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シャーペンを貸したと言うことは、後ほど彼からシャーペンが返ってくるというわけだ。つまり僕にはもう一度、彼と話せるチャンスがやってくる。

そんなことを考えながらプリントを記入していると、なんと彼は再び振り向いて僕を見ていた。

戸惑いながら「ん?」と首を傾げると、彼の口が開いた。


「なあ、今日1日シャーペン借りてていい?俺筆箱寮に置いてきちゃった。」

「いいよいいよっ、消しゴム必要な時言ってね…!」

「おーサンキュー!」


ふふふ、また話せちゃった。
僕のテンションは高まってゆく。


その後、何度か彼からプリントが回ってきたが、僕はその度に彼が少しこちらへ振り向いてプリントを回すので、それが嬉しくて表情が緩んで仕方なかった。

時々前の席のクラスメイトと会話をしているようだが、彼は僕の方にも振り向いて、「どこ記入すんの?」とか分からないことを聞いてきたから、僕のテンションはどんどん急上昇していった。


「じゃあ最後に一人ずつ前に出て自己紹介してから今日のホームルームは終了したいと思いまーす。」


担任がそんなことを言い始めたので、名簿の1番目のクラスメイトから順に教卓前に出て自己紹介をさせられることになった。


友岡くんは「めんどくせー」とか言ってぼやいているが、まったくその通りだ。僕はこういう、前に出て一言、とかはとても苦手なのだ。

僕のテンションは一気に急降下していった。


順番に前に出て名前を言い、出身中学や好きなものなどを一言二言言って席に戻るクラスメイトたち。

僕はなにを言おう、と考えていると、あっという間に僕の前の友岡くんにまで順番が回ってきてしまった。


「じゃあ次、友岡くん。」

「ういーす。」

担任に呼ばれた彼が立ち上がる。

僕は、彼の番が回ってきたからか、僕の番が次に控えてるからか、心臓がドクドク言ってて落ち着かない。


教卓前に立ち、教卓に手をついた友岡くんを、皆興味深そうに見つめていた。


「えーどうも、受験中携帯を親に取り上げられていた友岡 航です。」


友岡くんの自己紹介は、そんな一言から始まった。ちょっとおかしくてクスリとしてしまったけど、僕だけじゃなくみんなクスリと笑っててホッとした。


「某パズルRPG無課金ユーザーの友岡 航です。受験中ログインできずフレンドが減ってしまったため募集したいと思います。IDは114514115。いいよ来いよいい子ちゃんで覚えてね。おわりー」


話し終えた彼は、スタスタと席に戻ってきた。あまりに皆と一味違った自己紹介に、やはりクスリと笑っているクラスメイトたち。


「リアルのフレンドも募集しなさいね。」


そんな担任からのツッコミが入り、更にクラスメイトたちの笑いを取っていた彼は、「ゲームのフレンドになってくれた人はもれなく俺の友達です。」と付け加えていて、さらにその場を盛り上げていた。


こんな彼のことだから、募集なんてしなくても、彼の周りは人で溢れかえるだろう。


その後、僕の番がやってきてしまった自己紹介だが、正直なにを言ったかはあまり覚えていない。

名前と出身中学と好きな食べ物だったかな。当たり障りのないことを言って終わらせた気がする。ていうかみんなそんな感じ。彼が特殊すぎたんだ。


そんなこんなであっという間に自己紹介は終了し、明日の連絡事項だけ簡潔に述べた担任は、ホームルームを終わらせた。


「シャーペンサンキューなー」


ホームルームが終わった直後に、彼は僕にシャーペンを返すために振り向いた。

「あ、うん。」と頷きながら、僕は彼からシャーペンを受け取る。

僕は、もっといろいろ彼と話してみたいな、と思っていたから、勇気を出して「ねえ、」と彼に話しかけた。

彼と会話をするための話題を僕は瞬時に考える。そこで思い浮かんだのは、先程彼が自己紹介で言っていたゲームのことだ。


「僕友岡くんとフレンドになりたいな。」


ゲームにこれっぽっちも興味無かった僕だけど、僕は口からサラリとそんな言葉が溢れ出ていた。


「おっ?いいよ来いよいい子ちゃん。」

「それ確かIDだよね?」

「そうそう、114514115な。覚えやすくて便利で良いだろ。」


彼はそう言って得意気に笑った。
彼と会話が続いて嬉しい僕も、ニコリと笑った。


「…あ、でも僕そのゲームやってないんだった…」


会話が続いたところまでは良かったが、僕は肝心なことを言い忘れていた。

僕の言葉に彼は、「はあ〜?」と眉を顰めた。僕は、ああ、失敗したかな。と思って瞬時に落ち込む。

が、彼は何故か僕に向けて片手を差し出していた。

「ん?」と首を傾げると、彼に「携帯貸して。」と言われたので、僕は不思議に思いながら、スマホを取り出した。


「チュートリアルまでやっていい?」

「え、う、うん…?」


よく意味が分からないけど頷くと、彼は「あ、パスワード打って。」と言いながら、僕が今さっき彼に手渡した直後のスマホを再び僕に返してきた。

どうやら彼は、僕のスマホでゲームをダウンロードしたようだ。

数秒後ダウンロードが完了し、ゲームのタイトル画面が表示される。


僕は、彼が持つ僕のスマホの画面を覗き込んだ。ちょっと距離が近くてドキドキする。


彼とそうしているうちに、「何やってんの?」とか「あ、あのゲームやってんの?」「俺もやってる」などと口々に言いながら、今日出会ったばかりのクラスメイトたちが僕の席に集まってきた。


「えーっと、ユーザーネーム入力…あ、名前なに?」

「成田 晃…です。」


さっき自己紹介したんだけどな…。

絶対彼、聞いてないよね。眠たそうにしてたの僕知ってるよ。


彼に名前を告げながらそんなことを思っていると、彼は「アキラね、」と言いながら文字を打ち込み始めた。


【 ユーザーネーム:アキちゃん 】


「完了ー。」

「おいおい“アキちゃん”って!」

「男子にちゃん付けかよー」


側で見ていたクラスメイトから野次が飛んだ。


「はーいアキちゃんチュートリアル終わったー。さあ、いいよ来いよいい子ちゃんをフレンド検索画面で打ち込むが良い。」


彼はそう言って僕にスマホを手渡してきたが、僕はナチュラルに『アキちゃん』と彼に呼ばれていることに、喜びが隠しきれず、口角が上がる。


「ありがとう」とお礼を言いながら、僕はフレンド検索画面を開いて『114514115』と入力した。


【 わたる にフレンド申請しますか?】

「はい!」


僕は思わず口に出しながらスマホ画面をタッチした。


「あー航、俺もフレ申していいー?」

「俺も俺もー。」

「おーしてしてー。あ、アキちゃん今承認したー。」


入学式の日の放課後。

まさか僕は、こんなにも早くクラスに打ち解けられるとは思わなかった。


始めたばかりのゲームで、フレンド一覧の一番上には【 わたる 】。彼だ。

そして、そこに徐々に増えてゆくクラスメイトの名前。


僕はたった一人の男の子に出会えたおかげで、たくさんのクラスメイトに囲まれ、今後の学校生活がとても楽しみになった。


「ねえ、航って呼んでもいい?」

「うんいいよー。あ、そうだお前ら言っとくけど俺、ログイン日数1日以上経ったらフレンド切るからな。」

「はあ!?早くね!?」

「せめて3日だろ!!!」

「いや10日だろ!!!」


彼の発言にクラスメイトたちがやいやい言い始めたところで、僕は彼にコソッと言った。


「航!僕は毎日ログインがんばるよ!」

「おお、よーしよーし。アキちゃんいい子。」


僕の頭の上に乗っかった手が、ゆるり、ゆるり、と僕の髪を撫でつけた。

僕は照れ臭さを隠すように、えへへと笑う。


多分、もうこの時点で、

僕は友岡 航の虜になっていた。


5.晃、友岡 航に恋をする おわり


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