りとの不憫(?)な幼少期 [ 12/87 ]


幼稚園児の四歳の矢田りと。黄色い帽子に水色のスモック。青い通園バッグを肩にかけて、今日も元気に兄と一緒に幼稚園バスに乗り込んだ。

早く幼稚園行って鉄棒したい。逆上がりできるようになったからもっとしたい。もっと上手くできるようになって、お兄ちゃんに自慢したい。

りとは数日前から、るいが鉄棒でぐるぐると逆上がりをしている姿を見て羨ましくなり、できるようになるまで毎日練習していたのだ。

幼稚園ではまだ逆上がりをできる子の方が少なかったため、女の子たちから『りとくんすごい』って褒められている。四歳で早くもモテモテのりと。褒められるのは大好きだったから、りとは『へへっ』と嬉しそうに笑った。



いつも自分より先にあれもこれもなんでもこなしていくるいを見ながら後を追うように成長するりとが五歳になった頃には、兄が自分の目の前で縄跳びの二重跳びをしている。りとはそんな兄の姿に、ポカンと口を開けて唖然としていた。


「おにいちゃんすごぉい!」


りと自身も、兄の事を凄いと思ったが、目をキラキラさせながら妹りながるいを褒めたため、一瞬でりとはムッと不機嫌になってしまった。


「おれだってやればできる!」


りとはそう言ってるいのマネをするように二重跳びをやろうとするが、一回は跳べても二回目で必ず引っかかる。そんなりとを見て、りなは「がんばれ〜」って応援はするものの、すぐにりとから視線を逸らし、近くに生えていたたんぽぽの花をむしり取って頭に乗っけていた。


「見て〜おにいちゃん、りなかわいい?」

「うん、かわいい。」

「えへへ。」


りとは兄のように二重跳びを跳ぼうとするもののなかなか跳ぶことができず、兄と妹はすでに縄跳び遊びをやめて二人で別の遊びをしている。

それでもりとは悔しくて悔しくてできるまで縄跳びをやめたくなくて、目にじわりと涙を溜めながらも、必死に縄跳びの練習をしたのだった。


りとより一年以上早く生まれているるいがりとよりもいろんなことができるのは当たり前のことだが、そんな事など分かるはずもない幼児りとは、いつも兄と同じ事をできるようになりたくて必死だった。だって“できる”るいの事を、妹りなも、いとこのれいも、いつもりとの目の前で褒めるから。


幼稚園の女の子たちはりとを褒めてくれるのに、りなもれいも、兄ばかり褒めて自分のことを褒めてくれない。りとが一番に褒められたい相手は、自分の可愛い妹と、可愛いいとこだったのだ。


可愛い可愛い、お姫様のような見た目をしたいとこのれい。りとの身近にいる女の子の中では一番れいが可愛くて、りとはもっとれいに褒められたかった。

りと自身も気付かないうちに、初恋のような想いをれいに抱いている。なのにその相手はいつもいつもるいに夢中だ。

面白くなかった。兄のことはべつに嫌いではなかったけど、無意識にるいに嫉妬心を抱いているせいで、兄のことまでだんだん嫌いになってくる。


そのうちりとは八つ当たりをするように悪さをするようになった。

時にはりなが作っていた積み木のお城にボールを当ててそれを崩したり、ボーリングをするみたいにりなの身体を狙ってボールをぶつけてみたり。

その度にるいに怒られ、ムカッとしたりとは外からダンゴムシを集めてきてるいの靴の中に入れたりする。

靴の中から大量のダンゴムシが出てきたことに青ざめていたるいに気付いた母が、今度は当たり前のようにりとを犯人扱いして怒る。


「おれじゃねえもん!!」


そんなことを言いながらも、ほんとは自分がやったけど。でもその時は必死に自分はやっていないと否定する。


「ううん、それやったのりとくんだよ!だってりな、りとくんがダンゴムシ集めてるところ見てたもん。」


しかしあっさりりなにチクられ、またムカッとしたりとはりなをいじめる。



毎日毎日そんなことの繰り返しで、次第にるいはりとにキレまくるようになり、りなはりとと喧嘩しまくり、可愛いいとこ、れいとは仲良くなりたかったものの少しも仲良くなれることなく、りとの願いとは真逆の不仲な関係になってしまった。


『ほんとはおれだって、優しいお兄ちゃんみたいになりたいのに……』


心の中では密かにそんな感情を抱きながらも、素直じゃないりとは今日もせっせとダンゴムシを集めてビンに入れ、家に持ち帰る。


「クククッ…、ダンゴムシ見たおにいちゃんの顔おもしろかったな。次は服の中に入れたらもっと怒られちゃうかな?」


怒られると分かっていても好奇心が勝ってしまい、りとはダンゴムシが入ったビンを大事に持って、ニヤニヤしながら部屋に入ろうとする。


しかし……


「りと?その手に持ってる物は何?見せなさい!!」


コソコソした行動を取るりとを不審に思った母にあっさりバレ、ダンゴムシが入ったビンは呆気なく取り上げられてしまうのだった。


「ああっ!せっかく集めたのに!!返せよ!!」

「返すわけないでしょ!次ダンゴムシ家の中に持って入ったらりとのこと家から放り出すからね。」

「やだぁ〜〜!!!!!」




当時はりとがダンゴムシを家に持ち帰ってくる所為で困らされまくる母。

そして……

大人になったるいはすでに忘れているだろうけど、幼少期のりとの所為で、実はるいはダンゴムシが大の苦手生物になってしまっていた。

小学生の頃、屋外でダンゴムシを見るたびに、あの時の事を思い出しては青ざめてしまう、可哀想なお兄ちゃんるい。

そんなことなどまったく知らないりとは、小学生になるとカマキリやバッタなどの昆虫にも興味を持ち、その頃はカブトブシも好きだったが……

数年後、ゴキブリが大の苦手生物になる事件が起こり、好きだったカブトムシも苦手になってしまうのだった。


りとの不憫(?)な幼少期 おわり


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