母ちゃんとアルバム・友里江の思い [ 27/87 ]
◇ 母ちゃんとアルバム
俺の父ちゃんと母ちゃんは、できちゃった婚だということを父ちゃんの口からちらりと聞いたことがある。
兄ちゃんを産んだのが歳から考えると母ちゃんが19か20の頃だから、まあできちゃった婚だというのにも頷ける話だ。
あまり深い話まで聞いたことがないけど、最初は結婚を反対されたとか、祝福してもらえなかったとか。
まあ子供は知らなくていい親の事情もひとつやふたつはあるだろう。
でも、今は俺や兄ちゃんが何不自由なく暮らせているし、じっちゃんばっちゃんとも仲良くしているから、きっと俺たちの知らないところで両親は如何なる困難も乗り越えてきたのかもしれない。
ある日母ちゃんは、俺と兄ちゃんが赤ん坊のときのアルバムを懐かしそうに眺めていた。
「私もこの頃はまだまだ若かったなぁ。」
しみじみと、しかし煎餅をバリバリ食べながら母ちゃんはアルバムをめくっている。
母ちゃんが赤ん坊の頃の俺を抱いている姿を見ると、まるで親戚のどっかのねーちゃんに抱かれているかのように、若い女の子が俺を抱いている。
「母ちゃん若いな。」
「やろ?」
「今ではただの煎餅食ってるババアぁ痛ッ!」
ババアと言った瞬間に、母ちゃんに頭をしばかれた。クソっ。
「航も赤ちゃん時は可愛かったのにな〜。今はただの生意気なガキやな。」
「うっせえわ。」
俺は母ちゃんの言葉にケッと唾を吐き出しそうになりながら、母ちゃんが食う煎餅を奪い取った。
バリバリ、煎餅を食べながらアルバムを覗き込む。
「父ちゃんイケメンじゃん。母ちゃんが惚れたの?」
俺を抱っこしている父ちゃんの写真を見て、母ちゃんにそんな問いかけをすると、母ちゃんは「ちゃうちゃう」と否定した。
「父ちゃんが母ちゃんに一目惚れしたんやで。」
「へえ、そうなんだ。」
まあ父ちゃんと母ちゃんのやり取り見てても父ちゃんは母ちゃんの言いなりってところあるから、惚れた弱みってやつなのかもしれない。
尻に敷かれてるともいうのだろうか。
我が家では、一家の大黒柱よりも、母ちゃんの発言力の方が強いのである。
「母ちゃん実はめっちゃモテてたからな。」
「あっそう。」
この煎餅食ってるババアが?
…おっと、お口チャックだ。
母ちゃんとアルバム おわり
◇ 友里江の思い
まだ子供のようだった私が、二人の息子を産んだ。大事な大事な私の宝物たち。赤ん坊の彼らを見た時から、一生を賭けて大事にすると私は心に誓っている。
自分がろくに勉強もしないどうしようもない奴だったから、子供には絶対に私みたいになって欲しくなくて、うるさいくらい『勉強しろ』って言いまくった。
その度に募る罪悪感。自分の学生時代は全然やらなかったくせに。子供には自分の嫌いな勉強をやれやれと押し付ける。『ごめんね、嫌だよね』と思いながらも、勉強はやっぱりちゃんとやらせなくちゃダメだ。
私は女だったから、ろくに勉強してなくてもどうにかなった。夫に養ってもらっているからだ。でも息子たちが私のような人生を辿るとやばい…。
やばい、やばい…と思いながら、息子の成績表を見る。
「ほんまにやばい……。」
同じ人生を、辿っている……!!
長男はそこまでひどくもないが、私は次男、航の成績を見るたびに、やばい、やばいと頭を抱えた。
とにかく勉強をさせたいけど、『わからん』って言ってさっさと諦めている。
あかん!!諦めたらあかんよ、航…!!
お願い、諦めんといて…!!
私は必死にお菓子を食べさせたりして、航にとにかく勉強させた。それでも航の成績は、悲しいくらいかつての自分とそっくりだった………。
本当は航の高校時代を側で見守っていたかったけれど、息子の将来に不安を覚え、航には全寮制の高校を受けさせた。
これできっと大丈夫。遊んでばかりいられる環境ではないはずだ。
私はそう思っていたが、高校一年の航の成績表を見てやっぱり頭を抱えた。
「やばい…っ」
やっぱり、航が、私と同じ人生を辿っている…。
見覚えのあるクソすぎる成績表…
面談の時は担任の先生に『居眠りが酷いです』なんて言われ…
『授業中漫画読むなとお母さんの方からも注意しておいてもらえますか?』なんて……
言えるわけがない!!!!!
だって自分がやってた事と同じだから!!!
「わ、わたる…」
「ん?」
「あんた…、授業中漫画読んでんの…?」
「ううん?」
「そうか…。それやったらまあいいわ…。」
クッソ…、とぼけやがって…っ!!
そりゃ親にはそう言うわな!!
だって怒られるもんな!!
航の考えなど、私にはお見通しなのである。
だって自分が“そう”だから。
「あかん…、どうしよ…、航の成績が悪すぎる…」
私は面談から帰ってきた日、頭を抱えながら夫の卓に航の話をした。しかし卓は悪すぎる航の成績を見てもお気楽に笑っている。なんでそんなに笑ってられるん?もうちょっと真剣に考えてよ。
そんなふうに何度も夫を怒ってしまったことがあるが、夫は私と違っていつでも「大丈夫大丈夫、航くんはやればできる子だよ」なんて言って笑っていた。
私はそんな呑気なことを言っている夫に、何度も何度もイライラした。
しかし人生は、どんな事が起こるのかなんてまったく分からないものだ。たった一つの“出会い”から、人生は大きく変わるということを、私は身をもって経験している。
『母ちゃん話したいことって進路のことなんだけどさあ。』
私はある日、久しぶりに家に帰ってきた航の口からそんな言葉を聞いた時、心の底からホッとした。息子がちゃんと考えている。私と違って、ちゃんと進路のことを考えている。
航の隣には、航と同じ年の男の子。
彼と出会ってから、航がちゃんと勉強をするようになった。私がどれだけ『勉強しろ』ってうるさく言ってもまったくやる気を出してくれなかった勉強を、自ら進んでやっている。彼が航の原動力になっている。
私は、ああ…もう大丈夫だな。と安心した。
るいきゅんがこれからも航の側に居てくれるなら、航はきっと私のような大人にはならない。
だからどうか、るいきゅん様…
航のことをお願いします。
航が立派な大人になれますように…
どうかどうか、導いてください…アーメン。
友里江の思い おわり
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