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「航、さ、…進路どうすんの…?」


それは突然の問いかけだった。

今までそんな話は一度もるいとしたことがないが、俺たちはもう2年生で、考えなければいけないことだ。いや、そもそももう決まってないと遅い時期かもしれない。

進路調査票なんて紙も配られているが、俺はずっと白紙のまま。そろそろ担任に呼び出されるだろう。考えるだけで憂鬱なことだ。

でも、Eクラスのみんなそんな感じ。考えるの嫌だよな、なんてみんなで話してて、みんなで話してるから安心しちゃってるけど、いつかは考えなければいけないことだ。


そんな話題をるいに出され、俺はあからさまに不機嫌になった。


無言でスマホをいじる。


「…航?」と問いかけるるいは、なんだかちょっと苦笑気味で、それから暫くの間俺たちの間は沈黙していた。


「……るいは?」


自分が答えられないから、俺はるいに質問をそのまま返す。

するとるいは「俺は、大学に進学。」と答えた。頭の良いるいのことだ、きっと希望の大学に行けるだろう。

そして、俺とはどんどん遠い存在になるのではないだろうか。良い会社に就職したり、もっと凄い人物になるかもしれない。

確実に言えることは、るいと俺とじゃその可能性が違いすぎるという事だ。だってるいは、どんどん上へ行ける才能があるから。

今は寮生活で、いつも一緒に居るけど、いつかは離れ離れになる時が来るかもしれない。るいと一緒に居られるのは、卒業するまでの間だけかもしれない。


そんなことを考え始めたら、もっと進路のことを考えるのが嫌になった。


「…ふうん。」


俺はるいの言葉に頷いただけで、また黙り込んだ。なにも言葉が出なかった。進路の話は、したくないのだ。

けれどるいはまた俺に問いかける。


「航は、なんかやりたいこととかあんの?」


痛いことを聞いてくるな。だって俺は、夢とか全然ねえし、やりたいことも今は特に浮かばない。

大体の人は大学に行って、就職して、家庭を作るのだろう。でも俺はバカだから、仮に大学に行けたとしても不安しかないのだ。

ただみんなが行くから大学に行って、特に好きでもない勉強をして…、そんな未来のことなんて考えたくない。だから俺は、自分の将来と全然向き合ったことがない。


「……特にない。」


ぼそりとるいに答えると、るいは何も言わずに黙り込んで、ちょっと下を向いた。


『将来のこと考えろよ』とか言ってくるかな。って思ったけど、るいは何も言ってこなかった。

何も言ってこないから、何を思ってんのか分からなくて、ちょっともやっとする。

将来のこととか全然考えてない俺に呆れてんのか、とか思ってしまう。

どうせなら思いっきり呆れた表情を浮かべて、思ってることを全部言ってくれたらいいのに。


るいは何か考え込んでいるように、暫く口を開かなかった。


だから俺は、別れ話でもされるんじゃねえか、って思った。例えば留学するだとか、大学は他県に行くだとか。可能性としては十分にあることだ。

聞きたくないこれから先の話から俺は目を逸らすように、 意味もなくスマホでゲームを開いたり、ネット画面を開いたりする。

沈黙の中そうやっていると、るいは徐に口を開いた。


「航の将来に俺は口出しするつもりはねえけどさぁ…。」

「……うん。」

「寮出たらみんな進学なり就職なりして別々の道に進むことになるのは当たり前じゃん?」

「……。」


…あ、ほらキタ。嫌だ、聞きたくねえ。俺は頷きもせず、スマホ画面に目を向け、意味もなく画面に触れる。


「いつまでも同じ学校、職場ってわけにはいかねえし。……でも、」


そこまで言って、るいはジッと真剣な目で俺を見つめた。スマホ画面に目を向けながらも感じるるいの視線に、俺はゴクリと唾を飲み込む。


「まだ先の話されても困るって思うかもしんねえけど、ぶっちゃけ俺、卒業したあとのことがすげえ不安でさ。」

「…え、るいが?」


るいが、不安?

思ってもいなかった単語がるいの口から溢れ出たから、俺は思わず問い返してしまった。

そこでるいと目が合い、るいは俺を見たまま「うん。」と頷く。

だから俺は、そこで今思っていることが全部口から出てしまったのだ。


「いや、不安なのは俺なんですけど。やりたいこともねえし、バカだし大学行けるかどうかも怪しいし。るいなんか頭良いんだからやりたいこと選びたい放題じゃん。何がどう不安なわけ?」


ベラベラ勢い良く口から出た俺の言葉に、るいはまた暫し黙り込んだ。それから少しの沈黙後、またるいは徐に口を開く。


「…航が考えてる将来に俺は居るかなーって。…俺、航から離れたくねえから。…だから不安。」


るいから出た言葉は、俺の想像もしなかった言葉だった。俺は、自分の将来を不安に思っていたのに、るいは俺とのことを不安だと言ったのだ。

その瞬間、俺は無性に泣きたくなった。

俺だってるいとは離れたくねえけど。でも絶対、俺から離れていくのはるいの方じゃねえの?

るいにはたくさんの可能性があるから。俺なんかとは違って、るいは頭良い大学に行って、もっと難しいことを学んで、どんどん遠い存在になって…、いずれ俺のことなんか高校時代仲良かった奴、みたいな存在になるんじゃねえの?


勝手にどんどん想像していったら、なんか本当に悲しくなっていって、俺は無意識にギュッと強く唇を噛み締めていた。

目頭が熱くなってて、情けなくも涙が溢れそうになりながら、口を開く。


「…どうせ、いつか俺から離れていくのは、絶対るいの方だ。」


そう言った瞬間、俺の目からはポタリと涙が一粒だけ溢れてしまった。


俺は慌てて手のひらでその涙を拭うが、はっきりとその瞬間を見ていたるいが目を見開いて俺を見ている。

そして、るいの部屋のベッドに凭れかかっていた俺の元まで歩み寄ってきて、俺の身体にそっと腕を回してきた。


「…お前俺のこと全然分かってねえな。」


俺の身体を抱き締めたるいが、俺の肩に顎を置いてため息まじりにそう口にする。


「…泣くなら俺がなんて言おうとしたか最後まで聞いてから泣けよ…。」

「…泣いてねえよ。」

「今泣いたよ。」

「……。」


恥ずかしい。まさか涙が出るとは思わなかった。多分俺は、自分が思っている以上に不安だったのだ。自分の将来を考えることから逃げていたから。更に、るいが俺から離れていくことも考えれば余計に。

気まずくなりながら、俺は黙り込む。


「俺は自分が安心したいからこんな話してるんであって、別に航を不安にさせたいわけじゃねえから…。」


るいはそう言って、俺の頭に腕を回して、ゆっくりと頭を撫でてきた。るいの優しい態度に俺はホッと心が落ち着くものの、不安が消えるわけではない。

そもそも、“るい”が『安心したいから』と、言ってる意味がよく理解できない。しかしそんな俺に、続けてるいは俺の頭を撫でながら話し始めた。


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