航くんの匂いが好き [ 47/87 ]
一つ下の後輩、矢田 るいは、顔良すぎ、クールで知的、社内成績良しの女性社員の憧れの存在。そして、男性社員の敵のような男である。
噂では独身。しかし残念ながら溺愛している彼女が居るとか居ないとか。いや、居るだろ。あの顔だったら彼女の一人や二人はよお。
「矢田さぁん!今日の飲み会は絶対来てくださいねっ!」
「ああはいはい。行きます行きます。」
でも彼女が居るからって関係無い。なんとかして矢田に近付きたいと思う人は多く、矢田が飲み会に誘われている光景は日常茶飯事。
どうやら今日は、しつこく飲み会に誘ってくる女に負け、矢田が飲み会に参加するらしい。チッ。
「え〜矢田来んの〜?」
「なんすか、不満そうに。」
「すーげぇ不満。」
「ちょっとぉ!矢田さんからやっとオーケー出たんだから余計なこと言わないでくださいよ!」
二つ下の後輩の女は矢田にベタ惚れで、ちょっと矢田が飲み会に参加することに不満そうにしたら後輩に怒られてしまった。
チッ、俺のが先輩だっつの。
可愛い子が入社してきたと思ったらみんな矢田に惚れるからまじ面白くねーよ。
「まあちょっとだけ飲んだらすぐ帰るんで。」
「えぇっ!?今日は飲み明かしましょうよぉ!」
「えー…。早く帰りたい…」
*
単刀直入に言えば、矢田が参加する飲み会はまじでつまらなかった。
チヤホヤされすぎ。うっぜー!!!
しかし矢田は女が苦手なのか、顔を引きつらせて酒を飲んでいる。…いや、飲まされている。
「矢田さん今日はいっぱい飲みましょー!」と、猫なで声が聞こえる。
「あんなやつ居たっけ?」
「ああ、隣の部署のやつも来てるっぽいぞ。」
「へえ、矢田目当てで?」
「そうじゃね?」
どおりでいつもより女が多いと思った。ここぞとばかりに矢田との距離を縮めたいと思っているのだろう。
「近くで見るとほんと、かっこい〜!」
「矢田さんの彼女になりたいなぁ〜」
「あたし、矢田さんにならお持ち帰りされてもいいですよー!」
おい、最後のやつ何様だ。『矢田さんになら、』って、こっちだって頼まれたってお前なんかお持ち帰りするかボケ!
酒を飲みながら、男同士で僻みのような愚痴を言い合う。
この腹立たしさを全部矢田に向けてしまいそうになりながら、チラリと矢田の様子を窺えば、矢田は何も言わずに机に肘をついてひたすら酒を飲んでいた。
つーかかったるそうだな。
お前その表情はまずいだろ。
徐々に愛想笑いすら浮かべなくなった矢田は、気怠げな表情で酒の入ったコップをずっと握り締めている。
「なあ、あいつ大丈夫か?飲みすぎじゃね?」
「あー…確かに。酔ってるな。」
矢田のことを一応心配してやってる同僚が、席から立ち上がり矢田の方へ向かっていった。
「おーい矢田ー、大丈夫かー?」
矢田に同僚がそう声をかけると、気怠げな矢田の目が同僚に向けられる。
「せんぱい…おれ、かえります…」
そして、そう口を開いた矢田は、よろりと席から立ち上がった。
「えー、矢田さん帰っちゃうんですかー?まだ矢田さんと一緒に居た〜い!」
よろりと立ち上がる矢田の腰に、隣に座っていた後輩が腕を巻きつける。
うっわ、よくやるよあいつ…と後輩を見ていると、 次の瞬間矢田が「うっ」と口に手を当てた。
それから、後輩の頭をグイグイ逆方向へ押し返し、突き放す。
「…お前香水くせぇんだよ…」
眉を顰めてそう呟いた矢田は、後輩を完全に突き放してから、よろよろとトイレの方へ向かっていった。
「…あいつ大丈夫か?」
「俺タクシーで送って帰るわ…」
結局、矢田に嫉妬したり悪く言ったりしていた俺たちだったが、最後には矢田が憐れになってきて、矢田の心配をしていたのだった。
タクシーに矢田を押し込んで、運転手に矢田の自宅の場所を告げる。
「…大丈夫か?お前かなり飲んでただろ…」
タクシーが走り出し、ホッとするように息を吐いている矢田に話しかければ、矢田は相変わらず気怠げな表情を俺に向けてきた。
「…すげえ臭かったっす…俺香水の匂い苦手で…」
「…あー…」
みんな矢田が来るからって張り切ってたしな。あの場ではきっと、香水の匂いがかなり混じり合ってたんだろうな…。
「…先輩、助かりました…ありがとうございます…」
矢田はうとうと眠たそうな目をしながら、礼を言ってきた。
「寝てていいぞ、着いたら起こしてやるから。」
そう声をかけた瞬間、ゆっくり目を閉じてすぐに眠り始める矢田。
矢田の寝顔を眺めながら、もし俺が女だったらこいつホテルに連れてかれんじゃねえの?という恐ろしいことを想像してしまった。
いや、逆だろ、酔った女が連れてかれるならまだしも、男がホテル連れてかれるとかそんな羨ましい話…。
モテモテすぎる後輩の寝顔はあまりに綺麗すぎて、そりゃ女はほっとかねえよな。って羨ましく思ってしまった。
タクシーが矢田の自宅のマンションに到着し、矢田の身体を支えながらタクシーから降りる。
ふらふらしている矢田に部屋の番号を聞き、エレベーターに乗り込んで部屋を目指す。
「矢田ー、鍵どこ?」
部屋の前に到着し、鍵を開けてやろうと問いかければ、矢田は俺の問いかけには答えず、インターホンに手を伸ばした。
『ピンポーン』と音がして、すぐに部屋の中から足音が聞こえ、扉が開く。
「おい!るい!帰るとき連絡しろって、……あ、…あ…どうも…」
「…あ、どうも…矢田の会社の者です…。こいつ結構酒飲んじゃってて…」
「…あー…すんません、連れて帰ってきてくれたんすか?ありがとうございます。」
「いえいえ…」
矢田の同居人?友達?誰だ…?
親しげに「るい、大丈夫かー?」と名前を呼びながら矢田に手を伸ばした男の声を聞いた瞬間、矢田は勢い良く男の身体に飛び付いた。
「えっ!?」
それから、すんすんと男の首筋に鼻を寄せて、臭いを嗅ぎ始める矢田に、唖然。
おいおい…矢田、大丈夫か?
と思いながら見ていると、男は「あー相当酔っちゃってますね。俺を彼女か誰かと勘違いしてるっぽいです。」と言って笑っている。
「あ、じゃあ俺はこれで…」
「はい、本当にありがとうございました。」
と、そんな会話をして、立ち去ろうと背を向けた瞬間、背後から聞こえた声に俺は驚いて振り返った。
「あー…わたるくんの匂い落ち着く…」
「あっバカ…!」
…え?
俺見てはいけないものを…
見てしまった気が…。
それは、矢田がすんすんと鼻を啜りながら、男の首筋をべろっと舐めた瞬間だった。
「…え?」
「あっ!あ!いや!これは違うくて…!」
振り返った俺に、男は物凄くアタフタしている。
「こら!もう!お前の会社の人が見てんだぞ!しっかりしろよ!」
「ん〜…わたるくんえっちしたぃ「ああああああああ!!!!!!!!」…んぅ」
…ん?今なんて?
いや、それよりも、男は矢田を強引に家の中に押し込み、バタンと扉を閉めた。
「……ま、いいや、帰るか…。」
なんか、見てはいけなかったものを見た気がするが…矢田の酔った勢いということで…。
航くんの匂いが好き おわり
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