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「あれ?ここはどこ?俺は誰?あなたは………愛しの佑都くん!」


病院で治療と検査を受けた光は、数時間後まるで何事も無かったかのようなハイテンションで目を覚ました。


「…光!!!大丈夫なの!?私のこと分かる!?」

「え、うん。俺のお母さん。」

「じゃあこの人は!?」

「愛しの佑都くん。」

「バカッ!もう!お母さん先生呼んでくる!」


ずっと心配そうに、不安そうにしていた光のおばちゃんが、呆れるほど普段通りの態度を見せる光を見て、安心したように病室を出て行った。


「…う、…痛っ、腕ちょー痛い。」

「……あんまり動かすな。」


目を覚ました光は普通に喋ってるけど、俺は光の顔が、なんかまともに見れない。あまりに唐突に、いろいろなことが起こりすぎた。


下を向いたまま話すと、光は「佑都?」と俺の顔を覗き込んでくる。


「動くなって!じっとしてろよ!」

「え、俺平気だよ?」

「平気なわけあるか!頭打ってるくせに!」

「え〜、佑都もしかして俺のこと心配してくれてんの?嬉し〜。」


人の気も知らないでヘラヘラと笑っている光。

まるでここ最近のやり取りが無かったみたいに、いつも通りの光だ。


「…なんなのお前。頭打っておかしくなったかよ…。」

「ん?なにが?俺いつも通りだけど。」


キョトンとした表情で、『いつも通り』という言葉を口にする。その時点で俺には、光の態度がおかしいことに気付いた。


「…お前がいつも通りだったらおかしいだろ…。」


俺がボソッとそう口にした時、病室には光のおばちゃんと担当の先生がやって来た事により、俺と光の会話はそこで終了する。


医師と入れ違いに病室を出ようと立ち上がると、光はずっとキョトンとした顔で俺のことを見つめてくる。


「…佑都帰んの?」

「…ちょっと外出てる。」

「また戻ってきてね。」

「……うん。わかった。」


俺にそう話しかける光は、やっぱり、

“いつも通り”の光だ。


“いつも通り”は確かに望んでいたことだけど、俺は“いつも通り”の光の態度に、胸がモヤモヤする。

光を見てると、ずっとモヤモヤする。


そもそもなんでお前、階段から落ちてんの?もしかしてわざとじゃねえだろうな?俺の態度がまずかった?俺の態度に、絶望したのか?

だから、またふりだしに戻るかのように、階段から落ちて、記憶無くしたフリでもして、“いつも通り”を演じてるんじゃねえだろうな?

そんな、変な妄想を考えてしまった。

それともまじで頭打ってここ数日間の記憶無くしたか?


風紀委員長から光が非常階段から落ちたという連絡を受けた時、俺の頭は真っ白になった。


目を閉じて倒れている光に、最悪な事態を想像した。

光が居なくなったらどうしよう、って怖くなって、手が震えた。


でも、光はまるで何事もなかったかのように、“いつも通り”の態度で目を覚ました。


良かった。

“いつも通り”の光がそこにいる。

元気な光を見て安心したはずなのに、

俺の心の中はずっとモヤモヤしたままだった。



「なんで非常階段なんか使ったんだよ。階段から落ちるとか何やってんの、バカじゃねえの。」

「なんか眠気で頭がぼんやりしちゃってて。」

「もー、光高校でも佑都くんに迷惑かけっぱなしなんじゃないの?しっかりしてよー。」


病院から光のおばちゃんが運転する車に乗って、もう夜遅い時間なため、寮には帰らず光の自宅へ。光の身体に異常は無かったものの、1日自宅で安静にしておくことになった。


付き添いで病院まで来ていた教師に俺も光に付いてて良いかとお願いすると、「神谷なら授業休んでも心配なさそうだな。」と案外あっさり許可してもらえたから、こういう時成績が良いと得をしたりするもんだ。


ヘラヘラ笑いながら階段から落ちた時の事を話す光は、人を心配させておいてお気楽なもんだまったく…と光のおばちゃんと共にハァ、と息を吐きながら呆れる。


「あ、なんかさ、俺さっき変な夢見たよ。」

「変な夢?」

「言うの恥ずかしいから言わないけど。」

「なんだそれ。」

「佑都と俺がチューしてる夢。」

「って言わないとか言いながら言ってんじゃん。…って、」


………それ夢じゃなくね………?


そんな夢の話を語る光に、「相変わらず光は佑都佑都って。ごめんね佑都くん、いっつも光のバカに付き合わせちゃって。」って笑う光のおばちゃん。


そんなおばちゃんに、「お母さん…俺はもう責任を取って神谷家にお嫁に行きますね。」と冗談を吐いている光。


「はいはい。行ってら。」


光の冗談に慣れきっている光のおばちゃんは、いつも俺とそう大差ないあしらうような返答だ。


それは、あまりにいつも通りすぎて、俺は一瞬、光が俺のことを好きだということがまるで夢だったかのように思えてきてしまった。


俺は何も言わずに、車の窓から外の風景を眺める。


心臓は今とても落ち着いてる。

でも、確かにドクドクと忙しなく動く俺の心臓には覚えがある。光とキスした感触も、涙を流す光も、全部覚えている。夢なわけない。


やっぱり、どう考えても階段から落ちた後からの光が変なんだ。


一時的に事故前後の記憶が抜けてしまうということはあり得ることだろう。例えばその可能性もある。


でも、光がわざと忘れたふりをしている、と言うことも。


…そんなことを考えていると、ふと光が俺の方を見ている姿が窓に映っていることに気付いた。


ジッと俺の方を見ている。

俺はそれに気付かないフリをして、ジッと窓を見続ける。

数秒後、俺から視線を逸らし、下を向いた光から、スン、と一度だけ鼻をすする音がした。


……光、…泣いてる?


そんな光の様子を直に見るために、窓から目を背け、光の方へ振り返ると、同時に光の顔がまた俺に向き、パッと光と目が合った。

…あ、泣いてなかった。


目が合った直後、ニッと笑みを浮かべた光が口を開ける。


「佑都、いい夢見させてくれてありがとね。」


それは、どう言う意味で言ってんの?

俺が、光にキスをしたこと?

お前はそれを、“夢”だと言うのか?

“夢”だと言うことにして、お前はまた、いつも通りに戻ろうとしているんだな?

と、俺はなんとなく、そう感じた。


記憶が抜けているとかじゃなくて、夢を見たとかはただの光の嘘で、“いつも通り”に戻るための、きっとこれは、光なりの芝居。


じゃあ俺は、どうしたら良い。

光に合わせて“いつも通り”で居ればいいのか?


……そんなの、

できるもんならとっくにやってる。


「…勝手に俺とのこと夢にすんなよ。」


ボソッと小声で吐いた言葉に、光の瞳が揺れた。


「…俺は、夢にする気はない。」

「……え?」

「…“いつも通り”はもう、終わりだ。」



光は俺の言葉に戸惑いながら、でも、俺の真意を聞きたそうに、ジッと俺の目を見て、逸らさなかった。


いつも通りにはもうできないから、

ならば俺は、新たな光との関係を築き出そうと、思ってる。


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