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それからの綾部くんは、相変わらずめんどくさそうにバイトに来るものの、接客態度に少し変化が見られた気がする。


ある日従業員の一人が品出し途中に肩をトントン叩いてきたかと思えば、「あの人!この前の綾部くんの友達じゃない!?」と興奮気味に話しかけてきた。よく覚えてるなぁ。

チラリと横目でそのお客様を見ると、商品を楽しそうに眺め、手に取り、戻し、を繰り返している。


時刻は18時を過ぎたところで、出勤してきた綾部くんがエプロンの紐を縛りながら店内に現れた。


すぐにお友達が来ていたことに気付いた綾部くんが『ゲッ』という顔をすると、数秒遅れで綾部くんに気付いたお友達が手を挙げひらりと手を振った。


「…矢田くん一人でなにやってんの。」


諦めたようにお友達に近づいていき、会話を始める綾部くん。


「なにって、買い物。100均楽しい〜。なあ、この商品って一色だけ?」

「え〜、わかんない。」

「おいこら知っとけよ。」

「商品多すぎて覚えらんないし。」

「覚える気もねーだろ。」


ストレートに言うお友達に、図星だったのか綾部くんは黙り込んだ。お友達毒舌だな。もしかして仲悪い?…ってわけでもないか。


「まじ100均ハマっちゃったなぁ。これとかスーパーで買わないでここで買えば良かったよ。」

「なにそれ。」

「え、これ?落し蓋。」

「おとしぶたぁ?」

「落し蓋どこですかー?って聞かれたらこれな?」

「…そんなの聞かれないと思うけど…。」

「は〜?聞かれるっつーの。いつ誰がなにを求めてんのかなんかわかんねえだろ。」

「んー、まあね。」


そう。そうだよ、綾部くん。すごくためになることを綾部くんに話してくれているお友達に、うんうんと頷きたくなる。


「あ、そうそう。雄飛が今度なちくんのバイトしてるとこ見に行くって。」

「え!?」

「ちゃんとやってるとこ見せてやんねえとなぁ。」

「え〜!!ちょっとまじでぇ!?」


最後にそんな会話をして、ポンポン、と綾部くんの肩を叩いて笑いながらレジに向かっていったお友達。

なんだか只者ではないオーラを感じる。


一体なにを思ったのか、その日から綾部くんは、少しずつだけど商品の場所を覚えていってくれた。


そして私たち従業員は、綾部くんのお友達にバイトで入ってもらえないか声をかけてもらうようお願いしたが、『絶対嫌です』と綾部くんに断られたのだった。





いつもは出勤時間ギリギリに来ていた綾部が、今日はやけに早く来ている。


「綾部今日来るの早いな。」

「え、あ…まあ…たまたま。」


もうエプロンもすでに付けており、のんびりスマホをいじっている綾部の隣に腰掛ける。


「そういや綾部って彼女いんの?」


そう言えば聞けって言われてて聞いてなかったな。と思い出し、特に話すことも浮かばなかったから良い機会だと問いかけると、綾部は「え…、」と徐々に顔を赤くして狼狽えた。話で聞いた通りだな。

居るか居ないか答えたら良いだけなんだけど。

そこ赤くなるところじゃないんだけど。…と返答を待っていると、綾部は赤い顔をしてゆるゆると首を横に振った。……いや絶対居るだろ、この態度。


噂ではめちゃくちゃイケメンな友達もいるらしいし、それなりに大学生活も楽しんでそうな雰囲気だし、彼女がいても少しもおかしくない感じだけど。隠す必要あるか?


「うわ俺便所行きたくなってきたから先行くなっ!」


…お、なんだ?話逸らされたのか?

逃げるようにトイレに向かってしまった綾部。

掴めないやつ。同じバイト仲間だけど、なかなか綾部とは親しくなれそうな感じがしない。


その後すぐ出勤時間となり、綾部は珍しくせっせと商品を売り場に陳列している。今日はやけに真面目に頑張っているように見えるのは気の所為だろうか。

いつもだらだらめんどくさそうにしてたのに注意でもされたのだろうか。


そんな風に思っていた時、綾部の元に一人の若い男が歩み寄っていった。

ポケットに手を突っ込んで、ちょっと絡まれたくない感じのピアスで怖そうな男に、トントン、と肩を叩かれている綾部。


振り返り、ハッとした表情を浮かべた綾部に、男はニッと笑った。


「なっちゃんエプロン姿かわい〜。」


パッと見た時のイメージがガラリと変わるほどの笑顔を綾部に見せた男に、綾部は照れ臭そうにトン、と男の肩を微力で押し、やけに親しそうに会話を始める。

びっくりした、あれも友達なのか。意外すぎる。


「まじで雄飛来た…。」

「なちが働いてるとこ見たかったし。」

「見なくていいって!!」

「てかなち絶対あれだろ、100均簡単そうだから〜って決めただろ。」

「……ま、まあ、それはある。」

「ハハッ、やっぱりな。この、かわいいやつ。」


男は綾部の頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと髪を撫でて笑っている。


「ちょっ!やめろよバイト中に…!」


綾部は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、手櫛で髪を直し、キョロキョロと周囲を確認するように見渡した。

すると、俺が綾部の方を見ていたことに気付かれ、綾部とバチっと目が合ってしまった。

何故か気まずそうな表情を浮かべた綾部が、男にシッシと離れるように手を振っている。


その後しばらく会話を続けた二人だが、数分後に「じゃあな」と男は綾部に手を振って帰っていった。


男が帰ったあとも、今日はやけにいつもより真面目に、せっせと働いている。友達が来ると真面目になるのか?


「綾部さっきの人友達?」

「…え、……あ…、…ん。」


なんだその微妙な返事は。

休憩時間に話を聞いてみても、綾部との会話はなかなか広がらなかった。


さっきの奴とはめちゃくちゃ親しそうなのになぁ。

歳も近いバイト仲間なのに、俺とはあまり仲良くする気はないのだろうか?と思い、俺はちょっとだけ寂しくなったのだった。


35. なっちくんのバイト先 おわり


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