おまけ2 [ 55/172 ]

「先輩、俺ラーメンが食べたいなー。」

「はぁ〜?ラーメン〜?残念ながらもう居酒屋の予約取ってるから。」

「はぁ〜?居酒屋〜?俺まだ未成年なんすけど〜。キャンセルしてラーメンにしましょう?」


矢田が先輩に歯向かっている…。

矢田に内緒で先輩が合コンをセッティングしたから、矢田実は先輩にキレてるだろ…。


「はぁ〜?無理無理。早く行くぞ、時間やべぇ。」

「時間?なんすか時間って。先輩なに焦ってるんですか?ゆっくり行きましょうよ。」


うっかり、といったように口から出た先輩の言葉を、矢田はここぞとばかりに拾い上げた。そんな矢田の態度に先輩は苦笑し、『矢田になんか話した?』と言いたげな目が俺を見る。

そりゃ話すだろ。普通。と思って真顔で先輩を見返していると、横から矢田が「まあ腹減ったしさっさと飯食って帰りましょうか。」と言ってスタスタと前へ足を進めた。


先輩はコソッと俺に「なにあいつ、ひょっとして性格悪いの?」と問いかけてきたから、『どっちがだ。』って突っ込みたくなった。


「いーや、いい子っすよ。やっぱ内緒で合コン連れて行こうとしたってのがダメだったんじゃないですか。」

「そりゃ俺だってできればイケメンは連れて行きたくないけどさー、あっちが指名してきたんだからしょうがねーじゃん?」

「しょうがなくはねーだろ。今回で最後にしてやってくださいね。」

「えー、なんか拓也妙に矢田の肩持つな。」

「そりゃあ後輩ですから。」

「先輩の肩も持ってほしいなー。」

「じゃあ肩持ってもらえるような態度を取ってください。」


と先輩に言えば、先輩はボソッと「可愛くねー後輩ばっかだな。」とぼやいていた。

はいはい、可愛くねー後輩で悪かったな。先輩に可愛がられるより、俺は後輩に慕われたいから、俺のやり方は間違ってはいないはず。





「あっきたきた〜!こっち〜!」

「ごめん、お待たせ〜!うわぁ!お友達もみんな可愛い!」


居酒屋の前に到着してすぐ、先輩とやり取りをしていたであろう女の子が、手を振ってきた。その子の側には女の子が二人。恥ずかしそうにモジモジとその場に立っている。


「どうもー」と軽い挨拶をしながら先輩の後に続くと、彼女たちは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてぺこぺことお辞儀をしてくれた。


「ね?ね?かっこいいでしょ〜?合コンセッティングしてもらえてほんと良かった〜、ありがとね!」と幹事らしき子が先輩にお礼を言っている。

お礼を言われた先輩は、デレデレしながら居酒屋の中に入っていった。


店員に先輩が名前を告げ、テーブルに案内される中、最後尾を歩く矢田にチラリと視線を向けると矢田は、見事な無表情である。

お座敷のような席に案内され、誰がどこの席に座るかで一瞬悩んでいるようだった。


先輩が一番奥の席に座り、その隣の席に俺が座ると、おずおずと俺の隣に矢田が座る。すると、素早く幹事らしき子が、矢田の正面に腰掛けた。ああ、矢田狙いって言ってたもんな。すげー、まじ素早かった。


「この前レストランに食べに行って、店員さんかっこいいなーって思ってたんです。」


さっそく矢田に話しかけたその子に、矢田はにこりと接客時と同じ笑顔を浮かべて「バイト始めたてでまだまだなんですけどねー」と言いながらおしぼりで手を拭き始めた。


「えぇ!すごい慣れた感じだったよ?」

「いやーまだまだっすよ。」


おしぼりを置いて、今度はメニュー表を取り、「なに頼みます?」と全員を見渡して声をかける。


「俺ビール!」

「あ、俺も。」

「じゃああたしもー!」

「じゃああたしもとりあえずビールで」

「みんなとりあえずビールでいきますかー!」

「あ、すみません、ビール5つとウーロン茶1つお願いします。」


近くの店員を呼び止めた矢田が、ウーロン茶1つと言った瞬間、幹事らしき子が「あ…」と何かに気付いたらしい。


「…ひょっとしてお酒無理だった…?」

「俺未成年なんです。空気壊してすみません。あ、ラーメン食っていいですか?俺すげえ腹減ってて。」

「あ!うん!…いいよいいよ!」


続いて矢田は、再び店員を呼び止めて、一人ラーメンを注文し始めた。


「おいおい…あいつ空気壊しにかかってんな…」と俺の隣で顔を引きつらせている先輩。

その後、ビールが運ばれてきて、とりあえず乾杯。矢田はウーロン茶持って控え目に乾杯。


「自己紹介しよー!」と誰かが言い始め、トップバッターに先輩がウキウキと自己紹介をし始めた。


「お待たせしました、醤油ラーメンです。」

「あ、俺です。ありがとうございます。」


先輩がベラベラと自己紹介をしている中、ズルズルとラーメンをすすり始める矢田に視線が集まる。


「おいおい、矢田ぁ!お前空気読めよ〜!」


酒が入り、早くも先輩のテンションは絶好調に高まっている。


「すんませんね、腹減ってるんで。あ、俺に構わず楽しんでくださいよ。」

「ったく矢田は自己チューでガキだな!」


テンション高く喋る先輩に、女性陣は楽しそうに笑っている。が、実際のところ空気を読まずにズルズルとラーメンを食べている矢田をどう思っているのだろう。

こっそりと幹事らしき子に視線を向けると、その子はジッとラーメンを食べる矢田を見つめていた。



「は〜、食った食った。ごちそうさまでした。」


なんとなく、俺は思った。

矢田、お前わざと空気読めないふりしてるな?


それは何故か。

答えは、早く帰るためだ。


ウーロン茶を飲み干し、腕時計で時間を確認すると、矢田は鞄の中から財布を取り出した。


「え?」と反応する目の前の子に、「やっべ、俺明日提出の課題あるの忘れてた…」と思い出したように立ち上がる。


お札を机の上に置き、「あ、またお店に食べに来てくださいね。」としっかりレストランのアピールをしてから、「先輩すんません、俺課題あるの忘れてて…先失礼します。」と会釈をすると、先輩は矢田に「えー?お前合コン中にそりゃねーべ。」と呆れた表情を矢田に向ける。


「まじ空気壊してすんません。この後も楽しんでくださいね!」と矢田は慌てたように、しかし笑みを崩さず去って行った。


「ちょっと待って!まだ連絡先も聞けてないのに!」と幹事の子が矢田を追うために立ち上がろうとした時、「え、うそ、るいもう帰った!?」「ちょっ、航早く家帰んなきゃやばくない!?」とドタバタと奥の席から航と航の友人の女の子が現れる。


振り返って驚きながら航の姿を見ていると、航は俺の視線に気付き、ハッとしたようにしながら片手で顔を隠してそそくさと立ち去っていった。いや顔隠してももうバレバレだから。

恐らく心配になって後をつけてきたのだろう。


良かったな、航。

なんも心配要らなかったな。って俺は微笑ましい気持ちになり、少しだけ声に出して笑ってしまった。


「ったく、矢田は顔だけのクソおとこだな!」


先輩はお酒が弱いのか、もう酔っ払っていて矢田の悪口を言っている。

きっと相手がお客さんじゃなかったら、矢田はこの場には来てもいなかっただろう。

店の評判を落とさないように、とでも思ったのだろう。矢田は変に真面目すぎである。


しかし次の出勤時に、矢田は先輩に向かって「先輩、もう二度とああいうのには誘わないでくださいね。」としっかりと断りを入れていた。


先輩も「ああ、言われなくても空気読めないクソ男は二度と呼ばねー。」って言っていたから、まあ、ひとまず安心。……か?


空気読めないクソ男 おわり


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