友達がいなかった柿本くん(next→) [ 3/87 ]
Cクラスのモブ男くんのおはなし
高校に入学してからの2年間は、とても地獄だった。中学の頃の3年間は友達に囲まれ、とても楽しい学校生活だったのに。
勉強が得意ということもなく、かといってめちゃくちゃできないということも無い俺は、無難にCクラススタート。
しかしそのクラスメイト一人と馬が合わず、まさかの孤立。周囲のクラスメイトと俺を仲良くさせないために、あれこれ俺の悪口を言っている様子を聞いたことがある。
だから俺には友達と言える友達が全然居なかった。それでも話しかければ返事をしてくれるクラスメイトはちゃんといて、完全に孤立していたわけではないけど、やっぱり楽しくはない学校生活。
3年になってもまたCクラスだった時、いっそのこと学校をやめたくなった。クラス変わりたいな、と思ってたのに、そのままCクラスだったからもう学校行くのがとても憂鬱。
馬が合わないクラスメイトも、当然のようにCクラスにいて、顔も見たくないほど俺はそいつのことが嫌いだ。
しかしそんな変わらぬまま卒業するのか、と思っていた矢先に変化はあった。
進級した初日、学年でも有名だった元Eクラスの友岡 航が、Cクラスにやって来たのだ。
みな、驚きや戸惑いが隠せないようで、ヒソヒソと彼のことを伺い、口々に会話している。
俺を孤立させたクラスメイトも、とても不愉快そうに彼のことを見ていた。
そして、俺の時と同じように、そのクラスメイト、西は友岡 航に早々嫌味を言っていたから、ああ、友岡 航は目を付けられたんだな。と俺は思った。
けれど西、それはちょっと相手が悪いんじゃない?
だって友岡 航は、俺が知る中ではいつもEクラスの中心人物で、彼の周囲はいつも楽しそうで、あの今や生徒会長である矢田くんすらも懐に入れた人物なのだから。
俺は正直、わくわくして仕方なかった。
あの友岡 航を、俺のように孤立させることができるとでも思ってるのか?と。
それから数日後、席替えが行われた。
俺の学校生活に少しの変化も訪れた。
「やった、やっと嫌な奴から離れられる。」
西は友岡を見下すようにそう言って、席替えのくじ引きを引きに行く。
「あはは、西くん俺の気持ち代弁してくれてありがとねー。」
しかし友岡はそんな西にヘラリと笑い、そう口にする。そんな友岡は「1番前の席が良い」と言ってくじを引くのはパスしている。
同じくEクラスからやってきた綾部も、「俺もパスー」と言いながら、黒板の座席表に書かれた【ともーか】と言う文字の隣に【あやべ】と書き込んでいる。
相変わらず悔しそうに唇を噛み締めて友岡を見る西。おもしろいことに、友岡に西の嫌味は全然通じていないのだ。
俺も、友岡のように受け流すことができれば良かったのになぁ…。俺にとって西の嫌味は、結構グサグサと胸に突き刺さった記憶がある。
西の近くではないことを祈りながら、回ってきたくじを引き、黒板を見る。
「…あ、」
友岡 航の後ろだ。
つまりど真ん中の前から2列目。
位置としては最悪。
でも西が近くにいなければいい。
そんな思いで席を移動する。
カタリ、と少し音を立てて座席に腰を下ろすと、教卓前の席に腰掛けた友岡が振り返ってきた。
「ええっとお、確か、山本くん。」
「え、全然ちがう。」
「誰だっけ?」
「山中くんでしょ?」
「え、ちがうって。」
「あれ!?」
友岡はさっそく俺に声をかけてきて、このクラスにはいない名字を口にした。否定すると、友岡の隣に座った綾部も俺に指をさしながら俺の名前ではない名字を口にする。
いったいこの二人の思考はどうなってんだ、と考えていると、俺の隣から「うわっ最悪!!!」という声がした。
その声につられて隣を見れば、俺の隣の席には西が立っていた。
うわ…最悪なのはこっちの台詞。
俺を睨みつけている西を気にしないように前を向く。視界に入ったのは「う〜ん」と俺の名字を考えているらしい友岡の姿だ。
「いつまで考えてるんだよ、柿本(かきもと)だよ。よろしくね。」
うんうん考えても一発目に山本っ言ってきた時点で思い出すのは無理じゃない?と思いながら、笑い混じりにそう告げると、友岡は「あ、そうそう、柿本くん。」と納得したように頷いていたから、ひょっとしたら“なんたら本”と俺の名前を把握してくれていたのかもしれない。
ちょっとだけ嬉しい。
「あれ!全然違った!」
「なっちくん適当に言っただけだろ?」
「えー、山中くんっていなかった?」
「それ俺だから!」
綾部の発言に、俺の隣の席から声がする。
「そうそう、山中はこっち」
俺はまた、笑い混じりになって山中を指差しながら綾部に告げると、「あ、ほらやっぱり山中くんいるじゃん。」と満足気に話している。
「今山中くんの話してねえから。この人柿本くんだから。」
満足気な綾部に、真面目な顔をして俺の肩に腕を回して指をさしてきた友岡は、「カッキーだから。カッキー。」と言ってパシパシと肩を叩いてくる。
「カッキーね、カッキー。俺はなっちくんって呼んでね。」
「うわ、自分でなっちくんとか言ってるしーなっちくん引くわー。」
「え、俺はなっちくんまでが愛称だと思ってんだけど?つまり君付けするとなっちくん君。」
「違うから。なっちまでが愛称で、俺はいつも君付けしてあげてんだから。」
「あ、そうだったの?」
「うわ、この子天然ボケだ。」
俺の目の前でそんな会話を繰り広げている友岡と綾部に、俺の席の隣に座った山中は「あいつら面白いよなー。」と言ってくるから、俺は「うん。」と笑い混じりに頷いた。
「カッキー、航のことは航って呼ぶと誰かさんが怒り狂うから友岡くんって呼んだらいいよ。」
「おいてめえなに勝手なこと言ってやがる!友人に名前で呼ばれて怒り狂うほど誰かさんは心狭くねえから!カッキー、航って呼んでね。」
カッキー、カッキーと先程からあだ名を付けられて勝手に呼ばれているが、実は中学の頃も呼ばれていたあだ名だったからなんだか懐かしく感じる。
「じゃあ航って呼ぼ。うわー、なんか友達できたみたいで嬉しい。」
「え、なにその今まで友達いない子みたいな発言。」
「友達いなかったんだよ。」
ほんとうのことを言ったまでの俺の言葉に、目の前の二人は似たようにポカンと口を開けて、暫し俺を見て固まっていた。
「え、友達いなかったの!?まじ!?カッキー友達いなかったの!?」
「ああ居なかったよ!何回も言わなくていいから!」
「えっなんで!?なんで友達いなかったの!?」
「居なかったから、居なかったんだよ!キミら全然デリカシーないな!!!」
目の前の二人は、本当に驚いている、と言ったように、俺の痛いところを突っ込んでくる。
普通そこは「そうだったんだ…」みたいにちょっとしんみりする部分じゃないの?とか思ってみたりもするけど、さすがは元Eクラスの二人だ。ノリが全然違いすぎる。
だって1年の時から俺らの学年のEクラスは悪クラスなんて言われていたから。
ヤンキーがいる、というわけでもなく、飲酒や喫煙をしているやつが居るわけでもないのにそう呼ばれていた理由は、とにかく騒がしく、やんちゃな奴らが多かったからだ。
ちょっと大袈裟に声を張り上げて言うと、「あ、分かった。」と言った航は、突然「お前だろ。」と西の方を指差した。
「はっ!?」
突然指を指された西は、驚きや苛立ちが混じった表情で航を見る。
「え、つーかまたお前俺の近くじゃん。また消しカス頭の上にかけてきたら怒るからなー?」
「え、航西くんにそんなことされたの?」
「そうそう、あとスイカの種吐いてきたりな。」
「うわ、西くんひどいことするね。」
「しっ…!してねーよ!!!お前なに真に受けてんの!?スイカなんかこの時期食わねーから!!!」
どうやら航の嘘らしく、嘘を言われた西は真っ赤な顔をして真面目なツッコミを入れている。
航に煽られているような西に俺はクスリと笑ってしまうと、西は「なんだよ。」と俺を睨みつけてきた。
笑みを引っ込めて、「…べつに。」と西から顔を背ける。
そんな俺に、航はコソコソ話をするように、でも全然コソコソではなく、西にも聞こえるような声で、航は俺に言った。
「いじわるされたら俺に言えよー?そんでー、俺のダァ〜リンにこらしめてもらうから。」
「うわ、ゲッス!航ゲスい!」
勿論なっちくんにも届いた航の言葉に、ツッコミを入れるなっちくん。
「時にはゲスくねえとな、この世の中は生きてけねえんだよ?な?西くん?」
「なんで俺に言うんだよ!!!」
「え、俺と同じくらいゲスそうだから。」
「お前最低だな!!!一緒にすんな!」
「あ、ごめんね?勝手にゲス仲間だと思っちゃったーあはは。」
西を見て笑う航に、西は顔を真っ赤にして怒っている。
俺は、西の所為で孤立したとか一言も航には言ってないのに、まるでそうだと理解しているような態度を見せる航には少し驚いた。
ひょっとしたら自分も嫌味を言われたからそう感じたのかもしれないけど、後からこっそり航にそのことを問いかけると、航はあっけらかんとしたように答えてくれた。
「だってカッキー人が良さそうだから、もし西くんに嫌味言われたら真に受けてそう。」と。
そう。確かに俺は、真に受けた。
『調子乗ってる』とか『いい人ぶってる』とか言われて、そんなことねえのに、と思いながら、どんどんネガティヴになっていった。
だから、暗い学校生活を送ることになったけど。
次に航はこう言った。
「嫌味はスルー、もしくは気付いてないふりをするのが吉。さらに嫌味を逆手に取って楽しむと大吉。」
腕を組み、うんうん。と頷きながら満足気に語っている。
そこでなっちくんが、「じゃあ“ブスは死ななきゃ治んねえ”、とか言われたらどう言い返す?」と航に問いかける。
「え?じゃあお前早く死んだ方がいいんじゃね?以上!」
「あー、言うと思った。モリゾーがさー、エロ本ねえと死ぬ!とか言うと航絶対じゃあ死ね。って言うよねー。」
「ドエロも死ななきゃ治んねえよ。」
なんだか話がだいぶ逸れていったけど、俺は航となっちくんの会話を聞きながら、なんとなく思ったことがある。
『嫌味はスルー、もしくは気付いてないふりをする』
そう言った航は、ある日机の上に花瓶を置かれたことを、実は“嫌がらせ”と気付いていたのだろうか、と。
Cクラスのやつらは西の嫌がらせだと気付いていない航に安心したように笑っていたけど、ひょっとしたら航はほんとは気付いていたのでは?
俺はそのことが気になって、率直に花瓶のことを聞いてみる。
すると航は、「ああ、あれな。え?嫌がらせ?西の?もっと分かりやすい嫌がらせの仕方なかったのかよ。」と言ったから、どうやらマジで嫌がらせには気付いていなかったようだ。
その事実を聞き、俺はもう笑いが抑えられなくなった。
「あははっ航最高だな」
「え、なにが?」
笑う俺に、航は不思議そうに首を傾げる。
「俺も航を見習いたいなー」
俺も航のように嫌味を受け流せていたら、今までの2年間はきっと全然違うものだったと思うから。
「おう、見習え見習え。どんどん見習え。」
でも、過去はどうにもできなくても、航と友達になれた今日からは、明るい学校生活が送れる気がする。
「航、Cクラス来てくれてありがとな。」
俺は心から、そう伝えると、航は嬉しそうにニッと笑った。
俺はなんとなく、矢田くんが航に惚れる理由が、分かった気がした。
友達がいなかった柿本くん おわり
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