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決勝戦の試合の日に芽依の姿を見て以来、俺の頭の中でその人物の存在を必死に消そうとしていたのに、また唐突に俺の視界に、見たくもないその人の姿が入り込んできてしまうようになったのは、試合の数日後のことだった。


「あっ!なぁ香月!この芽依ちゃんって子香月と同中の決勝戦見に来てた子だよな!?」


放課後部室に入った瞬間、中ですでに練習着に着替えてスマホをいじっていたサッカー部の先輩が、俺にスマホ画面を見せながらそう話しかけてくる。


その画面には芽依の顔写真がでかでかと表示されており、俺は見たくもない芽依の写真を見せられ、咄嗟に顔を顰めてしまった。


「なんすかそれ。」

「この子俺のインスタフォローしてくれてさぁ。めちゃくちゃ可愛いよな。お前もインスタやってる?」

「やってませんよ。」


先輩はそう話しながら、画面に写る芽依の顔を見て鼻の下を伸ばしている。

夏の公式戦で敗退したところで半分の先輩が引退されたが、決勝戦で負けたのが悔しかったみたいでもう半分の先輩が部に残った。その先輩の中の一人のSNSを芽依はフォローしたようだが、たったそれだけのことでも俺にとっては不愉快でしかない。

ただのSNSとは言え、俺の知り合いと繋がらないでほしい。先輩から芽依の話が出るだけでこっちは嫌でしょうがないのに。


「芽依ちゃん彼氏いねーのかな?」

「いなさそうでしたよ。」

「まじ?」


気になるならお好きにどうぞ、と俺はそれ以上何も言わずにとっとと練習着に着替え外に出たが、その翌日の放課後、芽依は先輩のSNSフォローだけでは留まらず、高校にまで姿を現した。



部活が終わって帰る支度をした後すぐにプロテインの粉と水を容器に入れ、振りながら校門までの道を歩いていたが、いざ飲もうとしていたクソまずプロテインをごくんと一口飲んだ瞬間、「あっ!侑里!」というもう二度と聞きたくない女の声が聞こえてきて、俺は思わず「うぐっ…!」とたった今飲んだものをガチで吐き出しそうになった。


「ガハッ!!!ヴォエェッ!!ゲホ…ッ!!」

「だっ…大丈夫か侑里…?」


噎せる俺に笑いながら声をかけてくる玲央に、ブンブンと手を振りながら涙目で全然大丈夫じゃないことをアピールする。

ただでさえクソまずプロテインなのに気管に入って最悪だ。そもそもなんで芽依がここにいる?正気か?と思いながら必死に目を合わせないように玲央の顔面を直視する。


「すごい噎せてる。侑里大丈夫?」


『お前の所為じゃぼけ』という気持ちを押し殺して、俺はゲホゲホと噎せながら早歩きで芽依の横を通過するが、「え、無視?侑里に会いに来たのに」と言って鞄を掴まれてしまった。


もうええて〜…なんでお前居んねん……と投げやりになってしまい、少し落ち着いた体内にクソまずプロテインをまた口から流し込む。

ごくごくっと口に入れたら、ごくんと飲み込み、またごくごくっと口に入れたら、ごくんと飲み込み、今は必死にプロテインを飲んでいるので一言も喋れない状態のまま歩こうとすると、芽依に掴まれている鞄の紐がぐんと伸びてしまう。


「離して、帰れねえだろ。」

「まだ帰んないで。」

「嫌です。帰ります。」

「ねえ夏休みどっか遊びに行かない?」

「ボーイフレンドいっぱいおるでしょ。そいつらと行ってきたらいいやろ。」

「なにそれ。いないし。」

「あーもう…はよ帰りたい…。」


しつこい芽依に困らされていたら、後ろからチラチラと先輩に様子を窺われている気配がして、俺は咄嗟に先輩を指差しながら口を開いた。


「あっ!ほら芽依、先輩来たぞ。インスタフォローしたんだろ、気になってんだったら行ってこいよ。」


気になってるのかは知らないが、フォローしたということはそういうことだと自分の良いように勝手に解釈する。

俺の言葉に芽依は先輩の方へ振り向き、その隙に帰ろうとしたが俺の鞄はいまだに掴まれ続けており、グンとまた引っ張れてしまった。


「あっ!やっぱそうだ!芽依ちゃんだよな!?びっくりした〜!なんで居んの!?」

「元カレにより戻してもらうお願いしに。」


先輩からの問いかけに、芽依は俺の方を指差しながらそんな発言をしてしまった。…ああ最悪だ。先輩に余計なことを知られたくなかった。けどこんな状態でそもそも隠し通せることでもなかった。


「えっ!?元カレ!?誰が!?香月!?」

「もう終わったことなんで。」

「あたしは終わる気ないってずっと言ってたのに…っ」


あーもうその顔まじで嫌い、そのちょっと泣きそうな、同情を誘うような顔。チラッと先輩の顔を見ると、先輩はすでにもう心配するような目で芽依のことを見下ろしている。先輩、それ、芽依の策略ですから。俺はもうそんな芽依の表情には騙されない。


「あーやばい、俺なんか腹痛くなってきた。」

「え、大丈夫?」

「いってえ、ガチで便所行きたい。」


突然の俺の腹痛アピールに、何気にずっと俺の近くにいた玲央が心配するように声をかけてくれるから、腹を押さえながらフルフルと首を振る。


「先輩すんません…俺先帰っていいすか?腹ガチで痛いっす…」

「お、おう、いいよおつかれ。大丈夫か?」

「大丈夫す、便所まで走ります。」


腹をさすりながら「いててて…」と先輩の顔を見上げたら、今度は俺を心配するように先輩が声をかけてくれるから、芽依の手は自然に俺の鞄から離れ、俺はそのまま腹をさすりながら芽依に背を向け寮まで走る。


俺と同じく寮に帰る玲央が俺の横を走りながら「まじで腹痛いの?」と聞いてくるからまたフルフルと首を振ると、玲央にクスッと笑われた。


「プロテイン一気飲みしてたから一瞬まじなのかと思った。」

「下痢キャラになりたくないからさすがに1回しか使いたくない言い訳やなぁ。」

「いや、さすがに次は嘘ってバレるだろ。」

「まあもう“次”が無いことを祈るわ…。」


…という俺の願いは叶うことなく、数日後にはまた俺の前に現れてしまうのだった。


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