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土曜日も午前中だけ授業がある学校生活にはもうすっかり慣れ、今日は土曜授業が終わった後に姉のバイト先のラーメン屋へ昼食を食べて帰ろうと光星を誘った。

笑顔で頷いてくれる光星の手を握りたい気持ちで、光星が着ている制服のシャツを握りながら学校を出る。

今日は姉もバイトの日で、なんと高校生の歳下の先輩くんも出勤するらしい。姉が『強いて言うなら気になる人』と言っていた人がどんな人なのかをとうとうこの目で確認できる時が来たのだ。


うきうきと光星と一緒にラーメン屋へ向かい、店の外から中を覗き込むと店内にはお会計をしている姉ともう一人、光星くらいの背丈をした男の子がテーブルを拭いている姿が見える。


「あ、多分あの人やな。かっこいいやん。」


以前姉は歳下の先輩くんのことを『かわいい顔』なんて言っていたけど、パッと見た感じかわいいよりは断然かっこいいと言える雰囲気だ。

ますます『かわいい』という言葉の意味が分からなくなってくるな。『かわいい』という言葉はいろんな意味で使われすぎている。

まあいいけど。光星は俺のことが好きだから『かわいいかわいい』と言ってくれることはもう分かったから。


扉を開けて店内に入ると、また姉の「いらっしゃいませ〜!」というでかい声が聞こえてきた。今日も元気があってよろしいですな。


「あっ…なんや、永遠か。」

「うん、今日行くって言うてたやろ。」

「そやったな。学校おつかれ〜。」


姉と会話をしながらさっさと空席のテーブルに向かうと、ジッと俺の方を見ながら姉の先輩くんが控えめに「いらっしゃいませー」と挨拶してきた。


一応軽く頭を下げて席に座ると、その直後姉が水を持ってきてくれる。


「侑里くん試合勝った?」

「わからん。まだ連絡来てへん。」


今日が侑里の準々決勝の試合の日だったから、勝敗が気になってる様子の姉に問いかけられた。今日勝てば明日は光星と姉の3人で準決勝の試合を見に行く予定をしている。


「気になるん?」

「そりゃまあ。明日の予定変わってくるやん。」

「負けたら予定無くなるしデートでもしてあげたら?」

「はぁ?やらんわっ!」


何気なく俺が口にした言葉に姉は照れ隠しのように冷たく吐き捨ててレジの方に戻っていった。


「どう思う?姉ちゃんもちょっと侑里のこと気になってると思わへん?」

「ん〜、試合の勝敗気になってるっぽかったもんなぁ。」

「せやろ?あ、俺また味玉ラーメンにしよ。毎回おなじの食べてるなぁ。」


光星が見ていたメニュー表の味玉ラーメンのところを見ながら言うと、光星はクスッと笑って「俺もそうしよ」と言いながら手を挙げて店員さんを呼んだ。まあ、店員さんって言っても来るのは勿論姉である。


「姉ちゃんの歳下の先輩くんかっこいいやん。あの人やろ?」

「そやで!一星さんとも仲良いよ!」

「あっ、そうなんですね。あんまり兄から話聞かないんで初耳です。」


姉に歳下のバイトくんの話を持ちかけると、姉は「トウヤく〜ん」と名前を呼びながら手招きした。

姉に呼ばれて歩み寄ってきた“トウヤくん”は、間近でみると素朴な感じだけど涼しげな目をしていて爽やかな感じの人だ。


「こっち私の弟でこのイケメンさんはなんと一星さんの弟やねん!」


姉が俺たちに手を向けてそんな紹介をすると、トウヤくんは目を見開いて光星を見ながら「そうなんですか!?」と反応した。

『イケメンさん』と言われた光星は恥ずかしそうにぺこりと軽く頭を下げる。


「すっげー、兄弟揃ってかっこいいんすね…」

「ねー。」

「あっ…片桐さんの弟さんもやっぱかわいいっすね。」

「え?かわいい?よかったなぁ永遠、かわいいやって!」

「え…、うん…?」


…よかったんか?
てか『やっぱかわいい』ってなに?
『やっぱ』って。


俺を見た時と光星を見た時の違いがありすぎて俺は少し複雑な気持ちになってしまった。例えるなら孔雀は弟まで立派な孔雀だったのを見た後、雀の弟はやっぱり雀だったみたいな感じだ。まあ当たり前の話だけど。


そんな会話をした後、あんまり長々と喋っているわけにもいかないため味玉ラーメンを注文すると二人はまた業務に戻っていった。


あれが『強いて言うなら気になる』と姉が言っていた人かぁ。と俺はこっそりトウヤくんのことを横目で観察する。


空き時間は店内の清掃をしており、テキパキしていて性格も良さそうだ。『強いていうなら気になる』と姉が言いたい気持ちも分からなくもない。

歳も近くて、話しやすくて、おまけに弟とはなんの繋がりもないバイト仲間だ。“弟との繋がりがない”というのは、やっぱり大きいんじゃないかと俺は思う。だって、俺自身が姉の友達は恋愛対象外だからだ。

いくら姉の友達がかわいくたって、“姉の友達”ったら“姉の友達”という目でしか見ることはない。

まあ心配しなくても姉の友達も俺のことは問答無用で恋愛対象外だろうけど。


そんなことを考えていたら時、俺のスマホに侑里からラインが届いた。


【 勝ったぞー!! 】


「おお!侑里勝ったって!!」

「まじか!!すげえな!!」


興奮した声がレジ横にいた姉にも聞こえたのか、姉がこっちに視線を向けてきた。

多分今ので侑里が試合に勝ったことを察しただろうけど、ラーメンを運んできてくれた姉に報告すると「おー、すごいなぁ」と言って、侑里の凄さを認めてくれていた。


凄さは認めているけど、『かっこいい』なんて言葉は絶対に言ってこない。男の俺でも侑里がサッカーをしている姿はめちゃくちゃかっこいいと思うのに、『上手い』は言うけど『かっこいい』は絶対に言わない。

姉の中にあるこの壁をどう崩せるか。

それが、侑里にとってかなり重要だと俺は思う。


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