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「俺は高校卒業したら、ってのを最近いろいろと考えてる。」

「…偉いな。」

「偉くねえよ、言っただろ。自分が安心したいからだって。」

「…よく意味がわかんねえよ。」

「ただ予防策を考えてるだけ。」

「…予防策?」

「そう、航と離れないための予防策。」


るいはそう言って、俺の肩から顎を退けて、ジッと近距離で見つめてきた。首筋と頬に手を添えられ、くすぐったい。

甘い空気になりそうなのにるいは真剣な表情で、俺は陽気に口を開くことができない。


「こんな話今しても航に気が早いとか言われそうだけど…。でも、自分のことだけじゃなくて航の将来のことと一緒に考えねえと自己中だよな…って思うから。」

「…話見えねえんだけど…。」


るいが結局は何が言いたいのか。率直に言ってくんねえと、俺はバカだから全然わかんねえ。

しかしるいは、その後なにか躊躇っているような態度を見せる。そんなに言い辛い話なのか、俺はだんだん聞くのが嫌になってきたのだが、るいは決心したように俺の目をジッと見つめて、口を開いた。


「…俺大学は一人暮らしして、そっから通うことになるけど…、」

「…うん。」

「航と離れるのは嫌だから、…航と暮らしたいなって思ってて…。」

「…うん。………へっ?」


俺の予想とはかけ離れたことを言い出したるいに、俺は思わず素っ頓狂な声が出た。

ポカンと口を開けてるいを見ると、ほんのり赤く染まったるいの頬に、ちょっと照れくさそうにしている様子が窺える。


「俺は別に家がちょっと大学から離れようがどうってことねえし、もし航も大学進学するって言うなら、航の大学に近い所にすれば良いって思ってる。でもこれはただの俺の希望で、航にも都合があるだろうから…だから航の進路聞いてみた。」

「……びっくりした、何言い出すのかと思った。…別れ話でもすんのかと思った。」

「え、…しねえよ。」


るいは少しばつが悪そうにそっと俺から手を離して、ほんのりと顔を赤らめたままそっぽ向いた。思わぬ方向に進んだ話の内容に、俺はにやけが止まらなくなった。

お先真っ暗だった俺の将来に、光が差し込んだような気分になったのだ。

なによりるいが、俺と一緒にいる“これから”を考えてくれていて、嬉しくて嬉しくてたまらない。だから俺は感情が高ぶり、勢い良くるいの胸に飛び付いた。

背中に手を回して、ギュッとるいに抱き着く。


「俺もそうしたい!!」

「ほんと?」

「うん!るいと離れるのはやだ!」

「…よかった、聞いてみて。…じゃあ航の進路も、ちゃんと考えねえとな?」


るいはホッとしたように息を吐いたあと、また、俺の頭を撫でながらそう言って、そして、にっこりと笑みを浮かべた。

俺はその言葉に、固まる。


「進路調査票白紙なんだって?」

「…あ、先生から聞いたんだろ。」

「先生すげえ悩んでたよ。白紙なのお前だけじゃねえみたいだし。」

「…だろうな。みんなお先真っ暗だよ。」

「なんでお先真っ暗なんだ?」

「バカだから?」

「いや、無知だからだろ。」

「…それ一緒じゃね?」


無知って知識が無いことだろ?
つまりバカもそれも一緒なんじゃねえの?

と思うが、るいは「全然違うだろ。」と言い切った。それは、俺がバカだから違いが分からないのか?

理解出来ずに首を傾げていると、るいは真剣な眼差しで俺を見つめて話し始めた。


「バカでもいろんな可能性はあると思うぞ?例えば専門学校っていう手もある。航はゲームが好きだから、ゲームのこと学べる専門学校とかを調べたり。航は運動すんのが好きだから、そういった職種を調べてみたりとか。

調べてるうちにもっとやりたいこと見つかるかもしんねえし。そしたら、勉強する意欲も湧くかもしんねえし。

別に今はやりたいことなくてもいいじゃん、でもそう言ってなんもやらずに無知のままでいるから、お先真っ暗なんじゃねえの?

とりあえずで良いから、なんとなくでもいいから、職種とか、ネットで調べてみたら山ほど出てくるぞ?

そしたら案外、進路のこと考えんのも悪くないかもしんねえよ?」

「…るいは頭良いからそんなことが言えるんだよ。」

「言っとくけどバカでも受け入れてくれる学校は山ほどあるんだからな、お前そんなことばっか言ってっともっとお先真っ暗になるぞ?

おせっかいだろうけどついでに言わせてもらうと、俺が希望する大学はまあ確かにお前からしたら難関だわな。でもそこからそう遠くない場所に2、3校大学がある。言っちゃわりぃがその中の1校に金さえ払えば受かる学校があった。

例えばこういう学校にしたってそれなりのことを学べるコースがあるわけだ。

そりゃ、金銭面で親の協力が必要だけど、でもバカでも学ぶ気さえあればやり方はいくらでもあるんだよ。

ちなみに言わせてもらえば、俺の希望する大学は学部によってはお前だってひょっとするとミラクル起こって受かるかもしんねえ。そしたら一緒に大学が通える。最高だな、っていう夢を俺は想像してみた。」

「…それは…最高だな。」

「目標を高くして別に受からなくてもその一個下のランクの大学には受かるかもな。」

「…ふむ。」

「要は気の持ちようだ。」

「…るいの受ける大学受験しよっかな。」

「そしたらお前、今日から勉強地獄だな。」

「どうせるいが教えてくれるんだろ?」

「もちろん。」


……なんたる幸せ者なんだ、俺。

もちろん。だって。

苦にも思わないように俺の言葉に頷いてくれるるい。

俺は、あまりに俺のことを真剣に考えてくれていたるいに、ギュッと胸が締め付けられたような気がした。

るいがこんなに考えてくれてんのに、俺が考えなくてどうするんだよ。

もう、俺は絶対にるいのことを離したくなくなってきたぞ。言っとくけどこれはるいが悪い。


俺はるいの首に腕を回して、ぶちゅっとるいの唇にキスをした。もっと深く、と思いながらるいの口を舌でこじ開ける。

食らいつくような勢いに、るいの身体が傾いて、ドサっとるいの身体を押し倒す形になっても、俺は構わずるいの唇にキスをした。


はぁ、と呼吸しながら唇を離し、るいのことをジッと見つめる。


「…いろいろ調べてみることにする。でも、将来とかどうこうより、るいと一緒に大学行きたいから、勉強いっぱいすることにする。…でも、その大学が無理でも、別の道考えて、俺も母さんに一人暮らしさせてほしいって頼むから、許可が出たら俺もるいと一緒に住みたい。」

「うん。一緒に考えていこ。」


るいは、俺の言葉に優しく微笑んで、そう言ってくれた。


嬉しくて、またキスをした。


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