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「ちょっ…、高橋…、俺やばいかも。」
服を着替えるために公園のトイレまで行くと、トイレの入り口で俺を引き摺り込むように襟首を引っ張ってきたすばるが、コソコソと内緒話をするように話しかけてきた。
久しぶりに梅野と会ったのだから積もる話があるだろうと思い、俺はあとで制服を返してもらうために連絡しようと学校の近くで暇を潰していたのだが、連絡なんて入れなくてもすばるの行方は分かりやすすぎた。
「やばい?なにが?」
「蓮が泣いた。」
真面目な顔でそう口にしながら、ブレザーを脱いで俺に差し出し、続けてシャツのボタンを外し始めるすばる。
「なんで?なんか泣かすようなこと言ったのか?」
「『蓮と一緒に高校通いたかった』って言ったら『なんですばるがそれ言うんだ』って。そんなの泣きながら言うってことはさ、蓮がそれだけ俺と一緒に高校通いたかったって言ってるようなもんだよな?」
すっげー早口で喋りながらボタンを外し、脱いだシャツも差し出され、俺は自分が脱いだジャージをすばるに差し出す。
上の交換を終えると今度は下を脱ぎ始め、「泣くほど俺と一緒が良かったってことだろ?」ってぶつぶつと小声で喋り続ける。
ズボンを脱ぎ終えるとまた俺に差し出しながら、「それって俺、かなり脈ありじゃねえの?」って、下着のパンツ姿でちょっと口元をにやけながら俺に聞いてきた。
「おいキモイって、顔にやけてるぞ。」
「普通俺のことなんとも思ってなかったらこんな会話で泣かねえよな?でも泣いたんだぞ?涙ぼろぼろって。ガ、チ、で。」
「とりあえず先にズボン穿いてから喋ったら?パンツ姿でこっち見んな。」
俺はさっさと制服のズボンに穿き替え、ジャージのズボンをすばるに差し出してやっているのにすばるがなかなか受け取ってくれないからそう言ったら、パッと俺の手からズボンを引ったくってようやくズボンを穿き始めてくれた。
こんな奴があの爽やかな笑みを浮かべてテレビに出ている“朝倉すばる”とはとても思えない。
「俺を見る顔もなんかすっげえ可愛いしさ、なんつーかこう、チラッ、て、盗み見してくるような感じ?まあ可愛いのは前からだけど。」
「へえ。」
「あれかな?やっぱずっと会えなかったから俺のこと恋しかった系?俺これ脈あるよな…?ない…?なあ高橋ぃ〜どう思う?」
「俺に聞かれても分かんねえよ。」
「でも泣いたんだぞ?あの蓮が…!これで脈無かったらさすがに俺もう心折れるって…!」
そう言いながらすばるは、「くぅっ…!」と声を漏らしながらぎゅっと目を瞑り、ぎゅっと自分の身体を抱きしめるように腕をクロスして自分の肩を掴みながら足踏みし始めた。ガチで言動がキモすぎる。こいつ中学の頃から中身まったく変わってねえなぁ。ちょっとは大人びたかと思ったのに。
「そんじゃああとで告白してみたら?」
「いや、普通に告白しただけじゃ無理だろ。俺が今まで何回蓮に告白してきたと思う?」
「月一だろ。」
「そう。」
「告白しすぎなんだよ、だから昔から本気にされてねーんだろうが。」
「…やっぱそうかな?」
俺の言葉にすばるは「ううん」と腕を組み、公衆便所の壁にもたれ掛かろうとする。しかしすぐに振り向いて「うわっあっぶね、ガムなすりつけてある。てかこの便所クッセ」とか今更ぶつぶつ言っている。騒がしい奴だな。
「相変わらずだなぁ、お前は。つーかこの前アイドルと一緒にテレビ出演してたよな?生アイドル見たらさすがに可愛い〜とか思うだろ?」
「あぁ、アイドルな?そりゃもう顔ちっちゃくてスタイル良くて可愛いかった。」
「仲良くなったりした?」
「ううん、ぜんぜん。挨拶しただけ。」
「アイドル目の前にして惚れたりしねえの?それでもまだ梅野の方が良いとか思うのか?なんでお前がいまだに蓮蓮言ってられるのか謎すぎんだけど。」
「バカだな、お前は。分かりきったこと聞くな。俺の中でのアイドルは一生蓮だからだよ。」
「は?キモ。バカはお前だろ。」
すばるに『バカ』って言われたことにちょっとイラッとして言い返したが、俺の発言なんてすばるはまったく聞いておらず、公衆便所の中にある鏡の前に立ち、髪型を気にし始めた。手櫛で髪を整えたあと、にこっと鏡に向かって笑顔を作り、「よし。」と気合いを入れるような声を出している。こんなにモッサイジャージ姿なのにちゃんとかっこいいのはさすがだ。
まるで俺は何かの撮影前のすばるを見ているようだが、ここは公園の中の汚い公衆便所。爽やかな笑みを浮かべてその後便所を出たすばるが向かう先は梅野が待っている場所だ。
梅野の前ではかっこつけたいんだろうけど、残念ながらそのジャージ姿でかっこつけるのは少し無理がある。
それでもすばるが爽やかに笑いながら梅野の方へ向かっていくから、さっきの制服姿はかっこよかったのに着古したジャージ姿のすばるを見ているとさすがに笑えてきてしまい、俺は“ジャージ姿の普通の俺たちが知ってる朝倉すばる”の姿を見ながら、ゲラゲラと笑い続けた。
今ではもうすっかりデレビに出ている人で遠い存在になってしまったかと思った友人だが、久しぶりに会って話しても、俺たちのやり取りは中学の頃からまったく変わることはなかった。
その日の夜、俺のスマホには中学時代の友人たちからメッセージが届きまくる。
【 今日すばるこっち来てたってまじ? 】
【 すばる今日高橋が通ってる高校来てたらしいじゃん、梅野に会いに? 】
【 なんかいきなりすばるの写真回って来たけどこれ高橋が通ってる高校の制服だよな?あいつ転校してきたの? 】
高橋が通ってる高校の制服っつーか、それは俺の制服だ。メッセージと共に友人から送られてきた写真は誰かが勝手に撮ってネットにアップしたものらしく、そこには梅野の方を見て喋っているすばるの姿が写っている。ちなみに梅野の顔までは写ってないが髪や肩は写っている。
他にも公園で梅野と親密そうに話している光景などもしっかりと撮られていて、【 良かったな、すばる梅野とパパラッチされて笑 】と俺たちの間では暫くの間話のネタとなったのだった。
果たしてこう言ってる奴の中に、すばるがいまだに本気で梅野のことを好きだと思っているやつは何人居るんだろうな。
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