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数分時が経ち、もう服を着てもいいかな、と床に落ちていたシャツを手に取ろうとした俺だったが、俺の動作を止めるように背後から隆に抱きしめられ、ベッドに腰掛けた隆の膝の上に座らされる。
「あのさ…、ただ性欲処理したくて倖多を誘ってるわけじゃねえからな…?」
少し不安そうに俺の顔を覗き込みながら隆にそう言われ、「分かってるよ。」と返事してやった。誘いすぎて不安になってきたのだろうか。
最初から俺には、隆が俺を性欲処理のために利用してるなんて発想は微塵も無い。そもそも女の子が好きな隆が、男をそんな対象にする方が難しいだろ。
俺の返事に少し安心するように「ふぅ」と息を吐きながら、隆は俺の背中に頬を押し当てて、俺の素肌をまたやらしい手付きで触りながら喋り始める。
「狼の目の前に美味しそうなうさぎがいたら襲うような描写がよくあるだろ?あれと一緒。」
「はい?なに言ってんの?」
もしかして俺のことうさぎに例えてる?
急な隆の例え話に聞き返せば、隆は「食べたくなるに決まってるってこと。」と言って俺の首に噛みついてきた。
「ちょっ、噛むなよ!?」
ビビって身体が硬直するが、幸い噛まれるなんてことはなく、でも「チュッ」と音を立てながら吸いつかれ、ピリッとした痛みが走る。
「あっ!?つけたな!?」
「へへへへへへ。」
すぐに首を押さえて振り向けば、隆はにやにやと機嫌良さそうに笑っている。
『へへへ』じゃねえだろ、服で隠れないところに跡を残すなよ!と怒りたくなるが、多分隆には言っても無駄なので「はぁ。」とため息を吐いた。
「もぉ〜、りゅうちゃ〜ん。」
「良い眺めだなぁ。」
「悪い男だなぁ隆は…。」
「これくらいそこらの野郎に見せつけないとな。俺の倖多なんだし。」
「もう隆が何しても反感買いそう…。」
「俺に可愛い恋人がいるから??」
ニヤニヤした顔で俺の顔を覗き込み、そんなことを言ってきた隆にまた俺はため息を漏らす。
絶対分かってて言ってるだろ。
悪いのは隆のその挑発的な態度のことだ。
「俺と隆が付き合ってるからとかじゃなくて。いやそもそも俺らまだ疑われてるし…まあそれは今は置いといて。野次とかさ、相手にしない方が早くおさまると思うんだけど。」
「でも倖多、考えてみろよ?俺が何か悪いことしたか?入学直後の高嶺の花に恋人のフリさせたってのでムカつくのは勝手だけど、それで俺にわーわー罵ってこられたら俺だってムカつくし、俺だけ黙って我慢すんのも変だよな?」
「ムカつく気持ちは分かるけど。早くおさまってほしいなら黙ってた方が良いって言ってるんだよ。それに多分周りはさ、俺らが普通にいちゃついてたとしてももう不信感のある目でしか見れないから、俺らのことが不愉快だから、野次を飛ばすんだよ。そこで隆がまた反発なんかしたら、エスカレートするに決まってんだろ?」
俺の言葉に隆は、納得いってなさそうにムッとした顔を俺に向けてきた。
うん、言ってすぐ納得するような性格ではないってちょっと分かってきたけどさ。
「てかいつまでこの体勢なわけ?そろそろ服着て良い?」
なんか俺、半裸で隆に抱きしめられてるっていう変なシチュエーションで真面目な話をしてしまった。隆の上から退こうとしながら俺はそう言うが、隆はなかなか俺から手を離そうとしない。
「ん〜もうちょっと。倖多こっち向いて。」
暫く隆に背中を向ける形で座らされていた俺の身体は隆の方へ向かせられ、すぐに調子を取り戻した隆が飽きもせずまた俺に何度もキスをしてくる。
恋人のフリじゃなくなった隆は俺に甘々で、俺ほんとに隆の、ほんとの恋人になったんだな…って、今更ながらに実感した。
ぐー、と隆のお腹が鳴ったタイミングで俺はようやく隆の抱擁から解放され、隆は少し恥ずかしそうに「腹減ったな。」とお腹をさすりだす。
「晩飯何食べたい?」
「倖多が作ってくれる飯ならなんでも!」
「何作ろうか迷うから聞いてんだけど。」
「え〜、じゃあ〜、ハンバーグ!」
「オッケー、俺食材買いに行ってくる。」
人が多く騒がしい食堂で飯を食べるのがあまり好きではないため、夕飯はよく自炊をするようになった。
隆に食べたいものを聞いてから財布を持って立ち上がると、隆も慌てて立ち上がる。
「おい一人で行く気かよ!!」
「うん。すぐ帰ってくる。」
「彼氏様も連れて行け!!!」
隆はそう言って俺の腕に抱きついてきた。
だからすぐ帰ってくるってば。
「倖多が一人でふらふら歩いてなんかいたらそこらの飢えた野郎に狙われるだろ?学校が終わってからも、ずっと俺と一緒にいるってことをもっとアピールしていこう。」
「はいはい、分かったから。なにもそんなくっついて歩かなくても…。」
ほんの一瞬だけ買い出しに行くだけなのに、隆は片時も俺から離れなかった。
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