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「永遠入っていい?」


夜の10時を過ぎた頃、部屋で勉強していたら突然扉をノックされ、姉のそう呼びかけてくる声が聞こえてきた。

「うん」と頷くと扉が開き、姉が部屋に入ってきた気配がするものの、俺は解いていた問題を手を止めることなく解き続けた。


すると姉は、ボフッと俺のベッドに寝転がる。自分のベッドに寝転がられると嫌がるくせに俺のベッドには寝転ぶんかい。ってチラッと姉を睨みつける。


「永遠怒らんといて。」

「なにが?」

「朝怒ってたやん。」


それは姉ちゃんの態度が鬱陶しかったからやろ。って言い返すのも面倒で無言を貫く。意味も分からず俺を避けるような態度を取られたら不愉快になるに決まってる。いや避ける意味なら大体察しているけれども。でもべつにいつも通りにしてくれるなら俺だってわざわざ何も言わないし怒らない。


「…永遠に侑里くんのこと聞かれるん恥ずかしかってん。」


そして姉はとうとう、小声で本当に恥ずかしそうに俺にそう話してきた。


「侑里のこと気になってんの?」

「…んー…、ちょっと。」

「良いやん、ほなそのまま気にしてあげて。侑里喜ぶわ。」


そう言いながら姉の顔色を窺えば、「うん…」と小さく頷きながら口元を綻ばせる。


べつに姉ちゃんが話したくなかったら話さんでいいし、俺も侑里の話はもう聞かへん。普段通りにしてくれたら、俺はそれでいい。

本音は『侑里とご飯行ったんやろ?』とか、『侑里とどんな会話したん?』とかいろいろ聞きたいけど、姉はそういうのが嫌だろうと悟り、グッと聞くのは我慢する。


でも俺と姉の間に沈黙が流れると、姉は自分から口を開いた。


「永遠の所為やで?」

「は?なにが?」

「ラインしろ、試合見に行けっていろいろ私に言ってきたやんか。」

「嫌やったら断ったらいいやん。」

「光星くんにまでお願いされて断れるわけないやん!」


なに?侑里のこと気になってしまったのは俺の所為って?ウケるわ。姉ちゃんどんだけ素直じゃないねん。


「べつに恥ずかしいことちゃうやろ、普通に認めたらいいやん。サッカーやってる侑里がかっこよかったんやろ?」


姉があれこれ言い訳するみたいに俺に言ってくるからそう返したら、姉の顔がカッと赤くなった。分かりやすすぎる姉の態度にふっと笑うと姉はじとりと俺を睨みつけてくる。


「大丈夫やって、侑里にはもう俺からは何も言わんから。その代わり自分の口から言ってあげてな。」


この会話の流れも姉にとっては恥ずかしかったのか、俺の枕に顔を伏せたまま動かなくなった。

そのまま姉をほったらかして再びシャーペンを持つ手を動かすと、姉はむくりと起き上がる。


「…あれでかっこよくないって言う人がいると思う?ボール奪ってパスしてるところなんかめっちゃかっこよかったわ。元カノなんかキャーキャー言うとったで。」

「姉ちゃん元カノのこと結構気にしてるやろ。」


あっ、また要らんこと言ってしもた。…って思ったけど、姉はもうここまできたら隠すのもやめたのか、素直に「してる」って頷いた。


「安心して良いと思うで、未練とかまったく無さそうやし。寧ろ嫌いって言ってるくらいやったから。」

「…ほんま?」

「うん、ほんま。」

「ほなまあええわ。」


俺の言葉に安心したのか、姉は元カノの話をすぐにやめた。侑里良かったなぁ、もしかして侑里の嫌いな元カノの存在が姉ちゃんの気持ちを揺るがせたきっかけかもしれんで。…って思うのは、心の中だけで留めておく。


「私が言ったことほんまに言わんといてな?」

「分かってるって。」

「学校ではどんな話してる?」

「テスト近いから勉強の話とか?5教科以上赤点取ったら夏休み合宿行けへんらしい。」

「5教科?余裕やん。」

「んー……ふふっ。」

「えっ!?余裕ちゃうん!?」

「わからん。本人はめっちゃ焦ってた。」


俺が意味深に笑いを見せるから姉は驚いたように目を見開いて聞き返してきた。まあ今からもう頑張ってるから大丈夫だろうとは俺は思うけど。


「心配やったら姉ちゃん勉強教えてあげたら?」


あっまた余計なこと言うてしもた。って思いながらも、さすがに今のは冗談に聞こえるかなって姉の返事を待っていたら、姉は考えるように「そうやなぁ…」って相槌を打っていた。えっまじで?


「あ、でも侑里は嫌がるかもしれん。」


好きな人に勉強教わるんてどうなんやろ。
あほなのバレるやん!とか言いそう。


「なんで?」

「あほなのバレるやん。」

「もうバレてるやん。」

「……それもそうか。」


姉ちゃん侑里のこと気になってるくせに辛辣やな…。あ…、俺が家であほあほ言うてたからか。ごめんな侑里。

でも頼んだらほんまに勉強教えてくれそう。って横目で姉の様子を窺っていたら、姉はベッドから立ち上がり、俺に向かって一言告げてから部屋を出て行った。


「まあ頑張ってって言うといて。」

「自分で言えよ。」


俺の返しに姉はクスッと笑いながら扉を閉める。

『言うな』言うたり『言え』言うたりどっちやねん、ほんまややこしい姉やなぁ!ってちょっと心の中で文句を言いながら、俺は勉強を再開した。


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