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その日の放課後…
俺にはまだ、やらねばならないことがあった。
特別棟2階の2-B部屋…俺は一人、その部屋に向かう。俺の親衛隊の会合に顔を出すためだ。
さすがにいつも一緒に居てくれる猛を今日ばかりは連れてくるわけにもいかず、今日は俺一人でそこに向かう。
そこがどんな集いなのか…少し怖い。
そこに行くまでに何人もの見知らぬ生徒が、「生徒会頑張ってください!」という応援の言葉や、「生徒会就任おめでとうございます!」という祝福の言葉をかけられた。
生徒会役員というポジションに何の魅力も感じない俺は、素直に喜ぶことができないが、見知らぬ生徒にまでそんなメッセージを頂いた俺は、ただ「ありがとう」とだけ返事を返す。
すると、顔を真っ赤にし、「キャー!」と叫びながら立ち去られる始末。意味が分からない。
こうしてやって来た、特別棟2階の2-B部屋前。中にはどれほどの生徒が待ち構えて居るのか…少しドキドキしながら、部屋の扉をノックした。
「わ!神谷様、来たんじゃない?!」
「た、たた隊長!神谷様がお見えになられたかと…!」
ノックをした直後、バタバタと騒がしい音と声が聞こえた。おいおい…この中で一体何が行われているんだ、と不安になる。
ゆっくり開いた扉から顔を出したのは、真田先輩だった。
「神谷様、わざわざこちらまで足を運んでいただき、ありがとうございます。どうぞ、中にお入り下さい。」
そう真田先輩から招き入れられ、そこに足を踏み入れた俺は、唖然とした。
「え、……は?」
「驚かれました?ここにいる生徒は皆、神谷様の親衛隊員です。」
…と、真田先輩の言葉を聞いても、いまいち状況が把握できない。ざっと見て80人…90人…いや、100人くらい居るのだろうか。何故この部屋に、こんなに人が集まってるのか分からない。意味不明。目眩しそう。
「…まじかよ。」
「現在隊員数113名です。この春新入生が入学し、一気にメンバーが増えました。」
「へえ…。」
「因みに生徒会長、水瀬の親衛隊員は126名。あと少しです、神谷様。」
「…え。メンバー数競ってるんですか?」
「いいえ、そういうわけではありませんが、親衛隊員の数を支持率だと考えると、メンバーは多いに越したことはないのです。」
「はあ……そうですか。」
真田先輩の話に俺は、頭を抱えたくなりながら頷いた。
俺がこんなにも支持されてる意味が分からない。俺はこの学校に来てからの1年間、生徒らに支持されるようなことをやった覚えはねーぞ。
なのに…なんだこの有様……
「大丈夫ですか?神谷様…?」
暫くぼうっと突っ立ったままでいた俺の顔を、心配そうに覗き込んだ真田先輩に声をかけられ、ハッとする。
「いやぁ…これは、ちょっと…想定外っていうか……てか、なんも知らずに今まで生活してたって思うと…ほんと恥ずかしっすね…。」
いつからこの団体、活動してたのか。
……団体っつか、俺の…親衛隊…だけど。
そもそも活動ってなにしてんの?
まさか、今日の神谷佑都の行動……とかって話されてるんじゃねーだろうな?
そんなまさかすぎる想像をしながら俺は、「ハッ、まさかな。」と自分の想像を鼻で笑ったのだが、そのまさかがまさかではなかったということを、俺は知るはずも無い。
『今日の神谷様はねー、食堂で和食定食を食べていらしたよ。』
『えー!やったぁ!僕も今日和食定食食べたよ!神谷様と一緒〜。』
『でねー、夜は麺類じゃないかなーって思ってるんだけどどう思う?』
『そうだねぇ、この前は夜うどんだったもんね。』
これが、神谷佑都親衛隊員の日常会話である。
わりと広めの特別棟の教室に、3クラス合同で授業を行っているような風景が広がっている。
その教師が立つポジションに今立っているのが俺だ。
見渡せば、たくさんの目が俺を見ていて、苦笑した。
多すぎる。ここまでだとは思ってなかった。この学校、全校生徒何人いたっけ、とかどうでもいいこと考える。
「えー、みなさんご存知の通り、神谷様親衛隊は、神谷様公認になりました。」
にこにこと嬉しそうに話し始めたのは真田先輩である。その先輩の声で、わああと盛り上がる生徒たちのテンションは高まるばかり。
「ではさっそく、神谷様からのお言葉をいただこうと思います。」
その真田先輩の台詞に、真田先輩をはじめ、親衛隊員たちは俺に注目した。
ええっと…つまり、挨拶でいいのか?
隠しきれない苦笑を顔面に貼り付け、俺は口を開いた。
「どうも、神谷です。ええっと……まじすか。これ。ほんとに俺の親衛隊?…驚きました。えー…よろしくお願いします。」
しどろもどろになりながらの挨拶だったが、みな笑顔でパチパチと拍手をする光景が広がっている。
…変なの。ほんと。なんなんだろう、この集団。
いまだこの生徒らが、俺の親衛隊隊員だという自覚が持てず、狼狽える。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いしますね。で、神谷様から何か親衛隊員に言っておきたいことなどはございますでしょうか?」
そう丁寧に問いかけてくる真田先輩に、俺はそうだった、と思い出す。
そもそも、親衛隊公認には目的があったのだった。
「あー…俺の幼馴染みのことなんですけど。1年の、夏木光。なんかあいつのことで、俺の日常に支障来たすんじゃないかって、心配して下さってる方、居られますよね。
えーまあ…その、心配して下さってありがとうございます。確かにあいつ、やたらテンション高いし、うるさいし、気分屋だし、振り回されまくってますけど、でもまあ…弟みたいなやつなんで…俺もあいつのことほっとけねぇっつか、あんまりあいつのこと悪く言ってほしくないっつーか…
まああいつのことうざかったら俺、自分であいつに言うんで、その…俺から離れろ、とか…そう言う野次は無しでお願いしたいです。…あーまぁ、うまく言えねえけど、よろしくたのんます。」
その、口下手でぜんぜん纏まってない言葉の後頭を下げた俺に、教室内は静まり返っていた。
数秒後頭を上げ、隊員たちの顔を見渡すと、そこに広がるのは少し不満気な表情の生徒ばかり。
あー…ひょっとして逆効果だっただろうか。
親衛隊員の前で光の話をするのは。
でもそもそもの目的はこれなのだから、言っておかないといけないことだ。
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