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中学校に上がった俺たちは皆同じ制服を着ての登校で、ちょっと大人になった気がした。

この辺りには3つ小学校があり、そこに通っていた生徒たちが、1つの中学校に通うことになる。だから、中学に入学すると3分の2は知らないやつらだ。

そんな中でも、航は早くも目立っていた。

遅刻の常習犯で、シャツのボタンはいつも3つは開いてる。たまにベルトをし忘れたとかで、腰パンの日もあったりなかったり。忘れ物も多く、鞄の中はスカスカ。生活指導の怖い先生は、さっそく航に目を付けた。


「あいつちょっと調子乗ってね?」


俺たちとは違う小学校から来た、ちょっと怖そうな雰囲気の同級生たちも、航に目をつけはじめた。

俺は、なんだか嫌だなあと思った。航とは仲良くしたいけど、怖そうな人に目をつけられるのは嫌だ。けれど……


「聞いてよまひろーん、あたしのクラスの女子にね、航くんのこと紹介してって言われちゃったの。なんかやだなーそういうの。」


航の女子人気は、相変わらず健在だった。そして、彩花ちゃんは、そんな愚痴を俺に度々言ってきた。

だから俺と彩花ちゃんは結構仲良く見られてて、可愛い彩花ちゃんと仲良くする俺を、クラスの男子は羨ましがっていた。とても気分が良かった。


俺はその時、航と仲良くすることなどどうでもよくなっていて、彩花ちゃんと仲良くできていることで、満足していた。


「おいやべえって、西小の大川が航に喧嘩売ったんだって!!!」


同じ小学校だったクラスメイトが、焦ったように俺にそんなことを言ってきた。なんで俺にそんなこと言うんだよ。
俺関係ねーし。と思いながら、隣のクラスの様子を渋々窺いに行く。

そこは、航と大川のクラスだ。大川はガタイが良く、目付きも鋭く、ぶっちゃけかなり怖いやつだ。できれば近付きたくないし、関わりたくない。違うクラスで良かった、と思っていたのが本音。

そんな大川に、航は見下ろされていた。俺はそんな航を、気の毒なやつだな、という目で見る。

しかし俺は、まだまだ航のことを甘く見ていたのだろう。どう考えても、航が大川に敵うはずない、と思っていたのだから。


「お前さあ、目障りなんだけど。」


大川は開口一番に、そんな言葉を航に向けた。勿論場の空気は悪くなる。しかしその言葉を向けられた本人は、まるで自分に言われたと気付いていないかのように、キョトンとした目で大川を見ていた。


「聞いてんのかよ!目障りだっつってんだよ!!」

「……え、なんかすんません。生きててすんません。」


大川に二度目の暴言を食らった航は、キョトンとした顔のまま謝った。

大川はちょっと満足そうに「ハッ」と鼻で笑う。完全に航のことを見下している。まるでガキ大将のようだ。きっと、西小の大将だったのだろう、大川は。

しかし忘れられては困る。俺たちが通っていた北小の大将は航だ。

航にそんな自覚はなかっただろうが、誰か一人目立っていた奴の名前を挙げろと言われたら、ほとんどの人は航の名前を挙げるだろう。

だってあいつは小学校に入学して早々、スカート捲りをして先生に怒られるようなやつだから。


「しかしながら残念だったな大山くん、キミの図体の方が断然目障りだから。いやあ無自覚って怖いね。」


やれやれ。と困ったように首を振る航に、大川は顔を真っ赤にし、ぷるぷると拳を震わせた。


「おっ…おっ…大川だこのやろう!!てめえわざとか!?ああ!?」

「えっなになになに怖い大山くん怖いっお顔が怒った仏像みたいになってるっ」

「航、航っ、大山くんじゃなくて大川くんっ…!!」


航の側にいた同じ小学校だった友人が、航の危機を感じてか、焦ったように航にそう耳打ちすると、航はまたキョトンとした表情を浮かべた。

そして、「ああ、」と声を漏らす航は、さも何も無かったかのように大川に話しかけたのだ。


「ところで大川くん宿題やった?」


周囲で航と大川の様子を窺っていたものは、あまりに危機感の無い航にさらに焦った表情を浮かべる。

しかし問題の大川は、とてつもなく戸惑った表情を浮かべており、そんな大川の表情を見た西小のやつらもまた、戸惑ったような表情をしていた。


「良ければ写させてもらえやしないだろうか。もちろんタダとは言わん。そうだな、俺からフミエ先生に大川にキスしてあげてくれと頼み込んでやろう。」

「いらねえよ!!」

「おお、なんと遠慮深い。42歳独身フミエ先生のファーストキスだぞ。」

「だからいらねえよ!!俺の母ちゃんより歳上じゃねーか!!!」

「え?大川の母ちゃんいくつ?」

「39。」

「お。俺の母ちゃんのが若いぞ。34。勝った。」

「若すぎだろ!!!いくつでお前産んだんだよ!!!」

「ハタチん時くらいじゃねーのー?知らねー。なあなあ、で、宿題は?」

「ああ?俺もやってねーよ。」

「まじか!!!お主仲間だったとは。それならそうと早く言え。」

「わりぃ。……っておかしいだろ!?なんで俺がお前に謝んねーといけねえんだよ!!!」

「うわ、バカもー唾飛ばすなや汚ねえぞ大唾川って呼ぶぞ。」

「呼ぶな!!!!!」


気付けば航と大川の立場は一変し、航に翻弄されている大川がそこに居て、みな唖然としながらその光景を眺めていた。


そこに現れた1人の女の子。
それは、俺が恋心を抱いている彩花ちゃんだ。

こんな時に彩花ちゃんは、航に何の用だろうと、目が離せずに俺はその光景を眺める。


「航くんっ!!!」

「ん?なに、彩花ちゃんどしたの?」


彩花ちゃんは涙目で航に駆け寄る。


「航くんが喧嘩に巻き込まれたって聞いたから!!大丈夫!?」

「ん?喧嘩?なにそれ大丈夫だよ?」

「ほんと!?よかったあ!航くん昔から喧嘩っ早いんだから気を付けてね!」

「へーいバイバーイ。」


彩花ちゃんは一言二言航と会話し、笑顔で手を振って去っていった。


「…おい、お前一宮(いちみや)さんと仲良いのか…?」

「ん?彩花ちゃん?まあそこそこ?」

「まじか!!!頼む!!!紹介してくれ!!一宮さんまじでタイプなんだ!!!」

「はあー?紹介?やだよめんどくせー。一人で行ってこい。はじめまして!大唾川って言います!唾くんって呼んでください!って手ぇ差し出してこい。彩花ちゃん優しいからすぐ仲良くなってくれるよ。」


航は大川とそんな会話をし、ケラケラ楽しそうに笑っていた。

俺はそんな航を見て、何故かとても、悔しい思いでいっぱいになっていた。何故だかはわからないけれど、とても、とても悔しかった。


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