高校生りとエピソード [ 20/87 ]


りとの目標、越えられない壁


りとは、普通に走るとすげえ足が速い。

高1の頃は体育や体育祭で本気になってるところを見たことがなかったから、高2になってからのスポーツテストで『50メートルのタイム俺に勝ったらあとでジュース奢ってやるよ。』って言ってみれば、単純なりとはすぐにやる気になった。

りとが本気になったらどこまでのレベルなのか、ということを知りたかったのだ。


顔も勉強もりとには負けるけど、運動は俺だってそこそこやれる。

走るのも速い自信があったから、勝てたら思いきりドヤってやろう。


という思いで50メートルのタイムを計る。


俺のタイムは6秒8だった。
結構速くね?どうよ?

周囲の友人とタイムを言い合うと、7秒台の奴らが多い。まあ本気で走ってんのかは知らねえけど…


さあ次にりとの番だ。


「あ、矢田くんが走るよ」と近くで幅跳びをしていた女子が盛り上がっている。

クッソォ…りとのことばっか見やがって。


「あ、りと走った。…はやっ!」


隣で一緒に見ていた友人が、目をぎょっとしながらりとが走る姿を見ていた。


俺も、ポカンと開いた口が塞がらず。


「やばい!矢田くんちょー速い!!!」


盛り上がる女子たち。


周囲の男子は、「さすが矢田だな。」って言って悔しがることもせず。


俺は、女子の反応も、当たり前のようにりとを称える男子も、まじで足が速かったりとにも、ムカッとした。


「りと何秒?」

「6秒3」


うーわ、なんなのこいつ。
神は才能を平等に与えるべきだ。

でも、りとはなんだか悔しそうにしている。

なんで俺に余裕勝ちしてるくせに悔しそうにしてんだよ。って思っていると、りとはボソッと口にした。


「…兄貴に負けた…。」


お前の兄貴まじ何者なの!?

噂で聞く超イケメンなりとの兄貴。


この時俺は、りとが目標とするものが、とてつもなく高いことに気付いた。


優秀な兄がいて、いつも密かに兄を目標にしている分、なかなか越せない兄という壁に、りとは素直に実力を発揮することができないのだ。


「ほらよ、飲めよ。」


約束のジュースを奢ると、「サンキュー」と笑ってジュースを飲むりと。


まあ、元気出せって。
お前も十分な才能を持ってるから。


多分、お前の兄貴がおかしい。


りとの目標、越えられない壁 おわり



山田と矢田の顔面格差社会


「ぶぁっくしょぉおい!!!」

「ちょっと山田きたなぁい!くしゃみするなら手ぇ当ててよ!」


盛大なくしゃみをして、女子に嫌がられた5分前。
ずびっと鼻を啜り、グリグリと目を掻く俺は、まるで汚物を見るような目で見られていたが、そんなことで気にしてはいられない。

痒い!
目が!鼻が!ムズムズする!

毎年この時期は、いつも花粉に苦しめられる日々を過ごす。


「はっくしゅ!ずびっ…あー…。」

「矢田くん大丈夫?花粉症?」


5分前の俺と同じように、くしゃみをして鼻を啜るクラスメイトの矢田 りとは、俺の時とは違い、くしゃみ一つで女子から心配されていた。


「なんで?」

「ん?どうした山田。」

「いや、俺のくしゃみは汚物扱いなのに、矢田のくしゃみはなんで汚物じゃないわけ?」

「そりゃ、山田は汚物で矢田は汚物じゃないってことだろ。」


…おい、そんなにストレートに言うなよ…。

山田は悲しい。山田と矢田。こんなに名前は似てるのに…一体俺の何がダメなんだ。


あ、顔か。


矢田は、自分の机の上に置いている【 矢田 りと 】と名前が書かれたティッシュの箱から、シャッと1枚ティッシュを取り、ブー!と鼻水をかみ始めた。どうやら矢田は、ティッシュの箱を持参しているらしい。

そしてかみ終えたティッシュをゴミ箱めがけて放り投げる。

見事、ゴミ箱にティッシュを投げ入れた矢田は、今度はポケットの中から目薬を取り出した。

上を向き、目薬を一滴、目に垂らした矢田はそこで一言。


「効くぅ〜っ!」


教室に響き渡るほどの矢田の声に、クラスの女子たちがチラチラ矢田のことを見ている。

黙ってても目立つのに、より一層注目を浴びている。

が、矢田はそんな視線など御構いなしに、またシャッと一枚ティッシュを取り出し、鼻をかんでいる。

あんなに堂々と鼻をかんでいるのに、汚物扱いされない矢田を、俺は羨ましいと思った。

そして、自由奔放に花粉症対策する矢田を、俺は心の底から羨ましいと思った。


「りと、お前の所為で教室のゴミ箱ティッシュで溢れてんだけど。」

「俺じゃなくて花粉の所為だろ。」

「いや、お前の所為だろ!汚ねえから捨てに行けよ!」


その後、矢田と仲良い男子には、ちゃんと汚物扱いされていたから、俺はその男子にグッジョブ。と心の中で囁いた。



「あ、あたし掃除当番だから捨てに行ってくるよー。」

「おーサンキュー頼むわ。」


…………なッ!?


クラスメイトの女子がるんるんとゴミ箱を持って教室を出て行った姿に、山田は顔面格差社会の現実に打ちひしがれたのだった。


山田と矢田の顔面格差社会 おわり


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