
ここで、呆れた表情を浮かべている航からも突っ込まれる。
「るいきゅんに見つめられて照れんなって言う方が無理あるやろ?」
顔に手を当てながら航にそう話すゆりちゃんに、クスクスと穏やかに笑っているるいきゅん。
いやまあ確かにこの子がすっごいイケメンなのは分かってるけどさ、
「父ちゃんの前では自重しろよ。」
「さすが航くん!わかってるねぇ〜!」
俺の気持ちを代弁してくれた航に俺は、手を伸ばして航の髪をグシャグシャと撫でた。
「え〜、だってるいきゅんかっこいいからしゃあないわ。」
ひたすらるいきゅんを褒めるゆりちゃんに、るいきゅんは照れくさそうにしながら静かに会話を聞いていた。
まあ、確かにかっこいいから仕方ないね。
おっさんは開き直ってビールでも飲もうかな。
「るいきゅんも一杯どう?」
「あ…すみません、お気持ちだけ…。」
おっと、そうだ。
るいきゅん未成年だった。
うちの妻と、息子の話 おわり
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