S&E beginning! [ 28/87 ]
S&E beginning!
(るいの両親、透と麻衣のおはなし)
エリート学生らが集う進学校に、異色の生徒が入学してきたその年、学内では少しだけ騒ぎになっていた。
「おい矢田、なんだその身なりは。」
真面目な生徒が多い中、耳にはピアス、制服のボタンはいくつか外され、だらしなく出されたシャツ。
装飾品や、その着崩された制服の着方は、この学校では異様に目立ち、入学早々教師たちに目を付けられる。
彼の名前は矢田 透(やだ とおる)。
今年の入学試験、首席合格者だった。
「あ?なんすか?」
声をかけられ、かったるそうに教師の方へ振り返る透は、眠たそうに欠伸をした。
「なんだその身なりは!って言ってるんだ!」
ダランと外に出たシャツの裾を引っ張られながら怒鳴りつけられ、透は「ん?」とシャツの裾を見る。
そしてその後、適当にシャツをズボンの中に入れ込んだ。
「朝ギリギリだったんすよ。勘弁してください。」
「朝ギリギリだったわりにピアスをつける暇はあるんだな!?」
と、今度は透の耳に付けられたピアスを指差す。教師は怒りでその指がぷるぷると震えていた。
なんなんだ今年の首席は!
こんなんが首席なんて…!
この学校の恥だ…!
「あ、ピアスダメなんすか?おしゃれだと思ったのに。」
どうやら校則違反だと知らずにピアスをつけていたらしい。透は不満気にピアスを取り外した。
素直に取るところは評価しよう。
教師はホッと息を吐く。しかし、
「ったく朝からうっせーなー。こんなことで絡んでくんなよ。」
チッと舌打ちをして、文句を言いながら立ち去っていった透に、また教師は怒りで身体を震わせた。
「なんっだ!その態度は!おい矢田!先生に向かってなんだその態度はぁ!!」
「あーうるせーうるせー。遅刻するからもう行かせてくださーい。」
「こるぁあ!矢田ぁあ!!!」
そう。今年の学年首席は、
学校一の問題児だった。
学年首席の問題児、これだけでも十分の話題性を持つ矢田 透だが、実はこれだけではなかった。
「ゃ、矢田くん…!好きです!付き合ってください!」
今日も、どこかしらに呼び出されては、告白を受けている…そんな、モテモテな男もまた、学年首席、問題児である矢田 透である。
頭脳明晰に加え、眉目秀麗。
学内の女子は、そんな透の虜である。
しかし、告白を受けても透は一度も、その告白に頷くことはない。
「あーわりぃ。俺は好きじゃねえから。」
まさに、難攻不落の男だ。
素っ気ない。一目も見てもらえなかった。悲しい。告白したことを悔む。けれど、…立ち去る矢田くんの後ろ姿さえも、かっこいい…
透は女子たちの憧れだった。
「あー授業かったりぃなぁ…。」
頭が良かった透は、学校の授業が退屈だった。
でも眠たくて寝たら怒られるし。
だから、体調が悪いということにして、保健室へ赴いた。
「あたまいてー」
「あ、矢田くん。今保健の先生いないよ。」
そこに居たのは、保健の先生ではなく、同じクラスの女子生徒だった。
「へー、それは好都合だわ。」
「サボり?」
「ううん、頭痛い。」
「うそ、大丈夫?」
「うん、大丈夫。」
頷くと、その女子生徒はにっこりと笑った。
「じゃあ授業出てきたら?」
どうやら頭痛いということが透の嘘だということは、この女子生徒にとっくに気づかれていたようだ。
しかし透は、はいそうですかと簡単に頷く奴ではない。
「やだね。眠いから寝る。」
「保健室に健康な人が来るのは厳禁だよ。」
「じゃあお前は不健康なわけ?」
「うん、不健康。だから矢田くんは大人しく教室に帰ったほうが良いよ。」
そんな女子生徒の言葉は無視して、透は保健室のベッドに潜り込んだ。
布団は少し暖かかった。
「あ、そっち私が使ってた方…」
女子生徒のそんな声が聞こえるも、透はすぐに目を閉じた。
「あーあ、もう知らないよ。矢田くんに風邪移してやるっ」
女子生徒は、わざとらしくゲホゲホと咳をした。透は再び目を開けて、チラリと女子生徒に視線を向ける。
「はいはいもうわかったからあっち行け。」
わざとらしく咳はしたものの、女子生徒はその瞬間頭痛に襲われて、ふらりとベッドに倒れこんでしまった。
「おい!なんなんだよお前!」
自分の上に倒れ込む女子生徒に驚いて、慌てて押し返そうとすると、その身体はとても熱く、透はこの時ようやく気付いた。
この女子生徒は、本当に体調が悪かったことに。そっと女子生徒の額に触れると、熱があることはすぐに分かった。
透の眠気はすぐに吹っ飛び、女子生徒をベッドへ寝かせる。
すーすー、と女子生徒の寝息が聞こえる中、透は静かに保健室を後にした。
翌日透は見事に風邪をひき、38度を超える熱で、学校を休んだ。
こんなときに思い出すのは、女子生徒が言った言葉だった。
『保健室に健康な人が来るのは厳禁だよ。』
*
透の熱が下がり、マスクをつけて学校に登校すると、「大丈夫?」とたくさんの女子に心配する声をかけられた。
適当に返事をして自分の席に着くと、自分と同じくマスクを付けて、咳をしている女子生徒が視界に入る。
そして、その女子生徒は「まいちゃん大丈夫?」と周囲の男子に心配されていた。
そういやあいつ、可愛い顔してたよな。男子にチヤホヤされやがって。
…と、この時透は、何故かムカっとした怒りや、苛立ちのようなものを覚えた。
まだ完全復活でない透が、ゲホゲホと咳をしていると、目の前に『まいちゃん』と呼ばれた女子生徒が立っていた。
ジロリと睨み上げると、女子生徒、麻衣は「ふふっ」と笑い声を漏らす。
「なに笑ってんだよ!」
「だから言ったでしょ?保健室に健康な人が来るのは厳禁だよって。」
そう言われた瞬間、透の顔が真っ赤に染まった。麻衣はそんな透を見て、クスクスと笑っていた。
周囲はそんな二人の様子を、興味深そうに眺めていた。
何故なら、麻衣もまた、透に続いて次席で入学した成績優秀者に加え、容姿端麗で周囲から一目置かれていた人物だったからだ。
二人が会話をするその光景は、周囲の人々から見れば華やか過ぎて、まるで別世界のように思えた。
この出来事から、透は麻衣と会話をするようになった。そして、透の心はだんだん麻衣に惹かれていった。
白い肌、栗色の長い髪が一つに束ねられ、うなじが見える。そっと背後からそのうなじに手を伸ばし、唇を寄せたところで…、
「キャッ!矢田くんのセクハラぁ!」
「うっ…!」
透は麻衣に頬を引っ叩かれ、その勢いで地面に突っ伏した。そんな透を笑うクラスメイトたち。
いつのまにか“麻衣に手を出す透”という光景が、日常になっていたのである。
「麻衣ちゃん可愛い。えっちしたい。」
ある日、平然とした顔でそんなセクハラ発言をする透に、麻衣は顔を真っ赤にする。それは照れているように思われがちだが、麻衣は顔を赤くしたまま、またしても透の頬を引っ叩いた。
そして、麻衣は透に言い放つ。
「そういうことばっか言ってくる矢田くん嫌いっ!」
麻衣は顔を赤く染めたまま、目には涙をためて走り去っていった。透にはわけが分からなかった。
ただ麻衣が可愛くて本心を口に出していただけなのに。透は、恋愛下手の、女心が少しも分からない奴だった。
麻衣はただ、『好き』という言葉を言われたかっただけなのだ。何故なら麻衣もまた、日に日に透に惹かれていってしまったから。
嫌いと言われて透は暫くむっすりと不機嫌そうな顔でその日を過ごしていた。
授業も聞かず、教師に注意されても無視をして、クラスの空気を悪くする。相変わらずの問題児。
麻衣は、そうやって自分勝手な態度を取っている透も、嫌いだった。
だけど、気になるし、手を出されるとドキドキしてしまう、麻衣の心は正直だ。
「透くんまた明日ね、バイバーイ!」
「おー。」
放課後、女子に声をかけられながら鞄を持って教室を出る。やっぱり好きな子を無意識に目で追ってしまった透は、教室を出る直前に、麻衣にチラリと目を向けた。
すると、麻衣も透のことを見ていて、目が合う。
透は慌てて視線を逸らした。
でも、麻衣は視線を逸らさずに、透のあとを追いかけた。
「矢田くん待って!」
声をかけられて透は立ち止まり、振り返る。
「嫌いって言ったこと気にしてたらごめん。」
麻衣は自分が言ってしまったことを気にしていたから、透を呼び止めて謝った。
すると透は、「…別に気にしてねえよ。」と不機嫌そうに吐きすてる。
「でもああいうことばっかり言ってくる矢田くんはほんとうに嫌。」
「嫌なんだったら話しかけてくんなよ。」
透は麻衣の言葉に、素っ気ない態度でそう返す。
バカなんじゃないかと思った。嫌、嫌って言うなら近寄るなよ、あっち行けよ。って、透は冷めた目で麻衣を見下ろす。
でも麻衣は、強気な態度で透を見返した。
「だって矢田くん言わなきゃ分かってくれそうにないもん。」
「あーそうですかーはいはいどうもすみませんでしたー」
透は投げやりな態度で謝った。
そこで、麻衣はむっとした顔をする。
その怒った顔のまま、麻衣は透の唇にキスをした。
その瞬間、透はポカンと間抜けな顔をする。
このタイミングでキスをされた意味が分からなかった。
「はい、じゃあ質問。今私はなんで矢田くんにキスしたと思う?」
「…え、…さぁ…。」
「分かんないに決まってるよね。私だってそうだよ。矢田くん私に触ってくるしえっちしたいとか言ってくるしもうわけわかんない。
私はキスした理由は矢田くんのことが好きだから。
私は正直に言ったから、矢田くんも理由教えてよ。」
麻衣に触れる理由や、セクハラ発言の裏に隠された真意を。
数秒間、透は麻衣に告げられた言葉を、頭の中でリピートしていた。
『矢田くんのことが好きだから。』
『矢田くんのことが好きだから。』
『矢田くんのことが好きだから。』
そして透は、顔を真っ赤に染めて、口元を手で隠した。口がにやけるのを隠したかった。
麻衣が、自分のことを好きだった…
「お、…俺も。」
「…俺も、なに?」
麻衣の視線は、いつもまっすぐ突き刺さる。そんな麻衣の目を、透は照れ臭くて見ることができなかった。
「…俺も、麻衣ちゃんのこと好き…。」
ぼそりと、透がその言葉を告げた瞬間、麻衣は満面の笑みを浮かべて透の身体に飛びついた。
「その言葉を言われたかった!」
透はようやく、『そういうことばっか言ってくる矢田くん嫌い!』という言葉の意味を理解した。
自分はあまりに、女心が分からない野郎だな、とつくづく感じた透だった。
この日から、透と麻衣の交際がスタートした。
そして、
「透くん、課題ちゃんと提出した?」
「んーん、やってない。」
「ダメだよ、ちゃんとやらなきゃ。透くんが提出して帰らなきゃ私一緒に帰らないからね。」
「やるやる、やります。」
「じゃあ私本読みながら待っててあげるね。」
可愛い可愛い透の彼女は、可愛い笑顔で不真面目だった透を、真面目に更生させたのでした!
S&E beginning! おわり
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