お母さんだけが知ってる(小学生) [ 14/87 ]


これは、りなが小学3年生の頃の話だ。

夏休みに遊園地に行きたいと駄々をこねたりなとりとに、「仕方ねえな。」ってお父さんが頷いてくれたから、家族で遊園地へ行くことになった。


園内は家族連れが多く、かなり混み合っており、乗り物に乗るのも一苦労だ。


「俺あれ乗りたい!」


そんな中、さっそくりとが指差したのは、ジェットコースターだった。

りなはそのジェットコースターのレールを眺めてゴクリと唾を飲み込む。

りなは、ジェットコースターに乗ったことがないから、乗ってみたいという気持ちと、不安な気持ちがあったのだ。


「いきなりはやだ!最初は緩やかなのがいい!」


だからりなは、心の準備をする時間が欲しかった。


「あっ!お化け屋敷行きたい!」

「お化け屋敷かぁ、いいぜ、お化け屋敷行こう。」


りとはお化け屋敷にも興味があったようで、楽しそうにしながらお化け屋敷の方へ向かっていった。

りなも早くお化け屋敷の方に行きたくて、駆け足でりとの後を追うと、後ろからお父さんが声をかけてくる。


「おいりとりな、さっさと一人で行くなよー。」


りととりなは立ち止まって振り返り、お父さんが歩いてくるのを待つ。少し後ろでは、遊園地に来てからあまり楽しそうじゃないお兄ちゃんが、お母さんの後をノロノロと歩いていた。


「お兄ちゃん早く早く!」


りなはお兄ちゃんの元まで駆け寄り、手を掴んで引っ張った。お兄ちゃんはずっと口数が少なかった。

どうしたんだろう、お兄ちゃん元気ないね。気分でも悪いのかな?

りなはお兄ちゃんのことがちょっと心配になった。



お化け屋敷はそこそこ楽しかった。

りとがおばけに向かって唾を吐こうとするから、そんなりとを怒るお父さんの方が怖かった。

りなは「おばけよりお父さんの方が怖かった。」って言うと、お兄ちゃんはちょっと笑っていた。


お兄ちゃんお化け屋敷に入って元気出た?


「お兄ちゃんは何乗りたい?」


りなはお兄ちゃんともっと遊園地を楽しみたいから、そう問いかけると、お兄ちゃんは少し考えるように黙り込んで、その後アイスクリームが売っているお店を指差した。


「…お母さん、俺アイス食べたい。」


珍しくお兄ちゃんがそんな頼み事をするから、お母さんは笑顔でアイスをりなとりとにも買ってくれた。


アイスクリームを持って、ベンチに座る。

りとは早くジェットコースターに乗りたいようで、ベンチには座らずに落ち着きなくウロウロしながらアイスクリームを食べている。


「次はジェットコースターな!!」


素早くアイスクリームを食べ終えたりとは、ウキウキしながらジェットコースターを指差した。


それに比べて、りなよりも遅いペースでアイスクリームを食べているお兄ちゃん。


「兄貴早く食えよ!」ってりとがお兄ちゃんを急かす。


この時お兄ちゃんは、ちょっと気分悪そうにしながらお父さんに視線を向けた。


「…お父さん、俺ここで待ってるからジェットコースター行ってきて。」

「るい気分悪いのか?」

「…大丈夫だから。」


お兄ちゃんの顔は真っ青だった。

心配そうにお兄ちゃんを見下ろすお父さんに、お母さんが隣から声をかける。


「私もるいと一緒に待ってるからお父さんりととりなをジェットコースターに連れてってあげて?」


そんなお母さんの言葉に、お父さんは「じゃありとりな行くか。」って言って、3人でジェットコースターの方へ向かった。

お兄ちゃんとお母さんの元から立ち去る前に、チラリとお兄ちゃんの方へ振り返ると、お兄ちゃんは何故か安心するようにホッと息を吐いていた。





家族でやって来た遊園地で、りとはジェットコースターにばかり興味を示していた。

早く乗りたくて仕方がない、そんなりとを前にして俺は乗りたくないなんて言えず。

足取りはとても重く、ずっと憂鬱な気分だった。


特別アイスクリームが食べたかったわけではないけど、通りかかったお店でアイスクリームを買ってもらい、ベンチに座ってホッと息を吐く。


相変わらず早くジェットコースターに乗りたくて仕方ない様子のりとに、俺はここで待ってるとお父さんに言えば、お父さんはりととりなをジェットコースターの方へ連れて行ってくれた。

また俺はホッと息を吐いた。

良かった…これでジェットコースターに乗らなくて済む…。


俺がホッと息を吐くと、お母さんが俺を見てクスクス笑ってきた。


「るい実はジェットコースターに乗りたくなかったんでしょ?」


体調が悪いと思ってくれたお父さんとは違い、どうやらお母さんにはバレバレだったみたいだ。


「…うん。」


お母さんからそっぽ向いて正直に頷くと、お母さんはまたクスクスと笑ってくる。


「お母さんも実はジェットコースターあんまり乗りたく無かったの。もー、りとが乗りたい乗りたいって言うからどうしようかと思っちゃったー。」


笑いながらそう話すお母さんも、実はジェットコースターが苦手だったと知り、俺は一気に気分が楽になった。


「ジェットコースター時間かかりそうだし、お土産でも見て待ってようか。」

「うん。」


その後、満足そうにジェットコースターから戻ってきたりとやりなに、「楽しかった?良かったね。」って俺とお母さんは笑顔で迎えた。


「うん!楽しかった!お兄ちゃんもまた一緒に乗ろうね!」

「…うん、また、な…。」


そんな時が来ることは絶対にないと、

お母さんだけが知っている。


お母さんだけが知ってる おわり


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