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その後の光は、俺の様子をチラチラと窺ってくる。意識されている。

落ち着け、こいつは幼馴染みの光だ。

いつも通りに…なんか、話でもしようか。話題。なんか話題ねえか。


弁当を食べながら、話題を探す。

でも、俺が話題を見つけるより先に、光が口を開いてしまった。


『…チューしてくれてありがとね。…嬉しかった。』


その言葉通りの、嬉しそうに。そして、赤い顔で、照れたように言われたから、俺はやっぱり光の顔を直視できなかった。


やめろよ、そんな嬉しそうに…。

キスひとつだけでそんな、嬉しそうにされたら、俺はどういう反応をしたらいいかわからなくなるだろ…。


『…そんなことで喜んでんじゃねえよ。』


極力“いつも通り”を心掛けると、そんな無愛想な態度になってしまった。

…いや、これで良い。確か俺は無愛想な奴だ。光には特に…。


でも、光は俺が言った言葉に傷付いたように表情を暗くした。


『…そんなことじゃない。』


…平常心。…平常心。

俺は、光とのキスひとつで、心を乱されたりはしない…。


『そんなことだよ。』


…乱されたくはないのに。


『違うし!!!』

『そんなことだよ!!!』


必死で俺とのキスを、まるで特別なもののように扱う光に、俺は興奮を抑えきれないかのように大声を出して、机を思い切り叩いてしまった。


机の音と、俺の態度に驚く光。

…気まずい。

居心地の悪い空気が流れる。


『うぅ…ぅぐ…っ』


そして光は、ご飯を食べながら泣き始めてしまった。

泣かせたかったわけじゃない。

光を傷付けたかったわけじゃないのに。


光の前で、どんな態度を取ったら良いかわからない。


…泣くなよ。

…泣くことないだろ。

“そんなこと”くらい、お前が望むんなら俺がいつでもやってやるから…。


二度目のキスは、身体が勝手に動いていた。


光が苦しそうに泣くから、見ていられなくなるのだ。


俺のことを好きだと言う光は、とても辛そうで、苦しそうで、泣いてばかり。


まるで今までの光の明るい笑顔が仮面だったのかと思えるほど、光は泣いてばかりだ。


泣いて欲しくない。


俺は、いつも通りの、


明るい光が好きなのに…。



……“好き”?



ふと、疑問に思ってしまった。

俺が抱く、光への“好き”って、なんだ…?


なんなんだろう、この変な感じ。

胸の中がモヤモヤする。

さっきから変で気持ち悪い。

光とキスをしてから、変だ。

意識してしまっているんだ、光を。


俺の中の“幼馴染み”という枠に居た光が、その枠から出て行こうとしている気がして、だから胸がざわざわしているんだ。


もし、俺と光が“幼馴染み”という関係じゃなくなったら?どういう関係になる?


……いや、幼馴染みは幼馴染みだろ。


俺は何を考えてんだ。

ああもうわけわかんねえよ…。


でも、キスをするような関係って言ったら、それは恋人同士じゃねえのか…?

光は俺と、恋人同士になりたいんじゃねえの…?

光とのキスに応えるなら、俺は光を“そういう意味で”、受け入れたってことじゃねえのか…?


…光が恋人?

…いや、おかしいだろ…。

でもおかしいとか言ったら、またあいつは悲しむだろうな。

…おかしくない。おかしくない。

うん。…全然、…おかしくない。


…もう、いっそのこと、

なってしまうか?……恋人同士に。


あれこれ考えるよりも、もうそうしてしまった方が、なんか楽になれるんじゃないかと思ってしまった。


だって、ドクドクと忙しなく動く心臓が苦しい。


慣れない感じに、幼馴染みを変に意識してしまうのが苦しいし。


どうせもう、いつも通りには戻れないのなら、新しい関係を始めてみるしかないんじゃねえの?…って、思ってしまった。



そう思ったら、俺の身体は自然に光の元へと動く。


立ち上がり、ドアを開け、光が居る部屋へ。


テレビの中のタレントの声が響く部屋に、すーすー、と微かに寝息が聞こえる。


「……寝てんのかよ。」


ベッドの上で、光は膝を折り曲げて、子供のようにあどけない表情で眠っている。


「…なんか一気に気が抜けたな。」


光が眠るすぐ側に、腰掛ける。

ギシッと少し沈んだベッドに、「…ん、」と光は声を漏らした。


そっと光の頭に手を伸ばし、髪を撫でる。

すると、少し光の寝顔が、穏やかな表情になった気がして、無意識に微笑んでしまった。


「…変なの。なんか、…すげえ変。」


こいつ、俺のこと好きだったんだ…。


あんなに好きとか愛してるとか冗談みたいに言ってたやつが、マジで俺のことが好き。


改めて光の俺への気持ちを考えると、ほんとこいつバカだなぁ、って思う。


まあ、でも、…嬉しいかも。


髪を撫でていた手を、そっと光の唇へ。


ぷにっと指で押すと、「ふ…」と微かな声と共に、唇の隙間から息を漏らす。


「… かわいいな。」


思わず光の唇で遊んでしまった。


「…ん…、…ゆぅと…?」


すると、閉じていた光の目が、ゆっくりと開く。


「……あ、わりぃ。」


そっと、光の唇から手を離す。


今になって自分の行動が恥ずかしくなって、光から目を逸らした。


「…テレビ見ないなら消すぞ…。」

「…あ、ごめん…。」


なんか、会話しないと、と思いながら言った言葉がそれで、でもテレビのリモコンでピッとテレビを消した後、部屋の中がシーンと静かになって、ちょっとテレビを消してしまったことを後悔。


「…おっ、…俺お風呂入ってくる…。

…やっぱり、テレビつけとくわ…。」

「…え、…うん。…ありがと。」


ああ、ダメだ、光とうまく会話ができない。

俺はまた、光を残して部屋を出てしまった。


やっぱり俺の心臓は、ドクドクと忙しなく動いていた。

いつまでドクドク動いてるんだ、ちょっと、そろそろ、ほんとに苦しい…。



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