矢田兄弟と町内運動会(中学生) [ 16/87 ]


※るいが中3、りとが中2、りなが中1


「町内運動会超楽しみィ〜♪」


それは、学区内にある小学校にて、子供から大人までそこの区域の住民なら誰でも参加することのできる、町内会の運動会が行われる前日のことだ。

2つ年下の妹が、ちょっとお値段高めのおかんのパックをおかんが風呂に入っている隙に勝手に使い、うっとりしていた。絶対あとでおかんに怒られるに決まってる。

にも関わらず何故妹は張り切ってパックなんてしているのかと言うと、隣の町内に住む“矢田兄弟”にひょっとしたらお近付きになれるかも、なんてことを考えているからだ。

“矢田兄弟”とは、ここらではかなり有名なイケメン兄弟のことだが、兄弟に限らずあそこは美形一家なんて言われている。(ちなみに俺は矢田兄弟の妹、りなちゃんの隠れファンだということはここでは秘密にしておこう。)


そんな矢田兄弟の長男、矢田 るいは俺の同級生だったりするが、俺ははっきり言って矢田 るいのことが憎い。

顔良し、頭良し、運動神経良し。そんな自分はモテて当たり前だというように、いつも澄ました顔をしているのが俺はちょっぴりむかつく。クールぶって女に興味ありません、なんて顔をして、裏ではどうせヤりまくってんだろ?

ああ、ああ、そんな男に憧れている妹が滑稽すぎてたまらない。なぁにが「矢田先輩かっこい〜っ」だ、バカバカしい。
そんなバカみたいにパックなんか顔面に貼り付けて、中1のガキが何か変わんのかっつーんだ。おかんにパック代請求されりゃいいんだバ〜カ。

まあモテる矢田を僻んでいるだけのことだ、こんな俺の気持ちをどうか分かってほしい。別に本気で矢田を憎んでいるわけではない。本音は矢田が、モテモテで羨ましいだけなのだ。


明日は俺も嫌々家族に町内運動会に連れて行かれる。中3男子代表でリレーに出なければならない。あーあ、めんどくせえな、寝坊してやろうかな。という思いで、日付が変わった頃に就寝した。



寝坊してやろうかな、なんて思っていたのに、朝から騒がしい妹の声で目が覚めてしまった。


「あ〜ん!髪がうまく巻けない〜ッ!」


朝から妹はどこに出掛けるんだというほどお洒落に時間をかけていた。そう、それはまるでデート前の準備の如く。


「お前運動しに行くこと分かってんの?髪セットしたってどうせすぐ乱れるに決まってんだろーが。バカじゃねえの?」

「はあ?うっさいな、ブス兄は黙っててくれる?」


はあ!?ブス兄!?よく言えんなこいつ!俺ら顔そっくりって言われんのに!!!


朝から妹に腹立たしい気持ちになりながら、のろのろ出掛ける準備をする。


町内ごとにそれぞれTシャツが用意されているのだが、俺の町内は青のTシャツに町内名が書かれたTシャツだったため、良かった、ピンクとか赤じゃなくて。とホッとしながら青いTシャツに着替えた。

妹はもっと可愛い色が良かったと騒いでた。残念だったな、青色で。ハハッ。
もし矢田の町内がピンクとかだったらウケるんだけど。


…と内心ピンクのTシャツを着る矢田を想像して笑っていた俺は、数時間後に痛い目にあうことになる。

いや、痛い目には合わない。
悔しい目だ。


(むかつく!すっげーむかつく!!!)


俺の町内の隣の町内、つまり矢田の町内のTシャツは赤に近いようなピンク色だった。

自分がそのTシャツを着るなんて絶対に嫌だけど、でも、なんだか羨ましいと思ってしまった。何故なら、この色のTシャツを着ているからか、ここの町内は凄く明るく、華があるように感じたから。


…いや、違う。

Tシャツの色がこんな派手な色だから、華やかに見えるんじゃない。

この色のTシャツを着ている人の中に、何人か華がある人が紛れていたからだ。


言わずもがな、矢田一家のことである。


「うーわ、何この色。恥晒し?」


隣のテントから憎き矢田兄弟、弟の方、矢田 りとの声がした。

声がした方へすぐさま振り向く妹は、その瞬間目にハートを浮かべながら矢田弟を見ている。


「キャ〜矢田先輩キタキタ!!」


小声で妹は声を押し殺しながらはしゃぎ始めた。


「ピンクのTシャツ着てるぅ、やばい超かっこい〜…」


ハッ、イケメンはピンク着ててもこの扱いかよ。おいおい、捻くれるな自分。

と、俺が捻くれているところで、隣から可愛い声にも関わらず人を罵る言葉が聞こえた。

この声はもしかしなくても…俺の天使!


「キッモ、あんたがピンクの服とかまじでゲロ吐くんだけど。おえ。」

「ぁあ?もっぺん言ってみろやクソブタぁあ!!!」

「キャア!お兄ちゃん!りとがりなの頭叩いたぁ〜!」


「…もー…。りな、りとに余計なこと言うなよ。りともテントの中では暴れんな。」


これはすでに有名な話だが、矢田兄弟の次男と妹のりなちゃん(俺の天使)はかなり仲が悪いようで、隣のテントでは準備時間中にさっそく兄妹喧嘩が行われていた。しかも本人たちは気付いていないが、かなり目立っている。

これも有名な話で、そんな矢田兄妹の喧嘩を止めるのは、いつも長男矢田 るいだ。


っこいいぃぃい!!!!!」


そして俺の妹は、ピンクのTシャツの袖をうざったそうに肩まで捲り上げて登場した矢田 るいに、テントの中で一人ジタバタと暴れていた。


「いいなぁあたしも矢田さんになりたいっ」


こんなことを口にしている妹は、クラスも別、小学校からあまり話したことすらないらしいりなちゃんに憧れている。


「あんなかっこいいお兄さんがあたしも欲しいぃぃ!!!」


悪かったな!こんなお兄さんしかいなくて!つーかその言葉そっくりそのまま返させてもらうわ!!!


…と言いたいところだが、こんな妹でも可愛く思う時はある。…まありなちゃんの可愛いさには及ばないけれど。

いつのまにか、我を忘れてジタバタしまくっていた妹は、ジタバタしすぎてこれっぽっちも気付かなかった。


…なんと、隣のテントの矢田3兄妹が、

3人揃ってジッとジタバタする妹を見つめていた!!!


「おいっ!お前矢田兄弟に見られてんぞっ!」


小声で妹に教えてやると、妹はハッとした顔で隣のテントに目を向けた。そしてその後妹は、顔面を真っ赤にしてモジモジし始めた。


「大きい駄々っ子がいる。」

「おいりと失礼だぞ!聞こえんだろ!」


どうやら矢田兄弟に妹は駄々っ子に見られてしまったらしい。矢田弟の声を聞いてしまった妹は、真っ赤な顔で目をうるうるし始めた。

と、そこでそんな妹の側にいた俺に、憎き矢田兄弟、兄の視線が向けられた。


「あ。うす。」


えっ!? 俺に話しかけてる!?


「ん?お兄ちゃんの友達?」

「同級生。」


やばい!俺矢田 るいに顔認識されてた!!!

…まあ小学校からずっと同じだから逆に認識されてなかったら俺影薄すぎ…?


「…お、おう…。」


って俺、なにが『おう。』だ友達みたいに!厚かましいだろ!

と、俺は矢田るいに返事をした時、顔がめちゃくちゃ熱かった。そんな俺を、横からチラチラ何か言いたげに見てくる俺の妹。

ひょっとして紹介してくれとでも言いたいのか。お前も厚かましいやつだな。

…と思っていたところで、突然りなちゃんが「あっ!」と声を上げ、妹のことを見ていた。


「えーっと、池田さん?」

「はっ、…はい!」


なんとりなちゃんも、妹のことをちゃんと認識してくれていたらしい。妹は赤い顔で返事をした。


「あーそうそう。池田池田。」


りなちゃんの妹への呼びかけに、矢田が思い出したようにそう口にする。俺の名前はあまり覚えられてなかったようだ。


「池田さんとは同じクラスになったことないけど小学校からずっと一緒だよねー!あ、りなのこと知ってる??」

「し、知ってる知ってるっ…!」


知らないわけがないですとも!と言いたげに、りなちゃんから話しかけられてブンブン首を縦に振る妹。


「へえ、池田の妹?りなと同い年なんだ。」


そして、りなちゃんが妹に話しかけたことにより、矢田の関心が妹へ向き、妹の顔面は茹でダコ状態だ。


「う、うん。…お前のファン。」

「ちょっとお兄ちゃんっ!!!」


つい、矢田に話しかけられている状況の中、そんなことを言ってしまうと、顔面真っ赤な妹にぺしっと微力で肩を叩かれた。

いつもは加減などしないくせに、矢田の前ではぶりっ子している。


俺の余計な一言により、矢田は「…どうも。」と頷き、照れ臭そうにこめかみをぽりぽりと掻いた。


「…ピ、ピンクのTシャツ、似合ってますっ…!」

「…あー…これ?派手じゃね?」

「かっ、かっこいいですっ!!!」


勇気を振り絞るように妹は矢田に話しかけ、俺が見たことないような乙女な一面を矢田に見せていた。


その後、隣同士のテントということもあり、俺と妹は空き時間、矢田兄妹と会話しながら過ごすという、夢のような時間を送ることができたのだった。





「あっ!お兄ちゃん!この種目終わったらリレーの集合場所に行かないと!」

「もうそんな時間か。あ、池田も出る?」

「……あー…うん。」


走るのはあまり好きじゃないけど、うちの町内の中3男子俺だけだし仕方なく。と、憂鬱な気持ちで矢田の問いかけに頷くと、「じゃあ敵だな。」って矢田はニッと笑みを向けてきた。


「矢田先輩っ!おっ…、応援しますっ!」

「いや妹は兄ちゃん応援してやれよ。」


笑い混じりに矢田にそう言われ、顔面真っ赤にする妹。ってかこいつずっと矢田の前でもじもじしてるしぶりっこしすぎだ。


「りと探してこねーと。あいつどこ行った?」

「あいつなら遊具で遊んでるよ。あ、ほら、今滑り台のところにいる。」


矢田弟は久しぶりの遊具が楽しいのか、友人を何人か連れて無邪気に遊具で遊んでいた。

りなちゃんの指差す方へ視線を向ければ、頭から滑り台を滑っている矢田弟の姿が。


「うわやべえ死ぬ死ぬ死ぬ!!!」


そんな叫び声と共に、滑り台を滑る弟に、矢田は「あいつアホだな。」と呆れた顔で吐き捨てた。


「うん。アホすぎる。」


りなちゃんの顔は、矢田以上に呆れた顔だ。

しかし俺の妹は、「りと先輩元気〜!かっこいい〜!」と言ってはしゃいでいたから、イケメンはあんなことしててもかっこいいって言われていいよな。って俺は捻くれた。



「おいバカりとー、リレー行くぞ。」


テントを出て、弟の元へ寄ってからリレーの集合場所へ向かう矢田兄妹のあとを、俺と妹は当たり前のようについてきてしまった。

よく考えれば俺たちは何故、この有名な矢田兄妹と行動を共にできているのだろう。

すれ違う人々からはチラチラ視線を向けられ、知人に会えば話しかけられ、常に注目をあびている。

矢田兄妹恐るべし、だ。


「もうリレーの時間か。」

「うわ、お前服汚ねえな!遊びすぎだろ。」

「りとそれでリレーは疲れて走れませんでしたとか怒るから。」

「は?なめんな。1位の景品カップラーメンの詰め合わせだろ? 全力で走る。

「お前そういうのはちゃっかり調べてんだな。」

「カップラーメンの詰め合わせ!?えぇー!りなお菓子が良かった…。」


矢田兄妹、3人揃って、メラメラ闘志を見せながら、リレー待機場所で屈伸しはじめた。

俺も妹も、その時の矢田兄妹のオーラがあまりに恐ろしく近付くことはできなかった。


「…あの、抜かれたらごめんね?」

「大丈夫。りとにぶっちぎりでバトン渡させるから。」

「…う、うん。」


矢田と同じ町内の中学1年男子、2年女子、3年女子は、矢田兄妹のオーラにびくびく震えている。

この人たちが頑張らなくたって、どうせここの町内が1位で決まりだ。



「それじゃあ1走者の人位置についてー!」


いよいよリレーの時間がきてしまった。

トーナメント戦だが、隣の町内ということもあって俺の妹がりなちゃん、そして俺が矢田兄と走らなければならない。

…ああ、終わったな。まあビリにならない程度に頑張りたいと思う。


俺の妹…はさておき、りなちゃんがスタートの位置についた途端、ざわりと盛り上がりを見せた。


「あっ!りなちゃんだー!」

「え!?てことは矢田兄妹の町内!?」

「待ってましたー!!!」



どんだけみんな矢田兄妹のこと見たいんだ。


よーい、ドン!とピストル音が鳴り響いた瞬間、あんなに可愛い子からは想像出来ないほどのもの凄いスピードで足を回転させ走り始めたりなちゃんが、ぶっちぎりの1位で早くも2位との差をつけた。


…俺の妹はと言えば…。

ビリじゃねえかッ!!!

まああいつスニーカーだしな。やる気無さすぎだ。何しに来たんだよ。

…あ、矢田兄弟拝みに来ただけか…。


予想通りの結果で、中1男子にバトンが渡った。

ちなみに走る順番は1年女子1年男子、2年女子2年男子、3年女子でアンカーが3年男子だ。

尚、町内にその学年の子が居ない時は、下の学年、または同じ学年の女子なら代わりに走ることが許されている。


「おお、クソブタなかなかやるな。」

「あいつも負けず嫌いだからな。」


矢田兄弟は、りなちゃんの走っている姿を2人して満足気に眺めていた。


バトンは中1男子、その次に中2女子と順に渡り、矢田兄妹の町内は少しピンチで、2位の町内に抜かされそうだ。


「あ〜あ、相手がりとじゃなかったら頑張るのになぁ。」


1位争いをしている町内の中2男子は、恐らく同じタイミングでバトンを受け取るであろう矢田弟に視線を向けながら、ため息を吐いた。


「カップラーメンは俺がいただく。」


スタートラインに立った矢田弟は、バトンを貰った瞬間、駆け出した。


「キャー!!!りとくぅぅん!!!!!」

「かっこいいぃぃぃ!!!」

「がんばってぇぇぇ!!!!!」



速い。なにあれ、めっちゃ速い。

俺の隣で待機している矢田兄が弟の走る姿を眺めながら、「カップラーメンの執念だな。」とわけがわからないことを呟いている。


再び矢田兄妹のいる町内が1位で次の走者にバトンが渡った。

矢田弟からバトンを受け取り、そして矢田兄にバトンを渡す、という、恐らく女子たちが物凄く羨むポジションを手に入れた3年女子だが、その子は先程『抜かれたらごめんね』とビクビクしていた子だ。

可哀想に。走るのが苦手なのだろう。

仕方なしに走らされる、という子は多く、のろのろ走る姿を見るのはこの町内運動会ではありがちなことだ。


頑張って走ってはいるものの、遅い。走るのが苦手な子はしょうがない。それでも頑張って走っているのだから、どうか責めずに許してあげて。


「はぁっ、はぁっ…」


矢田兄妹の町内の子は、1人、2人と抜かされてしまい、矢田兄にバトンが渡る時には3位にまで落ちてしまった。

え?俺の町内は何位だって?心配するな、ビリだから俺の出番はもうちょっと後だ。


「兄貴!カップラーメン。」

「任せろ。」



矢田弟の呼びかけに頷き、矢田兄はバトンを受け取った瞬間、恐ろしく速いスピードで駆け出した。


「きゃあああああ!!!!!」

「るい先輩愛してるぅうう!!!!!」

「かっこよすぎるぅぅう!!!!!」

「付き合ってぇぇえええええ!!!!」



矢田兄への歓声だらけの中、俺はひっそりと同じ町内の子からバトンを受け取り、走り始めた。走り始めて数秒後、矢田兄は1位でゴールした。


って、速すぎだろっ!!!


決勝レースに進出した矢田兄妹の町内だが、結果は似たような感じ。

無事、念願のカップラーメン詰め合わせをゲットした矢田弟は、さっそくお湯を貰ってテントの中でカップラーメンを食べていた。


「りな、りと、るい、よくやった。」


誇らしげな顔をして、イケメンすぎる矢田のお父さんらしき人も、カップラーメンを食べていた。


「父さん、大人リレーの1位の景品は米5キロだって。」

「まじか。麻衣ちゃん!頑張ろう!」

「うん!絶対お米持って帰ろうね!」



こうして、町内運動会で見事優勝したのは、中学の部、そして大人の部でリレーぶっちぎり1位により点を稼いだ、矢田家がいる町内だった。


景品はほとんどこの家族が持って帰ったのではないだろうか。


恐るべし、矢田家の力。


矢田兄妹と町内運動会! おわり

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