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素晴らしい集中力を発揮させながら勉強している特進クラスの賢い友人たちを前にして、俺の正確すぎる腹時計が『ぐぅ〜』と12時丁度を知らせてしまった。
せっかく勉強していたところ申し訳ないとは思いつつ、腹をさすりながら「腹減った…」と呟くと、掛け時計で時刻を確認した永遠が爆笑し始める。
「あははははっ…!おまっ…、正確すぎやろ!めっちゃウケるわ!!」
「くくくっ…すげえな。12時ぴったりに腹鳴ってんじゃん。」
永遠がバシバシッと浅見の肩を叩きながら笑うから、浅見も永遠に釣られるように笑い始めてしまった。
静かだった室内が急に笑い声に包まれ、その声に引き寄せられるように永菜も部屋から出てきて顔を見せる。
「クックック…あーおもろ。」
「めっちゃ笑ってるやん。どうしたん?」
「侑里のお腹『ぐう〜』って鳴ってんけど時計見たら12時ジャストやってん。すごない?」
「ふふっ…それはすごいな。」
永菜は笑いながら俺の隣の空席に腰掛け、チラッと俺の手元にある勉強していた途中のノートを覗き込んできた。その瞬間、ふわっと良い匂いがして、ちょっとドキッとする。多分永遠と同じシャンプーの匂いなのに。
その距離の近さに、ドキドキしながら横目で永菜の顔を見ていたら、永遠が椅子から立ち上がり「光星一緒にコンビニ行かん?」と突然浅見を誘い出した。
「うん、いいよ。」
「侑里は姉ちゃんになんかご飯作ってもらって。」
「えっ…」
『なんかご飯作ってもらって』??
なんかって、なんやねん…と唖然としていたら、永遠と浅見は鞄の中から財布を取り出してさっさと外に出る準備をしている。
どう見ても俺のために永菜と二人にしてくれているような永遠の行動に、永菜はどう思ってるんだろうと永菜に視線を向けると、永菜は部屋を出て行く二人の後ろ姿を無言で見送っていた。
そして「行ってきま〜す」という呑気な永遠の声が聞こえてきたと同時に『ガチャ』と玄関の扉が閉まり、永菜はパッと俺の方へ振り向く。
目が合うとにこっと笑みを浮かべてくるから、急に二人きりになり、そんなかわいい笑みを見せられ、俺の心臓はまたドキッとする。そんな中で、先に口を開いたのは永菜の方だった。
「私の思ってること永遠にはバレバレやったみたいやわ。」
「永菜の思ってること?なに思ってたん?」
永菜の言葉に聞き返すと、永菜はジッと俺の目を見たまま黙り込んだ。ドキドキするやろ、見つめんな。
永菜の返事を待っていたら、永菜は「ん〜…」と悩むような素振りを見せた後ちょっと恥ずかしそうに小声で話し始める。
「…サッカーしてる時の侑里くんな、めっちゃかっこよかった。永遠の前では一切言わんかったけど、ほんまは一試合目見に行った時から思っててん。」
「…そうなん?照れるわ。ありがとう。」
え、この空気なんなん?俺期待して良い?
今告白したらいけるんちゃうん…?とか正直思ってしまうけど、ここは我慢して永菜の気持ちをもう少し引き出したい。相手は大好きな友達の姉。失敗したくないから焦らずじっくり距離を縮めたい。
「永遠に内緒で侑里くんとご飯行ったのも普通にバレてたし、もう隠すのもやめるわ。ごめんな、永遠には内緒にしてとかお願いしてしまって。」
「……もしかして永遠と喧嘩した?」
「ふふっ…まあ喧嘩っていうか、私が永遠を怒らせただけやねんけど。侑里くんと仲良くしたいんやったら永遠に隠し事してる場合違ったなぁ。」
『侑里くんと仲良くしたいんやったら』
にこにこ笑いながらそんな発言をする永菜。期待してたけど、まだ俺が欲しい言葉からは全然遠い。でももう一押しな気もしてしまい、欲しい言葉を引き出す質問を頭の中で探しまくる。
「俺のこと気になってくれてるん?彼氏としては有りになってくれた?」
「うん、とうになってるよ。侑里くんの元カノさん見てからめっちゃ焦ってる。私今まで恋愛にいっつも慎重やったから、私がモタモタしてる間に侑里くん元カノに取られたらどうしよって思ってる。」
「えぇ…なんやねんそれ…。」
ここへきて永菜の口から出てきた“元カノ”という言葉。俺の中にはもう少しも気持ちなんて残ってないのに、“元カノ”の存在がまだ付き纏う。
俺はもう忘れようとしてるのに、俺の周りの人の心にまで、“元カノ”の存在が付き纏う。
もう本当に嫌で、我慢できなくなって、焦らずじっくりなんて思ってたのにたまらなくなって、口より先に手が出てしまい、永菜の身体を抱き寄せてしまった。
「そんなん言うんやったらもう俺の彼女になって。俺はもう忘れたい存在やのに、永菜のことが好きって言ってるのに、永菜がそんなこと気にするんやったらもうさっさと俺と付き合って。」
抱き寄せた身体はめちゃくちゃ華奢で、俺の腕の中にすっぽり収まる。俺にとってはもうどうでもいい存在なのに、元カノの話を持ち出してきた永菜が悪い。そんな、怒ったような気持ちで、永菜を抱きしめる手に力が入る。
もうこうなったら、今俺の彼女になってもらわないと気が済まない。むきになるように抱き寄せた身体をぎゅっと抱き締め、永菜の耳元でちょっと怒り口調になってしまったが、そんな俺の口にした言葉に、永菜がこくりと頷く気配がした。
咄嗟に永菜の顔が見えるように少し身体を離したら、永菜の顔は真っ赤に染まっている。
「今頷いた?」
「…うん。」
「ほんまに?」
急すぎて信じ難い展開に何度も確認するように聞くが、永菜はだんだん赤い顔をしながらもムッと口を尖らせ、キスできそうなくらい近くにあった俺の顔面を押しやり、「うんって言ってるやん!」と突き離されてしまった。
いやいや、その態度が逆に信じられへんねんけど。その態度はなに?ツンデレなん?
「ほんまやったらあと2ヶ月はじっくり考えてた。」
「…え、その態度なに?俺のこと好きじゃないのに付き合ってくれるってこと?」
急に永菜の方が怒ったような口調で話し始めたからそう問いかけるが、永菜は顔をカッカと赤くさせながら「はぁ?好きって言ったやん!」とまた怒り口調で返されてしまった。
「え、待って?言うてへんで?今初めて聞いたし。」
「あっ、言っ、…言ってたの!永遠に!!」
「はっ?永遠に?俺に言わな意味ないやん。」
「どうせ筒抜けになってると思ってた。」
永菜はそう言いながら、突然椅子から立ち上がった。顔が赤くなりすぎていて、ちょっとパニックになっているように見えなくもない。
「永遠が俺に言うわけないやん!!自分の弟信用してへんの!?…ちょぉ待って、おい、どこ行くねん、まだ話終わってないやろ!」
「お腹減ったんやろ!?ご飯作るからその間に勉強しといて!!」
「はあ!?勉強!?こんな状態でできるわけないやん!!じゃあ永菜俺のこと好きってことでいいん!?」
永菜は台所の方へ歩いて行ってしまい、俺はそんな永菜の背中に向かって必死で問いかけるが、そんな中ガチャッと玄関の扉が開く音がした。
そして、「ただいまー」とコンビニ袋を手にぶら下げた永遠と浅見が帰ってきてしまった。ああもう!!あとちょっと外出といて欲しかった!
「ん?なにしてんの侑里。」
俺は椅子の横で突っ立っていたから、永遠が不思議そうな顔を俺に向けながらテーブルに買ってきたものを並べている。
「なぁ、永菜俺のこと好きってほんま?」
どうやら恥ずかしくなるとキレ口調になってしまうらしい永菜に聞くのはやめて、耳を赤くしながら冷蔵庫の中を覗き込んでいる永菜を指差しながら永遠に問いかけると、永遠はキョトンとした顔で状況を把握するように俺、永菜、俺、と交互に視線を彷徨わせた。
「なんで本人居るのに俺に聞くん?」
「聞いてたのにあっち行ったんやもん。」
「ふふっ…そうなんや。せっかく話す時間作ってあげたのに進展してへんの?姉ちゃんなにやってんねん。」
呆れたように笑いながら話す永遠の言葉を聞き、永菜はムッとした顔をしたまま再びこっちに向かって歩いてきた。
「…進展したもん。
……紹介するわ、これ私の彼氏。」
永菜は俺の手をぎゅっと握り、もう片方の手で俺の顔を指差しながら、ぽつりとそう言ってきた。
「あ、そうなん?おめでとう。」
そんな永菜の言葉に永遠は平然とした態度で祝いの言葉を口にする。置いてけぼりのような状況の中、永遠の横でポカンと口を開けて大人しくしていた浅見と目が合った。
「…まじか。香月おめでとう。」
浅見のその言葉に、俺はようやく現実味が湧いてきて、にやける口を手で押さえた。
「……え、まじか。……ありがとう。」
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