君の涙に俺は弱い(after) [ 2/87 ]


※ 多分、S&E afterの中間あたり
 古澤のことをまだ航が知らない頃



「おい航バカなことやってんな!!!さっさと中入れよ!!!」


それは土砂降りの雨の日のことだ。

体育館での体育が終わったあと、汗だくで暑くて暑くてたまらなくて、体操服のままグラウンドへ駆け出して、大雨に撃たれて遊んでいた俺に、移動教室途中だったるいが偶然通りかかったようで、るいは制服のまま俺を校舎に連れ戻しに向かって来た。


俺は体操服だったから良いものを、るいは制服だったから、ずぶ濡れでその後の授業を受けることになり、るいのそんな姿を見ていた生徒たちは俺に批難の声を寄せてきた。


俺はどうもそれが腑に落ちなかった。

だって俺は、あのあとはもう制服に着替えるだけで、別に汗かきまくってたし濡れても何ら問題無いと思っていたから、だから遊んでいただけなのに。


るいが余計なことしなかったら、別にそのまま普通に制服に着替えて授業を受けただけなのに。


「友岡くんがバカなことした所為で」

「矢田くんびしょ濡れで可哀想」


俺に向けられるその言葉たちに、俺はイライラと、腹立たしさが、暫くおさまることは無かった。


「ああもううぜえ!なんで俺がこんなに言われなきゃなんねえんだよ!!!お前が余計なことしてくるから!」


そんな思いを俺は、後にるいにぶつけてしまったのだが、だってあれは本当にるいが余計なことしたから、って俺は思ってて、俺はその日るいと言葉を交わすことなく1日を終えることになった。


「航、矢田くんとあれから喋ってねえの?」

「うん。」

「お前意地張ってねえで謝っといた方が良いんじゃねえの?」

「は?なんで俺が謝んねえといけないわけ?そもそも俺は別に人に批難されるようなことやってねーっつーの!!あーもううっぜえ!!!」


イライライラ。クラスメイトにもその話を持ち出され、更には俺が全て悪いみたいな空気になってて、どいつもこいつもクソかよ。


ああもうクッソ腹が立つ!!!


「航、シカト?」

「べつに?用ねえから。」

「俺はあるんだけど。」

「んなの知らねー。」


むっすりした顔で俺を訪ねてくるるいだが、俺はるいと顔を合わせる気にはなれず、そっぽ向きながらるいをあしらうように接する。


るいの顔を見ずとも、そのるいの俺を見る視線が徐々にキツくなってきていることに俺は気付いていたが、今腹が立っているのは俺の方だ。


「なあ、こっち見ろよ。お前がその調子で俺のこと無視して、俺はどうしたらお前とちゃんと話しできんの?」

「別に話すことなんて無いんじゃね?」

「…………ああそう。分かった。」


俺とるいは、このやり取りを最後に、暫く会話をすることが無くなった。


そんな、俺とるいが仲違いしている、というような噂を聞きつけた奴らが、ここぞとばかりにるいに媚へつらっているらしい。


ハッ、勝手にやってろ。と思う俺だが、奴らは俺の想像以上に、俺からるいを本気で奪おうとしていたらしい。


「あんな自分勝手なやつ、矢田くんが気にすることないと思います!僕は本気で矢田くんのことが好きです!ずっと憧れてました!」


放課後、人気の無い廊下から聞こえてきたのはそんな話し声で、俺はついつい気になってこっそり話を聞いてしまった。


「だから、矢田くんがあんな奴に振り回されてる姿は見たくないです!僕なら、絶対に矢田くんにそんな思いはさせないですっ!」


そろりとその様子を伺うと、るいより頭1つ分くらいの身長差がある男子生徒が、るいに真っ赤な顔をして涙交じりに語りかけていたのだ。

そして語りかけられているるいの表情は気だるげで、何を考えているのか分かり辛い。


俺はそんな光景を見なかったことにして、こっそりその場から立ち去った。


そんな光景を見てからだ、俺が少し、焦りを感じはじめたのは。


俺は一時の気分で自分からるいを突き放したけど、るいはそれから俺に話しかけることが無くなった。

けれどるいから話しかけてこなくなったことに俺が焦りを感じるのはおかしい。だってるいを突き放したのは俺だから。

だからと言って、俺から話しかけるなんてことはできるわけがない。

そもそも俺は怒ってるんだ。

るいに対してそこまで怒っていたわけではないけど、周りが大袈裟に俺を批難してくるから、余計に俺は苛立って、結果的にるいに怒ってしまったみたいになって。


ああもう、俺はどうしたら良いんだよ、って、ちょっとだけ泣きたくなった。


時が少しだけ経過して、少し冷えた頭で思うことは、るいと笑い合って話をできないことが、とても辛いということだ。





「矢田会長、友岡先輩と喧嘩してるらしいですね…」


夜、偶然食堂で居合わせた後輩の古澤に、そんなことを話しかけられた。


「…喧嘩っつーか、あいつが俺を無視してるだけだろ。」


俺はそう言って、テーブルにおぼんを置くと、古澤も「座っていいですか。」と律儀に聞いてくるから、「うん」と無愛想に頷く。

いつもは航と夕飯を摂るけど、あいつは俺に連絡もしてこねえしで、俺の苛立ちは今この後輩にぶつけてしまいそうで、なんとか気を静めようと無言で箸を持って食を進める。


「俺のクラスでも、矢田会長にアピールするなら今がチャンスだって張り切ってるやつ多いですよ。」

「へえ。」

「そもそもなんでこんなことになってるんです?なんか大雨の中で遊んでた友岡先輩を矢田会長が止めたことが原因って聞きましたけど。」

「合ってんじゃねえの。」

「あ、そうなんですね。友岡航の所為で矢田会長がずぶ濡れになって風邪でも引いたらどうするんだって怒ってたやつ多いですよ。」

「俺はあいつが風邪引くからと思って止めただけで、別に他の奴らが俺の心配して勝手にあいつを怒るのはお門違いだろ。」

「でも友岡先輩すごい言われてましたよ。遠回しに直接『あーあ、バカな奴に矢田会長の周りウロつかれるの困るなー』とか。友岡先輩すごい苛立ってました。」

「…………へえ。」


古澤はそんな話をして、夕飯を食べ進めているが、俺はそこで、進めていた箸をぴたりと止めた。


なんで航があんなに俺に対して苛立ってんのか、と思って不思議に思っていたけど、古澤から聞いた話が本当ならそんな航の態度にも少し納得ができる。


「俺的には矢田会長と友岡先輩がこじれてる原因は周囲だと思うんですけど、違います?」

「………さあ。つーかお前なに人の人間関係分析してるわけ?」

「…あっいやっ、俺はいつまでも矢田会長がイラつかれてると顔怖いし嫌だなって思っ…あっ」


古澤は思わず本音が出たのか、気まずそうに口を塞いだ。


「おいこら、なんだ顔怖いって」


そう言って俺はビシッと古澤の頭にチョップを入れると、古澤は焦ったように言い訳をはじめた。


「いやっ、だって、友岡先輩と良いことがあった矢田会長はなんか、穏やかっていうか、いつもよりちょっと優しいし、そりゃ俺は優しい会長が良いし、できれば早く矢田会長には友岡先輩と仲直りしてほしいなって!」


古澤は焦ったように早口で鼻息を荒くしながらそう言ってくるもんだから、俺は後輩に言われたことがなんかちょっとおかしくて、クスリと笑ってしまった。


「それお前、俺が普段は優しくねえ怖い人間みたいじゃねえか。」

「そうですよ!?前の矢田会長はとっても怖い鬼先輩だったんですよ!?」

「………へえ、お前なかなか言うな。」

「いやっ!あの、ほんとのこと、あっ!」


ぺらぺらと思いを語ってくる馬鹿正直な後輩に、俺はまたビシッと古澤の頭に笑い混じりにチョップを入れた。


「痛いっ!会長乱暴はやめてください!」

「お前やっぱ言うようになったな。」

「会長もまるっきり同じ台詞前会長に言われてましたよね!後輩はそうやって成長していくのです!あ痛いっ!」


以前より確実に俺に向かって物申してくるようになった後輩に、俺はなんだか楽しくなってきて、3度目のチョップを古澤の頭に入れた時のことだ。


俺が座っていたテーブルに影がかかり、ふと顔を上げると、航が唇を噛み締めて、泣きそうな顔で俺を見下ろしていた。


「………なに?」


ついつい邪険な態度で航に問いかけてしまったのは、航が俺のことを暫く避けていたからだ。


航と話したかったのに、航は俺と話をしようという態度すら見せてこなかったから、俺は少しだけ怒っている。


暫く航は口を開かず、視線を下に向けて黙り込んでいる。


「…なに?」


もう一度問いかけると、航はやっぱり泣きそうな顔で、ようやくまっすぐに俺の目を見たのだった。





時はほんの少しだけ遡る。

クラスメイト数名で食堂に夕飯を食べに来ていた時のことだ。


「あ、矢田くんと古澤くん」


クラスメイトの1人が食堂の端の席で2人で夕飯を食べているるいとその生徒に目を向けた。


「…古澤くん?」

「生徒会役員だよ。1年の学年主席くん。まあまあかっこいいし矢田くん2世って感じ?」


クラスメイトに問いかけると、そんな“古澤くん”の説明をしてくれたクラスメイトに、俺は「ふうん。」と頷いた。


「つーか仲良いのかな?やっぱ生徒会役員どうし。なんか親しげに話してるね。」


るいのそんな話は聞きたくなくて、俺は興味ないふりして黙々と夕飯を食べ進める。


「つーか航まじでいい加減仲直りしろよ。取り返しつかなくなったら知らねえからな。」

「うるせえな、ほっとけよ!」

「うわっ人が心配して言ってやってんのに!」


別にそんな心配はしていらない。

口出しされるだけ俺はイライラしてくるから、できればほっといてほしいのだ。

そんな、友人が俺を心配してくれているのに素直に言葉を受け入れられない俺に、怒った友人はねちねちと俺に聞こえるように言ってくる。


「あーあ、すげえ仲良さそう。」

「うわ、矢田くん笑顔で古澤くんと喋ってるけど。」

「いいのかなぁ、ほっといて。」


チラチラ、と俺に視線を向けながら話すクラスメイトに、俺はむっとしながらるいの方に視線を向けると、確かにそこには、とても楽しそうに夕飯を食べているるいがいた。


俺はその瞬間、ドロドロと気持ち悪く重たい、苛立ちのような、怒りのような、いや。これは嫉妬という気持ちなのか、とにかく言葉では言い表せないほどの思いが心の中を支配した。


むっとした顔で夕飯を食べる手が止まっていた俺に、友人は「ほら。やっぱそのまんまはダメだろ。」と言ってくる。


唇をギュッと噛み締めて、俺が黙り込んでいるのは、口を今ここで開くと泣いちゃいそうだったからだ。


こんなことで泣いちゃうのは恥ずかしい。

人に泣いてるところを見られるなんて、それも普段冗談ばかり言い合っているクラスメイトに、泣いてるところを見られるなんで、恥ずかしくて我慢ならない。


でも俺は多分、弱虫だと思う。

目頭が熱くなることはよくある。

でも本当に涙がこぼれそうになったことはあまりない。

というか、俺はそれを全力で我慢する。

でも、俺はこんなに一人辛くなってるのに、あそこで楽しそうにしているるいを見てしまった俺は、今ちょっと口を開くだけで嗚咽が漏れてしまいそうだった。





問いかけても、航は一向に口を開こうとしない。


「なんか言えよ。」


もう一度キツく問いかけると、航は一気に表情を崩した。


「…ぉ、…」


口を開けようとして、ギュッと閉じる。

ジッと見つめて航のその様子を伺っていると、航は俺から目を逸らしてしまった。


「…なに?」


俺がキツイ態度だったから、言いたいこと言い出せないのか、と少し口調を和らげる。

俺は怒ってるけど、航との関係が直るなら、俺は妥協する。そもそも俺が余計な口出しをしたから、起こってしまったようなものだから、俺が航を怒るのも、お門違いかもしれない。

でも無視をされるのは嫌だ。

俺の言い分を聞かなかった航には、やはり俺は怒っても良いと思う。


「言っとくけど俺だってお前に怒ってんだぞ。ちゃんと話してくんなきゃ分かんねえよ。」


ジッと目を見て話すと、とうとう泣きそうだった航の目からはぽたりと一粒涙が溢れてしまった。


「…なんなんだよ…俺どうしたらいいんだよ…」


俺が一番苦手とするのは、人に泣かれることだ。まるで俺が、人を責めているような気分になってしまう。



ただでさえ泣かれるのが苦手なのに、航の涙は多分一番苦手だ。なによりも苦手なのではないだろうか。


普段泣かない奴だからこそ、どうしたらいいかわからない。そもそも俺と話すのを嫌がっていたのは航の方なのに、突然俺の前で涙を見せる航にはわけがわからなくて、正直泣きたいのはこっちのほうだ。


「…どうしたの?…航?」


今度は優しく、優しく問いかけてみた。

だってもうこれ以上泣かれるのは困るから。

けれど航は、もっと、ポタ、ポタ、とテーブルに涙を零した。

無言で、何も言わず、航はただポタポタと涙を流す。

そして、ギュッと目をつぶった航は、そこでようやく声を発した。


「…くそッ…」


たった一言だけそう言って、ギュッと唇を噛みしめる。


ああもう、困ったなあ。


どう声をかけたらいいか分からず、俺は無言で航の頭を自分の胸元に引き寄せた。


すると航は、ズビッと鼻をすすった。


「…航?ごめんって、俺が悪かったから…。泣くのは無しだろ…」


航はやっぱり口を開かないから、俺は席から立ち上がり、航の手首を掴んだ。


「古澤わりぃ、これ下げといてもらっていい?」

「あっはい!」


古澤が頷いたのを確認し、俺は部屋に戻ってちゃんと航と話をしようと、航の手を引いて食堂を後にした。





部屋に戻って来た俺は、航をベッドに座らせる。下を向いて、口を噛み締めている航の顔を覗き込むように、しゃがんで航の手を握る。


するともっと深く下を向いてしまい、顔を隠されてしまった。


困ったなあ。

こんなに航の扱いに困ったのは初めてだ。


「俺のこと嫌いになった?」


そう問いかけると、航はふるふると首を振ってくれた。


そして、顔を見られるのが嫌なのか、俺の首に腕を回して、俺の首筋に顔を埋めてくる。


そんな航の背中に俺は手を回し、その身体を抱きしめた。


「…るいと、喧嘩みたいな感じになってるの、たえられなくなった。」

「お前が無視したんだろ?」

「…だって。」


航はガキみたいに、むすっとした態度で俺の着ていた服をギュッと掴んだ。あーもう、しょうがねえなぁ。って気持ちで、俺はわしゃわしゃと航の髪を撫でた。


「ごめんな?航、許してくれる?」


もういいや、俺が悪かったってことで。
俺が余計なことしたからこうなったことだ。
と、譲歩してやると、航はコクリと頷いて、顔を上げた。


泣きそうな、でもムッとしたような顔でジッと見つめられ、「ん?」と首を傾げて航の目を見つめて返すと、航は黙ってチュッ、と唇を重ねてきた。


うわぁ…もう、反則だな。
こいつむちゃくちゃかわいい。


俺たちは暫く身体をくっつけあったまま、キスを繰り返し、いつのまにか仲直りできていたみたいだ。


君の涙に俺は弱い おわり


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