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「そのジャージは高橋にやるよ。今日はサンキュー、バイバイまたな。」

「はっ!?いらねえよ!!!おいふざけんな、お前そのまま制服着て帰んなよ!?」


勿論すばるの冗談だろうけど、ふざけたことを言った後、爽やかな顔をしてシッシとあしらうように高橋に向かって手を振ったすばるに、高橋は無理矢理すばるから制服を脱がそうと掴みかかった。


「あ〜分かった分かった、脱ぐから!ちょっとこっち来て。」


すばるはそう言いながらベンチから立ち上がり、公園の奥にある公衆トイレの方へ歩いていく。途中で俺の方へ振り返り、「蓮勝手に帰んないでね」って言い残して、高橋と共にトイレの中に入っていった。


ポツンと一人ベンチに残された俺は、手持ち無沙汰で空を見上げる。視界に広がる空の色は、徐々に日が沈み始め、薄暗くなってきた。

嫌だなぁ…、すばるもう帰っちゃうのかな。そう思うと、やっぱり寂しい。『行かないで』って縋り付きたくなる、そんなことできないくせに。それに俺は今さっき、すばるに『やめなくていいよ』って言ってしまった後だから、これからはすばるのことをちゃんと応援してあげなくちゃいけない。


公園の外からは車が走る音や雑音、女の子の高い話し声が微かに聞こえてきた。すばるが居るから様子を窺われてるのかな?……大変な職業だ、顔、名前が世間に知れ渡って、プライベートでもお構い無しに全然知らない人に覗かれてしまうんだから。

俺にはとてもできないことだ。すばるは凄いなぁ。

すばるはそうまでして、俺に見て欲しかったのかな?確かに俺は、すばるに『かっこいい』なんて言ったことがなかったかもしれないけど、そんなに言われたかったのかな、『かっこいい』って。


だってすばるとは小学1年生の頃からずっと一緒に居たから、いつの間にかすばるとの身長はグンと開いていたし、いつの間にか『かっこいい』『イケメン』ってチヤホヤされ始めている。いつの間にかすばるの髪はワックスでセットされてたりとかしてて、『かっこいい』なんて言葉を口にするよりも『今日なんかいつもと髪型違うな』とか、そんな“変化”を口にするくらいだった。

その時からもうすばるは俺に『かっこいい』って言われるのを待ってたのかな?……そんなの今更言えねえよ、恥ずかしいし。照れくさいし。

でも、みんなが『かっこいい』ってすばるを見て騒ぐ気持ちは、俺だって十分分かってた。


少しだけ昔のことを思い返しながらすばるのことを考えていたら、1分…、2分…、3分…と徐々に時間が過ぎていく。

そして恐らく5分ほどが経ち、まだかな?ちょっと遅くない?って思い始めた頃、懐かしいジャージ姿のすばるがトイレから出てきて戻ってきた。

「蓮お待たせ〜」ってにこにこと笑みを浮かべながら俺の方へ歩み寄ってくるすばるの後ろで、高橋が「朝倉すばる私服だっせえ」って言って笑っている。


「私服じゃねえぞ、部屋着だ!!」


くるりと振り返り、笑う高橋に向かってそう言い返しているすばるに、俺もクスッと笑ってしまった。


「部屋着っつってもそろそろ新しいの買えよ。お前普通の奴より金持ってるだろ?」

「持ってねえよ、金入っても親が管理してるし俺は小遣い程度しか貰ってねえから。」


高橋とそんなお金の話になった直後、俺の目の前に戻ってきたすばるは、ハッとした表情でズボンのポケットから財布を取り出した。


「あっ…やらかした…!」

「なに?どうしたんだ?」

「帰りの電車賃がない…!」


後先考えず家を飛び出して来たのか、サーッと青ざめた顔でそう口にしながら財布を覗いているすばるに、高橋は「ブハッ!」と吹き出してまた容赦無く笑っている。


「…今日すぐ帰んなきゃまずいの?」

「明日朝から雑誌の撮影入ってる…。」


俺の問いかけに、すばるは「あああ〜っ」と声を出しながら、項垂れるように俺の肩に頭を乗せて抱きついてくる。やっぱりすばるもう帰っちゃうんだ。


「早く実家行って金貰って帰れよ。」

「嫌だぁ〜!!帰りたくない〜!!」

「おいおい、時間無くなんぞ。」


呆れた表情を浮かべた高橋にすばるがそう言われたところで、俺たちは薄暗くなってきた公園を後にする。高橋は自転車通学だから先に帰っていき、俺はすばると一緒に最寄駅から電車に乗った。


ヨレヨレのジャージを着ているとは言え、やっぱりすばるは乗客からの注目を集めている。

『あそこにいるジャージ着てる人、朝倉すばるって子じゃない?』っていうヒソヒソ声が聞こえてくるのに、すばるは気付いていないのか、気付いててスルーしているのか、ずっと俺の事を見下ろして、「蓮の髪きれい」なんて口にしながら俺の髪に触れてくる。


人が見てるところでやめろ、って言いたくて、じろっとすばるを見上げながら少しだけすばるから距離を取ったが、すばるは笑いながら一度は距離を取った俺の腕を掴んで、ずっと離さなかった。



すばるの実家は、俺の家から少しだけ離れた場所にある。それでも徒歩数十分の距離だから、電車を降りてから俺はすばると一緒にすばるの家への道を歩いた。


電車を降りてからはもうすっかりあたりは暗くなってきているから、すばるが歩いていても注目を集めることはなくなった。

人の目にも触れにくくなると、すばるはそっと俺の手を握ってくる。チラッとすばるの方を見ると、何も言わずにすばるも俺を見下ろしている。


「なぁ蓮、俺のことほんとはどう思ってる?」


徐に口を開いたすばるからの問いかけに、俺の心臓はドキドキした。今まで『好き』とは何度も言われたけど、こんな聞き方をされたことはあったかな。

そう言えば、すばるから返事を求められたことはあんまりなかったような気がする。


ドキドキしてしまい、また何も言えなくなってしまいそうになるけど、何か言おうと口を開けば口の中がカラカラになっている。…でもちゃんと言わないと。


なんとか絞り出すように「好き」って一言口に出せば、すばるは道のど真ん中だというのにぎゅっと俺の身体を抱きしめてきた。


「ほんと?…どういうふうに好き?」

「…どういうふうに?」


俺にそう問いかけるすばるの声は微かに震えている。…あ、手も、震えてる。


「…ずっと会いたかった。」

「他には?」

「……ええっ、…ほか?」

「こうして、俺にぎゅっとされんのは好き?」

「………うん。好き。」


すばるの問いかけに頷くと、すばるはジッと俺の目を見つめてくる。

そして、「じゃあ俺にキスされんのは?」って聞かれて、目と鼻の先にすばるの唇があり、今にもキスされそうだ。

続けて「ねえ、好き?」って聞かれるけど、こんなところで『好き』なんて答えたらほんとにキスされてしまいそう。


その問いかけの返事はせず、すばるの口を手で塞いだら、すばるは不満そうに眉を顰めた。


「……キスは、二人の時だけ。」


でもすぐに俺がそう口にすると、俺の手で塞いだすばるの唇はキュッとにやけるように動き、目元はにこにこした嬉しそうな反応を見せる。


「てことはさ、蓮、…俺ら両想いって事で合ってる?」


すばるの口からそっと手を離すと、すばるは嬉しそうな顔をして確認するようにそう聞いてくるが、俺は恥ずかしくて恥ずかしくて、「うん」って頷くだけでも少し時間がかかってしまった。


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