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「そんな見え透いた嘘までついてあたしを遠ざけたいんだね、侑里…。」


俺にそう言った芽依の表情は少し悲しそうにも見えた。嘘じゃ無いのに、ここへ来て初めて気持ちが少し動揺する。でも、その動揺している間に隙ができてしまったのが失敗だった。

ふとした時には、芽依の両手が俺の頭に向かって伸びてくる。俺の前で背伸びをしながら、両手を後頭部に回された。

そして抵抗する暇もなく、グイッと芽依の方へ顔を引き寄せられ、チュッと唇を重ねられた。


「そんなに嫌がられたら逆にどうしても捕まえたくなっちゃうな。侑里のファーストキスの時はすっごく可愛かったよ、顔真っ赤にして照れてたよね。あたしは侑里とのこと今でも全部覚えてるよ。」


…うわ、…最悪や。
こんなんただの俺と永菜への嫌がらせやんか。


情けないことに不意打ちのキスに呆然としてしまい、何も言えずに固まってしまっていたら、「お前なにしてんねん!」という永遠の怒鳴り声がしたと同時に、永菜がグイッと俺と芽依の間に割って入ってきた。


「あんたええ加減にしぃや?」


俺の方から永菜の顔は見えないけど、芽依と向き合った永菜は低く冷たい声でそう口にする。


「強制わいせつで今の通報したろか?あんたはもう侑里くんとは終わってんねん。信じる信じひん勝手やけど私の彼氏にもう近付かんといて。鬱陶しいねん。」


永菜はそう言ってドン、と芽依の肩を突き飛ばした。永菜が強気な態度でそういうことをするタイプには見えなかったのか、よろりとよろめいた芽依の目は見開き、顔には少し動揺が窺える。

そしてその顔はじわじわと赤くなりながら歪んでいき、芽依はその場の空気に耐えきれなくなったのかタッと走って去っていってしまった。


「…姉ちゃんやるやん。」


芽依が立ち去って第一声に、永遠がぽつりとそう口にする。しかし永菜は無反応でその場から動かず何も言わないから、そっと背後から永菜の顔を覗き込んだら、その大きな目には今にも溢れそうな涙が溜まっていた。


「うわぁっ…!永菜ちゃんごめんな?嫌な思いさせてごめんな?」


慌てて永菜を抱き寄せて顔を自分の胸元に押し付け、頭をよしよしと撫でると、俺の腕の中で首をふるふると振ってくれている気配がする。


「え?姉ちゃん泣いてんの?ほな侑里ちょっと姉ちゃん頼むで。」


永遠はまさか芽依を追う気なのか、俺にそう声をかけながら芽依が走っていった方へとことこ歩いて行く。


二人きりになった空間でそろっと永菜の顔を覗き込むと、涙は引いているようでホッとする。もう一度「ごめんな?」と謝ると、永菜は少しムッと怒ったような顔をしながらも、またフルフルと首を振ってくれた。


「…どうせ私はファーストキスもまだやもん。」

「どうせってなに?良いやんか。あかんの?」

「なんか見下されたみたいで腹立つ。」

「そんなんで怒ってるん?あいつが俺にキスしてきたから怒ってるんちゃうの?」


そう問いかけると、永菜は何も言わずにそっぽ向いた。…これは、素直じゃないやつと思って良いかなぁ。だって永菜、キレながら顔真っ赤にして俺のこと好きって言うてくれるような子やもん。

永遠にも『可愛げがない』って言われてたし、永菜ちゃんはもしかしたら永遠の友達である俺にそういう、可愛げのある態度を見せるのが恥ずかしいのかもしれない。


自分の都合良いようにそう解釈したところで、俺のズボンのポケットに入れていたスマホがブブッと振動した。

スマホを見ればそれは永遠からのラインの通知を知らせたようで、【 カラオケルームに戻って来て 】とメッセージが送られてきている。


「カラオケルーム戻って来てやって。永菜どうする?ここで待っとく?」

「…一緒に行く。」


永菜に問いかけると永菜はそう答えて、俺の手を自ら繋いできた。かわいいなぁ…。不機嫌そうにしてるのに手ぇ繋いでくれるんや。

そして永菜の手を引いて歩き始めると、永菜の方から徐に口を開いた。


「ほんまはめっちゃ嫌やった。ファーストキスの相手は一生に一人やろ。それを私に見せつけるかのように侑里くんにキスして、めっちゃ腹立ってビンタしそうになったけど我慢した私を褒めて。」


むすっとした顔で永菜が『褒めて』なんて言うから、どんな褒め方をしたら喜んでくれるんだろうと思ったら、考えるより先に身体が動いており、少し屈んで永菜の方へ顔を近付け、唇にチュッとキスをしていた。


「えらいえらい。永菜ちゃんえらい。」


そしてそう言いながら何食わぬ顔をしてまた歩き始めると、永菜は真っ赤な顔をしてバシッと俺の肩を叩いてきた。


「ファーストキスって言ってるやん!!」

「今のあかんかった?」

「あかんわ!もっとタイミングってもんがあるやろ!」

「タイミング?正に今やったやん。ファーストキスなんかそんなもんやで。」

「あんたのと一緒にしんといてくれる!?私にだって理想ってもんがあんねん!」

「あんたって言わんといて。俺は褒めてって言われたからしただけやもん。」

「おかしいやろ!!なんで褒めて言うたらキスになんねん、頭なでなでするとかあるやろ!!」

「ああ、なんや。撫でて欲しかったん?そんなん言うてくれたらいっぱい撫でたるのに。」


今度は繋いでいた永菜の手を離し、なでなでと頭を撫でながら歩くと永菜はしばらく荒ぶっていたけど、その顔はずっと赤いまんまだったから、ああ照れてるんやなぁ。とまた自分にとって都合良く解釈した。


そんなやり取りをしていたらすぐに浅見たちがいるカラオケルーム前まで戻ってきており、扉の横には永遠が立っている。


「あっ侑里早く早くっ、ちょっと扉開けてくれへん?」

「え?おう。」


永遠は俺が戻って来たことに気付くと急ぐように手招きしてきたから、言われた通りに扉を開けると、まず目に入ったのは部屋の入り口近くで浅見に泣きつくようにシクシク泣いている芽依の姿だった。


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