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倖多がタスキを貰い、走り出した瞬間に、グラウンドが沸き立った。
「新見くんだ!」と自分が騒がれている事も気付いてなさそうに、倖多は真剣に走っている。
1000メートルリレーに出ることが決まって、『そんなに速くない』と自信なさそうにしていたけど、倖多は懸命に足を動かして、1人、2人と抜かしていった。
真っ直ぐ背筋を伸ばして走る姿は、かっこよくて綺麗だった。
「倖多頑張れ!」
倖多が俺の前を通った時、名前を呼んで応援したら、しんどそうなのに俺の方を見てにこっと笑ってくれた。
……うーわ、今本気で胸打たれたぞ。
もう超好きなんだけど。
周りの奴倖多のことジロジロ見んな。
ずっと倖多のことを目で追っていたから、自分のクラスメイトのことなんてまったく見ていなかった。
「おい隆!新見ばっか見てんなよ!」
祥哉に声をかけられ、ハッとする。
「もうすぐ隆の番だからな!」
…え?もう?
第三走者のクラスメイトが、たった今4周目に入ったところだった。倖多のクラスと随分距離が離れている。
まだ倖多が走ってるところを見ていたかったのに、倖多が走り終える前に、俺が走る番が来てしまいそうだった。
そして俺はこの時、ある事に気付いてしまった。
俺がスタートラインに立つ少し前に、最近倖多が仲良くし始めた陸上部の男がタスキを貰って駆け出した。
は?ムカつく。
1年のくせに、あいつのクラスに負けてることにイラっとして、俺は第三走者のクラスメイトがスタートラインに帰ってきた瞬間に、手を伸ばして急かすように乱暴にタスキを受け取り、気に食わない男の背中をすぐに追いかけた。
ペース配分、なんてものはまったく俺の頭には無かった。初っ端から飛ばして走ったら、徐々に近付く奴の背中。
あと数メートルで追い抜ける…というところで、不意にチラリと振り返ってくるその男。
驚いたようにギョッとした目で俺を見た後、すぐに前を向き、ペースを上げて走り出した。せっかく距離を縮めていたのに、また少しずつ離される。くそっ…!
だんだんしんどくなって息が荒くなるが、今更一度ぶっ飛ばした足を緩めるなんてことはできない。
あっという間に1周目を走り終えると、やたらニコニコと笑っている祥哉が俺の横について走り出した。
「いいぞ隆!その調子だ!背中曲がってきてるぞ!軸まっすぐ!ヒップ!ヒップ!」
うるせえな、お前は俺のコーチかよ!
つーかヒップって言いたいだけだろ!
「中本へばってきてる!抜かしてやれ!」
うるせえ!そのつもりだったんだよ!
「りゅうすげえ、速い速い!がんばれがんばれ!」
うるせえ祥哉の声に続いて倖多の声も聞こえてきて、走り終わってしんどそうに赤い顔をしてるのに、倖多が手を叩きながら大声で俺の応援をしてくれていた。
ああもう死にそう!クソキチィ!!!!!
なかなかあいつとの距離縮まんねえし!!!
でも今更引くに引けなくて、最初から最後まで必死に足を動かして走った。
スタートラインに立つ祥哉にタスキを渡す頃には、恥ずかしいくらいぜえぜえと息を吐いていて、足がもつれそうになりながらなんとか祥哉にタスキを渡した。
「隆ナイスラン!」
そう言って、凄まじいスピードで走り始めた祥哉。
「うわっなんだあれ!」と周囲にドン引かれている走りっぷりで、どんどん前を走る奴を抜かしていく。
一瞬で俺が必死に追いかけていた男のクラスの第五走者、小西を抜き去っていく祥哉。全然俺が頑張る意味なんて無かった。
けれど、地面に手をついてへばっている俺の元に駆け寄ってきてくれた倖多が、「隆おつかれ!速かったな!」と言って俺の背中を撫でてくれた。
「…はぁ…はぁ…はぁ…、死ぬ…。」
「隆があんなに必死に走ると思わなくてすげえびっくりした。もしかして中本抜かそうとしてただろ?」
頑張った理由がバレバレなのに結局抜かせずに終わり、かっこ悪すぎて頷けない。
でも倖多は、なかなかその場から立ち上がれず、地面に尻をついて座る俺に、「隆すげえかっこよかったよ。」と言ってくれた。
…まあ、頑張った甲斐はあったな。
俺がへたばっている間、気付いた時には3周目をすでに通過していた祥哉が、1位だったクラスをサラッと抜き去り、1000メートルを驚異のタイムで走り終えた。
『硬麺派の俺、2分半目指すわ。』とか言っていたのはまさかの冗談では無かったようで、祥哉の1000メートルのタイムは、余裕で3分を切っていた。
*
クラスメイトからタスキを受け取り、ペース良く走っていたら、後ろからタン、タン、タン、と速いリズムで迫ってくる足音が聞こえてきた。
誰にも抜かれたくなくて、後ろとの距離を確認するために振り向いたら、俺を睨み付けるように走っている瀬戸の姿に気付いて驚き、慌ててペースを速める。
走っていると周りから聞こえてくるのは、『瀬戸先輩速くない?』とか『瀬戸くんやっぱかっこいいな』という瀬戸を褒め称える声。
最近は悪評ばかり耳にしていたのに、久しぶりに聞くチヤホヤされている声を、俺はおもしろくない気持ちで聞いていた。
極め付けは『りゅうがんばれ!』と瀬戸を応援する倖多の声援。どうすればあの声を、自分にも向けてもらえるのだろう。
走っていてしんどい中でも、俺はそんなことを考えていた。
ようやく4周走り終え、俺が小西にタスキを渡して数秒後に、瀬戸が普段の澄ました様子からはかけ離れたヘトヘトになっている姿で祥哉先輩にタスキを渡し、白線の内側でぐったりしている。
すぐに倖多がそんな瀬戸の元へ駆け寄っている光景を見ていると、友達になれた今でも自分が一ミリも倖多に見てもらえていないことに気付き、瀬戸への憎しみは増えていくばかりだった。
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