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「大丈夫そうならお昼食べておいで。」と先生に言われ、隆は渋々ベッドから降りた。
だらだらと歩く隆の後に続いて俺も保健室を出るが、隆はそのまま俺の方をまったく見ずに一人でだらだらと歩いて行ってしまうから、隆の手を掴んで引き止める。
「隆、なんか喋ってよ。」
「……だるい。」
「それは知ってるけど。」
「…とりあえず飯食お。」
「食欲あるんだ?」
「うん。普通に。」
口数はいつもと比べてかなり少ない隆だったけど、食堂への道のりを俺は隆の手を握り続けたまま、ぽつりぽつりと会話しながら歩いた。
中本の話題にはお互いまったく触れなかった。
食堂はまだ少し混んでいたけど、タイミング良く食べ終わった生徒の席が空いたからすぐに隆に座ってもらった。
「隆の分も一緒に頼んでくる」と言うと、俺にきつねうどんを頼む隆。
俺も同じものでいいやとカウンターで二人分のうどんを頼み、ちゃっちゃと隆の待つ席に戻ろうとするが、隆のことをチラチラ見ながら午前中にあったことを口々に噂される声が聞こえる。
あーあ、もう。
また噂されるような事態になっちゃって。
「はい、隆お待たせ。」
「おー、ありがとー。」
隆の機嫌はちょっとはマシになっていて、微笑みながら俺にお礼を言ってくれる。今朝祥哉先輩が俺の隣に座って話を聞いてくれたのを思い出し、俺も隆の正面には座らず隣に座った。
二人共ずるずるとうどんを啜り始めたため、暫く会話が無い時間が続く。
ふぅ、と一息吐きながら隆の方を見ると、隆はモグモグと口を動かしてテーブルの何も置いていない部分を見つめながらうどんを噛んでいた。
「隆、俺昨日一方的に自分が思ってることばっか言っちゃってごめんな?隆俺のこと心配してくれてたのに。」
“中本を疑う理由=俺への心配”という発想は祥哉先輩と話すまでまったく無かったから、素直に謝罪の言葉を口にしてみると、隆はモグモグと口を緩く動かしたままジーと俺の目を見つめてきた。
その顔はめちゃくちゃ何か言いたそうな顔をしてるのに、隆はなかなか口を開かない。
「隆?」
何か言って欲しくて首を傾げながら呼びかけてみると、隆は「はぁ…」とため息を吐きながら箸を置く。
そして突然、俺の肩に腕を回して、だらんと俺の身体に寄り掛かってきた。
「もぉ〜、倖多のバカァ〜。だから俺の話をちゃんと聞けって〜。」
突然言葉を吐き出すようにそう言って、バシバシと俺の太腿を叩いてくる。
「うん、ごめんごめん、聞くから。」
今まで張り詰めたような空気だったから、いきなり緩んだ空気に変わり、俺はふっと自然に笑みが溢れて、軽く笑いながら隆にそう返した。
「あいつと倖多が手繋ぎながら校舎から出てきたところ俺が見ちゃったの知ってるだろ?」
「あ…、うん。」
「そん時のあいつの顔知ってる?へっらぁ〜って嬉しそうに笑って出てきてさぁ、それが“助けてくれた奴”の顔だと俺が思えると思うか?」
隆はそう話しながらペチペチと俺の頬を微力で叩いてきた。
「…んん。」
ペチ、ペチ、と叩いてこられて、俺がまるで隆にお叱りを受けているような気分になってくる。
「どうせあいつ隙あらば俺から倖多を奪おうと企んでんだぜ?ちょっと良いとこ見せて一気に株上げようとでもしたんだろ?幸い倖多との友達ってポジションゲットしたからここからじわじわ詰め寄って行く気だったんだろうなクソがよぉ!!魂胆見え見えなんだよ!!!」
「ちょっと、怖い怖い。DV彼氏みたいになってるって。」
微力だったのがだんだんヒートアップしてくるように頬をペチペチペチペチと叩かれ、さすがに黙っていられず隆の手首を掴んで手を止めさせた。全然痛くは無かったけど。
「…隆さあ、俺と接するようになってからかなり評判下がっちゃったんじゃねぇ?“あんな人だとは思わなかった”って声が目立ってて俺的にはちょっとキツイんだけど。」
「あんな人?」
「…ほら、さっき中本にキツく当たったりしてただろ?ああいう姿とか見るとさ、周りは隆を”怖い人”っていう目で見ちゃうじゃん。」
「…ああ。まあいいんじゃねえの?そしたら倖多に近付く野郎もちょっとは減るかな。」
俺の言葉に隆は、そう言ってにっこりと顔に笑みを貼り付けた。だからそれが、俺としては全然良くないっつってんのに。
もうここまで来たら隆の態度は、完全に“開き直り”だ。
「つーかな、俺としては中本があそこまで言われてもしょうがねえことしたと思ってるから。一回俺の立場になって考えてみ?自分の恋人が野郎に絡まれたってだけでも腹立たしいのに、それが倖多を狙う中本の良いとこ見せたいがために仕組まれてたこととか、俺これ普通にキレていいだろ?」
「…もう疑うどころか中本が完全に黒だと決めつけてるのもちょっとどうかと思うんだけど…。もし違ったらどうするんだよ。」
「違わねえよ。あいつは黒。もし違ったら?瀬戸最低って思われるだけのことだろ。」
言いたい放題言った後、ずるずると残りのうどんを啜る隆。もう自分の評判なんて地の底まで落ちても構わないというくらいの覚悟で、隆は中本が仕組んだことだと決めつけていた。
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