1 [ 111/172 ]

夏休み初日の昼過ぎ。あれから帰る気配は一切無い絢斗が余所見をしている隙を見て、俺はりとにコソリと話しかけた。


「俺あいつにお前が矢田先輩の弟ってこと話したっけ?」


仕方ないから絢斗も俺の家に連れて来たものの、これから俺たちは勉強するってのにこいつが居ると非常に邪魔だ。


「いや言ってねえだろ。多分。」

「ライン交換したんだろ?矢田って名字で気付かねえのかな?」

「気付いてたら突っ込んでくるだろ。バカそうだし気付いてねーんじゃねえの。」


うわ、ウケる。絢斗りとにバカそうって思われてる。実は頭良いけど面倒だから否定はしない。

……と、りととコソコソ顔を寄せて話していたところで、絢斗がそれに気付き俺を睨みつけてきた。


「おい雄飛!お前いい加減にしろよ!?」

「は?」


いやいや、なにが?どちらかと言うといい加減にしてほしいのはこっちの方だ。絢斗、お前は早く家に帰れ。俺はさっさと夏休みの宿題を終わらせたい。


「お前はいっつも俺のお気に入りの人と抜け駆けして仲良くなりやがって!今まで俺がお前に女紹介してやった恩を忘れたのかよ!」

「恩って…。別に頼んだ覚えはねえけど。あんまり。」


つーかりとにおいては俺が先に知り合ったんだけど。そもそもお前こいつの兄貴のこと嫌いまくってんだろーが、そんな奴に弟を紹介するわけがない。


「はあ!?雄飛のくせに生意気なんだよ!りと、こいつと居るとバカが移るから俺と二人でイイコトしようぜ?」


絢斗はそう言いながら俺からグイッとりとを遠ざけるようにりとの肩に腕を回し、耳元で囁くように話しかけた。

『雄飛のくせに』って相変わらずひどい扱いだ。別に慣れてるからいいけど。だが絢斗、“今回も”相手が悪かったな。りとは不快感たっぷりに絢斗を睨みつけ、肩に回った絢斗の腕を払い除けた。


「触んなよ、気持ちわりぃな。」


『気持ち悪い』……りとからのその言葉に、絢斗はガン!とショックを受けたような表情で固まった。残念ながら絢斗の自業自得である。初対面でいきなり口説こうとすりゃこうなるに決まってる。


「つーかお前の方が雄飛よりよっぽどバカそうだぞ。勉強の邪魔だからどっか行けよ。バカが移ると困るんだよ。」


そして続けてりとの口から、りとらしくない真面目な発言が飛び出した。おまけに何気に俺のこと庇ってくれてるようなりとの言葉に俺はちょっと嬉しくてニンマリと笑ってしまった。…だが、絢斗がここで折れるわけがない。


「は!?勉強!?夏休み始まったばっかなのに!?俺が勉強教えてやるからそんなのさっさと終わらせてイイコトしよーよ!」


俺よりバカそうと言われたにも関わらず絢斗はその言葉は見事にスルーして、りとに勉強を教える気満々でりとが使っている参考書を手に取った。

そして絢斗はペラペラと参考書のページを捲るが、何も言わずに元の位置に参考書を戻す。


「ぶふっ…」


俺はそんな絢斗に思わず笑いが込み上げてきてしまった。絢斗がいくら頭良いとは言え、一学年上の、しかも秀才りとが使っている参考書の問題を教えるには無理があるようだ。


「残念だったな絢斗、りとめっちゃ頭良いぞ。」


誰の弟だと思ってんだよ。と言いたいがここはグッと堪える。何故なら俺は、ここで“おもしろいこと”を思いついてしまったから。


「あ、つーか俺りとの家行きたい。」

「は?」


突然の俺の発言に、りとが素っ頓狂な声を出した。

勿論、この発言には意図がある。


「え?りとん家?俺も行きたい!!」


そしてその話に食い付いた絢斗に、俺はニンマリとほくそ笑んだ。


【 ドッキリ矢田先輩と絢斗対面企画 】


りとの兄貴が矢田先輩とは知らない絢斗に、あっと驚く方法で教えてやりたいという思い付きだ。夏だからな。こういう楽しみが欲しいのだ。

コソッとりとにラインを送って伝えると、それに気づいたりとの口角はやや上がり、俺に向けてグッと親指を立てた。


【 おもしろそう 】


さすが、悪ノリが好きそうなりと。

さっそくその計画を決行するために、次に俺は矢田先輩にラインメッセージを送った。


[*prev] [next#]

bookmarktop

- ナノ -