モテ男達のモテエピソード(中学生) [ 18/87 ]


黒瀬 拓也の場合(バレンタインデー)


「はい。拓也紙袋忘れず持ってきなねー。」


黒瀬 拓也は、毎年2月14日の朝、必ず母親に紙袋を持たされる。


「…紙袋持参とか俺どんだけ貰う気満々なんだよ。」


文句を言いながらも、紙袋をスクールバッグにしまった拓也は、「行ってきます。」と自宅の扉を開けた。

その瞬間に視界に映る光景に、拓也の背後で「行ってらっしゃい。」と手を振る母は、ニンマリと笑った。


何故なら、女子生徒が2人、小さな紙袋を持って立っていたからだ。


「黒瀬先輩!おはようございます!!!」

「これ、貰ってください!お返しは要りませんので!!!」


持っていた紙袋を女子生徒に押し付けられ、それを受け取ると2人は「「キャー!」」と恥ずかしそうに顔を赤らめて走り去っていった。


「…ふふふ。モテるわね。拓也。」


一部始終を見ていた母の言葉を聞きながら、拓也は無言で紙袋の中を覗いた。中には手紙が入っていた。

紙袋の中から手紙だけを抜き取り、チョコレートが入った紙袋を拓也は母に押し付ける。


母は、「うほ。」と嬉しそうにチョコレートが入った紙袋を受け取った。

勿論、そのチョコレートは拓也母に食されるのであった。





「拓也おはー。紙袋持ってきたかー?」

「いちいち聞くな。」


毎朝登校を共にする友人に、ニタニタ笑いながら問いかけられた。小学校からのその友人は、拓也がバレンタインの日に必ず紙袋を持参していることを知っているのだ。


「あっ!黒瀬くん発見!バレンタインチョコ!あげる!!!」

「おー、サンキュー。」


登校中にも同学年の女子にチョコレートを貰った拓也は、さっそく持参した紙袋を取り出した。


「うわー、さっそく紙袋登場かよ。」

「…てかこれ、先生にバレると困るんだよなぁ。」


チョコレートが入った紙袋を羨ましそう見る友人の隣で、拓也は苦笑した。

何故なら、お菓子は学校には持ってきてはいけない決まりだからだ。過去に拓也は、何度も貰ったチョコレートを取り上げられたことがある。

バレンタインデーくらい許してくれたらいいのになぁ。

そんな思いを抱きながら学校へ向かうと、拓也は次々に女の子からチョコを貰い、紙袋の中は山盛りだ。


「おー、黒瀬今年もすごいなぁ。」

「あー…まあ。…没収しますか?」


紙袋の中を先生に覗き込まれてしまった拓也は、自ら先生に紙袋を差し出した。

が、先生は「いいや、」と首を振り、笑いながら立ち去っていった。


「黒瀬のチョコ没収してたらキリねーもん。」



こうして、2月14日は必ずチョコレートの匂いを漂わせる拓也は、先生にもチョコレートを没収することを諦められるほどのモテっぷりを見せる、モテ男であった。


黒瀬 拓也のバレンタインデー おわり




矢田るいの場合(ボタンがない)


矢田 りと、中学3年に上がる頃には、背がグンと伸びてしまい、中学の制服がすっかり着られなくなってしまった。


「お兄ちゃんも確か中3で制服買い替えたのよ。」


そう言いながら、母はクローゼットを漁っている。


「あ、あったあった。」

「は?ボタンついてなくね?」


しかし、クローゼットにしまってあった制服のブレザーを広げてみてみると、ボタンがついていないことにりとはすぐに気付いた。


「あ…そうだったわ。お兄ちゃん卒業式の日にボタン全部取られたって言ってたんだった。」

「…うわー。見事にボタンついてねえな。」


母とりとは、ボタンがついていないブレザーを呆れた表情で眺める。


「しょうがないから今使ってるブレザーのボタンをこっちに縫い直してあげるわね。」

「うん。そうして。」





矢田 るい 中学の卒業式。


卒業生の周りに後輩が群がる光景などはよくある光景だが、るいの周りには女の子が群がっていた。


「矢田くん!制服のボタンちょうだい!?」

「あっ!あたしも欲しい!!!」


「…え?…ボタン?」


「…いいけど…これくらいなら…。」と言って、わけもわからずプチっとひとつ、ふたつ、ボタンを取ったのは失敗だった。


「えっ!ずるい!あたしも欲しい!」

「矢田先輩!私にもください!!!」

「ずっと好きでした!記念に私にも何かください!!!」



一人にボタンをあげてしまうと、あたしもあたしも!と群がることなど、るいは想像もしていなかった。


「えっ、いや、ちょ、待てよボタンそんなにないって。」

「じゃああたしはシャツのボタンでいいです!」

「は!?要らねえだろこんなの!!!」

「要ります要ります!!!」



るいは、彼女たちの熱気にゾッと身体を震わせながら、じわりじわりと後ずさった。


「あっ!待って!矢田くん!」

(勘弁してくれ…!シャツのボタンとかさすがに無理だ…!)



卒業式終了後、るいは女の子たちから逃げるように、駆け足で帰宅したのだった。


「なあ母さん…、なんで女子ってボタンなんか欲しいんだろう…。」

「あら、ボタン誰かにあげたの?」

「あげたっていうか、とられた。」


ボタンがない おわり



矢田りとの場合(ボタンはやらん)


「矢田くん第2ボタンください!」

「やだー。」



卒業式後、緊張気味な女の子に声をかけられた矢田 りとは、無愛想な態度でそっぽ向きながら断った。


しゅん…と落ち込む女の子を気にもせず、帰る支度をしているりとの元に、1人、2人とクラスメイトたちがやってくる。

女の子は、悲しそうにしながら帰っていった。実は密かにりとに片想いをしていた1人である。こんな無愛想な男でも、かっこよくて好きだったのだ。


「りとー、あたしが第2ボタンもらったげるー。」


りととよく連んでいた女友達が、そう声をかけながらりとに向かって手を出すが、りとはこれもまた「やだー。」とツンとした態度で断った。


「えー、知らないよ〜?あとでりとのボタン目当てでたかられるよ?」


そんなことを言っているが、女友達もただ単にりとのボタンが欲しいだけである。

りとが連んでいるグループに自分が居ることを良いことに、我こそが、とりとのボタンを狙っているのだ。


しかしりとは、女友達に向かって言い放った。


「俺のボタンは誰にもやらん。」


フン!と偉そうな態度で腕を組んだりとに、「えー」と女友達は不満そうな表情を浮かべる。


「去年るい先輩女の子に囲まれて大変だったそうだよ?りともあとで囲まれるかも。」

「へぇー。」


女友達の言葉にりとは、だからどうした、と言いたげに鞄を持って女友達に背を向けた。


俺のボタンは誰にもやらん。


りとは、ボタンがない兄のブレザーを見た瞬間から、謎に闘争心が湧いたのだ。


俺は、全ボタンを失うことなく、中学を卒業してみせるのだ、と。


しかし、中学の思い出深い教室を一歩出た瞬間から、りとの戦いは始まっていた。


「あっ…!矢田くんちょっといいですか…!」

「あ!矢田くんいたっ!写真一緒に、」

「矢田くん!あのっ!少し時間を…!」


ゲッ、最悪。囲まれた。


「あのっ!矢田くんの第二ボタンを…!」


さっそく狙われたりとの第二ボタンを、りとは守るようにギュッと掴んだ。


「うわー、さすがモテ男囲まれてるねぇ。」


そんな時にひょっこり現れたりとの友人に、りとはニタリと笑い、突然友人の腹あたりにりとは手を伸ばした。


そしてその直後、ブチッと友人のボタンを引ったくるりとに、友人はハッとした顔で叫ぶ。


「あっ!りとなにしやがる!」

「こいつがボタンあげるってさ。」



そう言って、ポン、と女の子の手にボタンを握らせたりとは、その後猛ダッシュでその場を駆け出した。


「あっりと待てこら!」


友人は、走り去るりとの後を追いかける。

その場に残された、ボタンをりとから受け取った女の子は、赤面しながら固まっていた。


(矢田くんに手握られちゃった…!)


女の子は、ボタンをギュッ握りしめ、大事に持って帰ったのだった。


…そのボタン、

りとのボタンではないけれど。


ボタンはやらん おわり


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