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数十分後、ようやく俺の質問を思い出した会長は、1冊のファイルを取り出した。
『新入生歓迎会』と表紙に書かれたそれを会長から渡される。
「新歓はやること毎年同じだがら。佑都も去年体験しただろ?」
会長の言葉に俺は去年の今頃を思い出す。
「…スタンプラリー?だっけ?」
そう、無駄に広いこの学内で、当時1年だった俺はスタンプラリーをやらされた。
広くて迷いやすいこの学園の校舎に早く慣れるため、といった意図がある。
職員室、音楽室、美術室、理科室、体育館…数ヶ所に置かれたスタンプを全て押し終われば、その台紙と引き換えに昼飯に用意されたお弁当が待っている。
つまり、このスタンプラリーをサボれば昼飯は無い。うまいことしてあるな、とその時は密かにそう思った。
「そうだ。午前はスタンプラリー、午後は部活紹介と委員会紹介。」
「あー…そういやそんな感じだったっけ。じゃあさ、スタンプラリーとか俺らやることなくね?」
スタンプ台設置して、はいじゃあどーぞ。って。…そう勝手に思ってた俺だったが、「あほか、」と会長から人を小馬鹿にしたような声が飛んできた。
それにむっとして眉をしかめる。
「役員はスタンプ台んとこで待機。案内役と見回りも兼ねてな。」
「は?そんなん居た記憶ねー。」
「それは佑都がぼんやりしてたから覚えてねーんじゃねーの?俺はやたら眠そうなお前がスタンプ押してたとこ知ってるぜ。」
「あ、僕も僕も。入学当初から神谷くんって目立ってたからすごい印象に残ってるよ。」
会長に続けて副会長までそんな話をし始めた。まさか1年前の自分の話をされるなんて思わなくて、ちょっと気恥ずかしい。
「へえ…。そうですか。」
「うわ、佑都がスタンプラリーしてるとこ見たかった。」
「別に普通だろ。」
「佑都がスタンプポンポンしてるとこ。」
「なんもおもしろくねー。」
なにがそんなに面白いのか、光がククッと小さく笑った。こいつ俺のどんな姿を想像してるんだ。
「つーことで、役割分担とかはまた明日の昼決めるから絶対サボんなよ。」
「あと委員会紹介のこともね。」
「あ、それから放課後は全委員会合同の会議あるから。予定入れんなよ。じゃあ今日は解散。」
淡々と述べられた会長の言葉を最後に、その日の生徒会での行いは終了した。
さて帰ろう、と鞄を持って立ったところで、会長から名前を呼ばれる。会長の方へ視線をやれば、会長はちょいちょいと手招きしていた。
光が不思議そうに俺を見る視線を感じながら、会長の元へ移動する。
「なんですか?」
「あー、夏木のことなんだけど。」
言いながらチラリと光を見る会長。俺もそれにつられて光を見た。
その時、こっちを見ていた光とばっちり目が合って、光は慌てて生徒会室から出て行った。
なんだ、先帰んのか。と思いながら、再び会長に視線を戻す。
「お前の幼馴染み。想像以上だわ。」
「そうですか。」
「初対面の時から変わった奴だとは思ってたけど。や、初対面っつーより新入生代表の挨拶ん時から。」
「あー。まあ。かなりぶっ飛んだ奴なんで。」
「ぶっ飛びすぎだろ!…つーかあれはかなり質悪りぃわ。」
いつも偉そうで、堂々としている会長の表情がえらく険しいものになっていたため、俺はそれを珍しく思いなにごとかと首を傾げた。
「あいつ、佑都の親衛隊に自分が良く思われてねえこと知ってて、親衛隊煽るようなことしてるだろ。
あのクセかなんかしんねーけど、わけのわからんクサイ台詞。あれやめさせろよ。」
会長が至って真面目に話すもんだから、俺も少し気を引き締める。
会長が言いたいことはなんとなく分かった。
食堂や、人目の多くあるところで冗談でも俺の腕に抱きついたりする光のことはどうかと思っていたのだ。
元々スキンシップの激しい奴だと分かってはいるが、それを親衛隊が見てるところで堂々とするのは、親衛隊を煽ってるとしか思えない。
「確かに煽ってるように見えるのは同感ですね。やめさせようとは思うんですけど、言っても聞くような奴じゃないしで俺もぶっちゃけ困ってます。
あ、でもクサイ台詞止めんのは無理っすよ。あいつのあれ、多分クセになってるし、つか趣味?」
「趣味…ねえ?」
なにか、考えるように呟く会長。
そして、ジッと俺を見た。
「俺には佑都には言えない本音を戯けたように言ってるだけに聞こえるけどな?」
「はあ?……本音?」
んなアホなわけあるか。
結婚だとか、愛してるだとか。
現実味が無さすぎて、どう考えたら本音に聞こえるのかを問いたい。
そう思いながらあからさまに『なに言ってるんだこの人は』とでも言うような視線を会長に向ければ、会長は苦笑しながら、「まあそれはさておき」と話題を変えた。
「新歓ではお前らセットでスケジュール考えるから、ちゃんと夏木のこと見張っとけよ。」
「ああ、はい。わかりました。」
「フラフラどっか行かせんなよ。」
「わかってますって。」
それだけ言って会長は、「話はそんだけ」と帰る支度を始めた。
やっぱりこの人、第一印象よりもだいぶちゃんとした人だ。
「じゃあお先に失礼します。」
「おー。つかそんな堅苦しい敬語をお前が使うな気持ちわりー。」
と、せっかく俺が会長を敬って言った台詞に、ニヤリと笑ってそう返された。むかつく。もう絶対言わねー。
「そーかよじゃあなクソ会長!」
「おーまた明日な。」
ヒラヒラと片手を振る会長を尻目に、生徒会室を出た。
腹減ったし飯食って帰ろうか。
それともカップ麺でも買って帰るか。
どちらにしようか迷いながら、廊下を進む。下へ降りようと階段に差し掛かったところで、先に帰ったと思っていた光が、頬杖をつきながら階段に座り込んでいる姿があった。
「光?なにやってんだこんなところで。」
背後から光に声をかける。
ハッとしたように光は後ろを振り向いた。
「あっ佑都やっときた。…会長となに話してたんだ?」
「あ?…あー、光があほすぎるって言う話?」
うん、まあ間違ってはいない。
まさか光がさっきの会長との会話を聞いてくるとは思わず少し狼狽えた。
「はぁー?なんだそれー。」
「あ、飯食って帰るか?」
なんとなく話を逸らした。
「うおお!珍しく佑都からのお誘い!」
「腹減ってんだよ。さっさと行くぞ。」
「うん!」
上機嫌で立ち上がった光を連れて、寮の食堂で夕食を摂ってから、部屋に帰った。
食堂では、あからさまな光への暴言を吐くものは居らず、親衛隊の会合で言ったことが少しでも効いているのだろうか、と少し安心する。
光自身も、「ん?なんか俺への悪口減った?」とその変化を感じているようだった。
とりあえずは面倒事がいろいろと始末できたといった感じだろうか?
ひと段落ついたところで、一週間後には新入生歓迎会がやって来る。
生徒会役員になってはじめての行事。
なにごともなく終わればいいなと、柄にもなく俺は強く、そう願ったのだった。
第4章【 新 生 生 徒 会 始 動 】おわり
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