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「……あ…、わた、る……」
一瞬で口の中がカラカラになってて、航の名を口にすれば、笑えるほど途切れ途切れになってしまった。
別にやましい事があったわけではないのに、こんな態度を見せてしまったらまるでやましい事をしてたみたいだ。
航は無言で、俺のことを睨み付けてくる。
…あ、なんか完全に変な勘違いをしてるな…と思いながら、何か口にしようとするが、なにも言葉が出てこなかった。
航もなにも言ってこないから、居心地の悪い沈黙した時間が暫し流れるが、生徒会室の奥から「あ、さては仁が航に俺がサボったことチクったな?」と至って普通のトーンの矢田くんの声が聞こえたから、俺はその声に引かれるように、矢田くんの方へ視線を向けた。
「なちくん航のことはいいから教室戻りな。」
矢田くんと目が合った俺は矢田くんにそう言われて、戸惑いながら航にチラリと目を向ける。
教室戻ろうって思ったって、航が出入り口を塞いでるから出れないんだけど…。
「…ごめん航…俺出るから…。」
「なあお前なんでこんなとこいんの?」
恐る恐る航に声をかけると、航は変わらぬままのキツイ視線を俺に向けながら、口を開いた。あまりに冷たい航の態度に、俺は何も言うことができず黙り込む。
「授業サボってたよなあ?1時間なにしてたんだ?」
「ちょっと話してただけだよ。」
「お前に聞いてねえんだよ。」
ソファーから立ち上がり、俺の背後にやって来た矢田くんが答えると、航は俺から視線が外れ、今度は矢田くんを睨みつけた。
俺はそんな航の矢田くんへの態度に、ゾッと背筋が震える。何故なら俺の背後に立っていながらでも伝わるほど、矢田くんの纏う空気が変わったからだ。
背後から突然、俺の背中をグッと押した矢田くんが、それと同時に航の胸倉を掴み、生徒会室の中へ強引に引きずり込む。
俺が生徒会室の外へ出たのを確認すると、矢田くんはバタン!と扉を閉めた。
「おい!!離せや!!言っとくけど俺はお前らのことを疑ってんだからな!!」
「なにを疑うの?2人でこんなところでサボって怪しいと思う気持ちは分からなくもないけど、ちょっと聞く耳持てよ。」
「あ?聞く耳?ただの言い訳言いてえだけだろ!!」
「そうだよ。言い訳言いたいんだよ。航が思ってる変な誤解を晴らす言い訳。まあ言い訳なんか話さなくても、航は俺のこと信じてくれてると思ってたからちょっとショックだけど。」
生徒会室の中からそんな矢田くんの声が聞こえたっきり、航はどうやら黙り込んだようだった。
部屋の中から声が聞こえなくなってから、俺はとても重い足取りで、生徒会室を後にした。
*
「なちくんと偶然便所で会ったんだけど、すっげえ泣きそうな顔してたんだよ。なんでだと思う?」
「はあ!?知らねーよ!!」
航をソファーに座らせて、先程あったことを説明しながら航に問いかけてみると、航は荒々しい態度で言い返してきた。
今の航は最高に機嫌が悪い。早くこんな空気はなんとかしたいな、と思いながら俺は航の隣に腰掛ける。すると航が、俺の太ももを蹴りつけてきた。
「痛いって。」
「さっさと言い訳言えや!!」
「いやだから痛いって。」
ゲシゲシと俺の太ももを蹴りつけてくる航の足首を掴むと、航の身体が傾いて、ソファの上に仰向けになった。
「クッソ!!てめえ!!」
「航さ、ちょっと落ち着いたら?」
俺は仰向けになった航の身体に跨って、航の動きを封じるように、航の顔の横に両手をつくと、航は下から俺のことを睨みつける。
なかなか見ることのできない光景だな。と思いながら、俺は航に再び先程の続きを話す。
「なちくん航の態度がショックだったからだよ。航がなに言ったか俺は知らねーけど。」
「はあ!?なんだよそれ!俺だってそんなん知らねーよ!!」
「じゃあ航は知らず知らずのうちに友達傷付けてたってことだな。」
「なんだよ!俺が悪いみてーな言い方しやがって!!」
航は俺にそう怒鳴りつけ、俺の肩をドンと叩いてきた。ああもう。ちょっと荒れすぎだろ。
今すぐにでも暴れだしそうな航の両手を掴み取る。そのまま航の手をソファーに押さえ付け、俺は航の口を塞いだ。
航の口内に舌を入れ、航の舌を絡め取る。
「んっ!」と苦しそうに呼吸する航に、俺は構わず数分間、航の口内を弄んだ。
「はぁ、はぁ、」と荒い呼吸を繰り返す航の口内から、そっと舌を抜く。
とろんとしながらも、まだ微かに鋭い目が俺を見る。しかし少し大人しくなった航を確認し、俺は口を開いた。
「航さ、最近勉強すんげえ頑張ってるから、多分相当ストレス溜まってんじゃないかなって思う。俺は勉強頑張る航を応援してるけど、頑張りすぎんのも良くないと思う。かと言って、勉強する航を止めるようなことを言いたくもないけど、休み時間に友達と楽しく会話するくらいの息抜きはした方がいいと思う。なちくんは最近航がいっぱい勉強してて寂しいって言ってたから、きっとそれでなちくんにもいろいろ思うことがあって悩んでるみたい。
結論から言えば、なちくんは航の態度に凹んでて、航はきっとストレスや苛立ちでキツイ態度取っちゃったんじゃないかな、と思う。俺となちくんは二人でずっとそんな会話をしてただけ。
はい、俺の言い訳終わり。航まだ怒ってる?」
「……言い訳長すぎ。」
くどくどと長ったらしく話したあと、航はそれだけ言ってそっぽ向くように顔を横に向いてしまった。
「だって航こんだけ言わねえと俺のこと疑ったままだろ?」
「……別にそこまで疑ってたわけじゃねえ。でも2人でサボってんの見たらなんか嫌になって…。」
航はそう言って、スン、と鼻をすすった。そして、航の顔がなんだか泣きそうな感じに歪む。
「航…、泣かないでー…。」
ああ、きっと泣くんじゃないかな、と思い、俺は航の頬にそっと手を添える。
すると航は、俺の方へ両手を伸ばし、首に腕を回して抱きついてきた。
「……うぅっ…るいぃ…っ」
縋ってくる航に、たまらず俺も航の頭ごと胸元に抱き寄せ、ぎゅっと強く抱きしめる。
航は俺の腕の中で、静かに涙を流していた。
「…なんか、最近、…俺、イライラしちゃってて…ッ…なっちくんに当たっちゃったのかも…っ」
嗚咽を漏らしながら話してくれた航は、「ごめん…」と小さく謝罪の言葉を口にした。
「…なっちくんにも、謝っとく…。」
そう言って俺の制服を握り締めながら、俺の胸元に顔を押し付ける航の髪をゆっくりと撫でる。
「俺ずっと航と一緒に居て航のこと独り占めしちゃってるから、なちくん寂しいみたい。…仲良いもんな、お前ら。」
「…なっちくんは、うさぎみたいな奴だから。」
「あぁ、なんか納得。だからさ、なちくんにまたみんなで一緒に勉強しよって声かけたよ。そしたら万事解決。」
「……。」
と、そこまで話すと、航は顔を上げて俺のことを見つめてきた。若干ジトリとした視線に、俺はどうしたんだろうと首を傾げる。
「……るいも一緒に?」
「え、だめ?」
「……だめじゃねえけど…。」
渋る態度を見せる航は、俺の腹を指でツンツンつついてくる。なんだかそんな航がとても可愛いくて、思わずクスリと笑ってしまう。
「…るい、なっちくんには優しいから俺ヤキモチ妬いちゃう。」
「え、うそ、ほんと?」
航の言葉に嬉しくなって、俺の口角が一気に上がった。そんな俺をチラリと見上げて、無言で俺の腰に腕を回し、俺の腹に耳を押し付けて、引っ付いてくる。
「はぁ…。おちつく。」
そして航はそう呟いて、目を閉じる。
「るいにひっついてると安心する。」
「ずっとひっついてていいよ。」
「…うん。そうする。」
その後俺たちは丸一時間授業をサボり、特になにかすることもなく、ぽつりぽつりと会話をして、ずっとお互いの身体に触れたまま、穏やかな時間を過ごした。
「サボった分また勉強しなきゃだな。」
「今晩一緒にやろ。教えてあげる。」
「うん。なんかくっついてたらえっちしたくなっちゃったけど、今日は我慢しなきゃな。」
「……我慢は身体に毒だよ。」
「おや?」
「航くん今晩楽しみにしてるね。」
「ん?勉強を?」
「えっち。」
笑みを浮かべながらその単語を口にした俺に、航は「そうくると思った。」と言いながらクスクスと笑った。
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