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光の声が聞こえてからは、俺はより一層暴れた。やつは舌打ちをして俺のズボンを脱がそうとするのを止め、できるだけ俺が大人しくなるようにまた腹を殴り、口を塞ぐ。


「あのバカ1年…っ!」


奴は憎そうにそんな小言を口にした。


「ゆ〜う〜とんとんゆうとんまる〜。あーあ、俺まで授業サボっちゃったっつーの。俺どんだけ佑都のこと好きなんだよ。」


光のでかい独り言は、徐々にこちらに近づいてくる。


ガン!!!ガン!!!ガン!!!

俺は光に気付いて欲しくて、棚を強く蹴りつけた。


「あっおいバカ大人しくしてろ!!」

「んんん〜っっ!!!ひかる!!!」


左右に顔を振り、奴の手を自分の顔から退かせて、思い切り腹から声を出して光の名を呼んだ。腹痛い、やべえもう無理、お願いだから気付いてくれ!!!



ふぅ、ふぅ、ふぅ、と呼吸をする。
奴はとてつもなくイライラしているようだった。これで助からなければくたびれ損だ。恨むぞ、光。


そう思った数秒後、ガチャ、と部屋のドアノブをいじる音がした。しかしそこは内側から鍵がかけられている。


やつは俺の口を塞ぎ、俺の身体を部屋の隅へ引き摺った。


「んんん!!!!!」


ここで諦めてなるものか。
俺は精一杯声を出す。


しかし、ガチャ、と一度音がしただけで、外はとても静かだった。


なんだよ、光のやつ、気付いてくれたんじゃなかったのかよ…!俺はまた、少し絶望的な気持ちになった。


ホッとしたように小さく息を吐く奴が憎い。じわじわと額から流れる汗がうざったい。俺の首に回るごつい腕が暑苦しい。気持ち悪い。カッターシャツがまともに着れなくなったことが腹立たしい。腹が痛いのなんかもっと腹立たしい。

なにより、光が俺に気付かず行ってしまったということがなにより腹立たしい。怒りを向けるべき相手は光ではないのに。

それでも俺は、光が俺に気付かず行ってしまったと思うととても悔しくて、我慢していた涙が溢れてきた。情けない。こんなことで。こんなことで泣いて、バカみたいだ。


「…うっ…っ…うう…。」


俺の目から涙が出てくるのを見て、やつの口角はニィ、と上がった。


「残念だったな。お前のクソな幼馴染み、行ったみてーだぞ。ははっやべえ、お前泣くんだ?そうやって泣いてたほうが可愛げあるからずっと泣いてろよ。」


どうしてここまで俺がこいつに憎悪を向けられなければならないのか。俺がこいつに何をした。そもそも俺は、今まで普通に生活していただけで、誰にも迷惑をかけた覚えはねえのに。


ああもう、こんな学校うんざりだ。


そう思った直後のことだった。

部屋の扉に、鍵が刺さる音がした。


「………は?」


奴は突然のことに、やや焦りを見せた表情を浮かべる。そして、その後鍵は引き抜かれ、ガチャリと部屋が開く音がした。


「お前ってやっぱ裏あるだろ。俺を使うとは高いからな。」

「裏?そんなのないですないです、俺はこの部屋から佑都の気配を感じたんですよ。そして俺を呼ぶ、ただならぬ佑都か…ら………の…………佑都!!!」

「…は?まじかよ…。」


扉が開いたかと思えば会話が聞こえ、近づいて来た人物は、俺と奴の姿を目にし、目を見開いた。



「おいてめえ佑都になにやってんだよ!!!!!その薄汚ねえ手離せ!!!」

「夏木、やめろ。そいつは俺が預かる。お前神谷をどこか落ち着ける場所に連れてってやれ。」


俺と奴の姿を見た瞬間、勢い良く殴りかかろうとした光を、一緒にいた男が静止させた。


奴の先程の威勢は一瞬で消え去り、力無くしたように、俺から手を離した。


俺は、全身の力が抜けて、地面に手をついた。今度は安心したからなのか、またポロポロと涙が溢れてくる。

ああもう、まじで最悪だ。こんな情けない姿は光だけには見られたくなかった。しかしまあ光が気付いてくれたから、俺は助かったんだけど。でもやっぱり、見られたくないものは見られたくない。情けない。悔しい。腹立たしい。

憎いそいつを、俺は睨みつけることすらも、今の俺にはできなかった。


「夏木、神谷が落ち着いたらメールしろ。」

「…分かりました。」

「風紀委員室行ってる。おら、来い!」


奴は、光とここにやって来た男に首根っこを捕まれ、強引に連れて行かれた。


俺は、こんな情けない顔を上げることはできず、嗚咽を漏らしながらジッと地面を見つめる。


光はずっと無言で、シーンと静かな空間には俺の嗚咽する音だけしか聞こえない。こんな時に限って、こいつはなんにも話そうとせず、居心地が悪い。


「…ううっ……く…ッ…ふぅ…。」

「………え?」


しかし、頭上からポタポタと雫が降ってきて、光からも嗚咽する声が聞こえたから、俺は思わず顔を上げた。


光は、唇を噛み締めて、目を瞑って泣いていた。


なんで光まで泣くんだよ。
呆気にとられ、俺の涙はすぐに引いた。


「……ひかる?」


名前を呼ぶと、光はゆっくりと目を開けた。片手でゴシゴシと目を擦った光は、ズズッと鼻水を啜る。


まるで、幼い頃の俺たちのようだと思った。

光と大喧嘩して、喧嘩の原因は光なのに俺だけが母さんに思いっきり怒られ、泣いてしまった俺を見て泣いた光。

光は昔から、俺が泣くと絶対泣くんだ。

今でも全然変わらない幼馴染みに、俺は少しだけ笑みが溢れる。


「……ゆうと…っ、大丈夫…?」


赤い目をした光が俺に問いかけた。


「…うん。…平気。お前が気付いてくれたから。」

「…よかった。ここ通って…。」

「…おまえ独り言でかすぎ…。」


そう言ってちょっと笑うと、光も少しニッと口角を上げて笑った。



俺の身体の後ろに回った光は、腰を下ろして後ろから俺に抱きついてきた。背中に顔を押し付けられ、光の表情は勿論わからない。


「…あのゴリラ、佑都になにしようとしてたの…。」


………ゴリラ?

ボソボソと話し始めた光。

ああ、ゴリラな。ゴリラ。あの忌々しいゴリラ。二度と顔も見たくねえ。


「…知らね。…知りたくもねえ。」

「…チューはされた?」

「は?」

「…されたの?」

「…されてねえよ。」

「ほんとかよ…。」


おいおい、こいつはなにを疑ってるんだ。

チュー?なんであの野郎が俺にキスすることなどこいつが考えているんだ。

…ああ、この格好を見て言ってんのかな。

シャツのボタンは吹き飛んでるし、ベルトも引き抜かれてる。ズボンのチャックはいつの間にか全開。

どう見たってヤる一歩手前の格好だよな。


あー…ほんと。助かってよかった。

もしも光がここを通らなかった時の、最悪な状況のことを想像したら、鳥肌が立ちそうだ。ほんとうに、よかった。


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