5 [ 151/188 ]

「りな良かったね、りと先輩が迎えに来てくれて。私たちも安心だよ。」

「いいなぁりな、優しくてかっこいいお兄ちゃんが二人も居て。」


放課後、りとからメールが届くまで一緒に待っててくれている友人がりなにそんなことを言ってくるけど、りなに優しくてかっこいいお兄ちゃんは1人しか居ない。

だってりとは別にやさしくもかっこよくもないもん。意地悪だし、人のもんばっか食べるし、家ではゴロゴロしながらゲームばっかしてる。全然かっこよくない。


でもそんなりとが、もう今日で3日続けてりなのことを迎えに来てくれる。

話だけ聞いたらかっこいいのかもしれない。中学生の妹を迎えに来るだなんて。るいお兄ちゃんの方なら絶対してくれるけど、りとは自ら進んでは絶対しない。どうせお兄ちゃんに言われて来てるだけなんだ。

…でも、りなの背後を窺うように歩くりとは、いつもの家の様子とは違いとても頼もしかった。

いつの間にか広がっていたりととの身長差。大きくなったなあ、と思う。

意地悪だし、りなの嫌がることばっかり言ってくるけど、いざという時は頼れるお兄ちゃんだ。こっそり見上げると、不機嫌そうに後ろを睨み付けて歩くりとはちょっとだけかっこいい。…かもしれない。とても頼もしい。


「やっぱり今日も来てんな。ちょっと行ってくるわ。」

「…えっ!?」


りとがりなを迎えに来て3日目の今日、りとは背後を窺いながら、りなにボソリとそう告げた。

焦ったりなは、「ちょっと待って!?」とりとを止めようとするが、りとはどんどん背後の男に向かって歩み寄ってしまう。

背後の男もいきなり向かっていったりとに焦ったようにオロオロしていたが、りとは勢いよく男の胸倉を掴んで引き寄せた。


「お前俺の妹になんか用か?」


りとはグッと近付いた距離で、男をジロリと睨みつける。凄く、こわい。

男は顔面を真っ青にして泣きそうになりながら口をパクパクと開けたり閉じたりしている。


「なんだ?なんか言いたいことあんのか?はっきり言えや。」

「ぁ…ぇっと…、か、かわいい、なって…思ってて…っ」


苦しそうに口を開いて喋り始めた男に、りとは掴んでいた胸倉を少しだけ緩める。


「こ、告白、したいなって思ってて、でも勇気が出なくて…っ」


涙目でそう言った男に、りとは「チッ」と舌打ちしながら乱暴に胸倉から手を離した。


「うーわ、うーぜぇー!!お前言っとくけどただの不審者だからな!?ったくあーうざってえ!告白!?したけりゃさっさとしろよ女々しいな!どこの不審者かと思いきやただの告白かよ!やってらんねえわ!!」


りとは男にそう吐き捨てて、「告白だってよ!さっさと返事してこいよ!」とりなに不機嫌そうに告げながら、一人さっさと帰り始めてしまった。


「…あのっ、…ごめんなさい!!」


りなは男に頭を下げて、急いでりとの後を追う。ようやくりとに追いついて、不機嫌面なりとの隣に並ぶと、りとはジロリとりなを睨みつけながら見下ろした。


「まじ趣味悪ぃ奴多すぎ。」

「…うるさいな。」

「次あんな奴居たらお前自分で掴みかかりに行けよ、どうせただの告白だから。」

「…そうする。りとありがとう。」

「………。」


りなが素直にお礼を言うと、りとはりなに視線を向けながら黙り込んだ。


「…でもりと怖すぎ。ガラ悪。身内だと思われたくない。」

「あぁ?」


素直にお礼を言ったものの、言ったあとになんだか照れくさくなってしまい、やっぱりりとには憎まれ口を叩いてしまう。でもほんとはすっごく感謝してる。

だってここ数日間、ほんとうに怖かったから。でもりとが来てくれたから助かった。


りなが可愛くないことを言うから、りとも怒ってりなの頭を叩いたりするけど、なんだかんだ言ってりともりなのことが心配だったんじゃないの?って思う。だって、なんだかんだ3日間、りなのこと迎えに来てくれたんだから。

りなもなんだかんだ言ってりとのこと頼っちゃったし。

お互い素直じゃないなあ、って思う。りとと似てるとは思いたくないけど、そこはちょっとだけ似てるかも。


「うわぁ、すごい美男美女カップル〜かわいぃ〜!」

「「はあ!?ちがうから!!」」


突如りなたちを見ながらしている会話が聞こえて来て、りなとりとは揃ってツッコミを入れてしまった。

会話をしていた人は驚いて口を塞いでいる。


「うわ気持ちわりぃ、背筋ゾッとしたわ…!」

「こっちの台詞!りとあんまり近く歩かないで!」

「お前が並んで歩いて来たんだろ!お前があっち行け!」

「ちょっと!別に押すことないでしょ!ほんと乱暴!ちょっとはお兄ちゃんみたいにりなに優しくできないわけ!?」

「はー?無理に決まってるーんじゃあお前がもっと俺に可愛げある態度取ったらぁ?」

「うっざあ!りとまじでうざい!もうりな先帰る!」

「おー帰れ帰れ。俺お菓子買って帰ろー。」

「……あっ!りなも!この前りなの分食べたんだからなんか買って!」

「はー?やだねー。」



結局は口喧嘩しながら家に帰ったりなとりとだけど、まありなたちはいつもこんな感じで、りなが素直になっても照れ臭いし、りとがもし素直でも気持ち悪いから、これはこれでりなとりとの兄妹間はうまくいってるのかもしれない。


…と言いつつやっぱり意地悪だし人のもの食べるりとがうざいのには変わりないけど。

たまにはりとを頼るのも、まあ悪くないかな、って思った。





「はい、りと!りなのために放課後りなのこと迎えに行ってくれてたんだよね?りな、もう大丈夫って言ってたからお母さん安心した!ありがとうね!」


夜、部屋でゲームをしていた俺の元に、母さんが顔を出した。その手には、俺が望んでいたあいちゅーんカードが2枚。

………え、2枚??

俺は驚きながらそれを受け取る。


「るいがどうせりとが欲しいのそれだろ、って言うから。今回は買ってやってってお兄ちゃんが言うし、お母さんちょっと奮発しちゃった。大事に使いなさいよ?」

「…う、うん。サンキュー。」

「お兄ちゃんまたりなになんかあったらよろしくね。」


そう言って部屋を出て行った母さんに、俺は驚きを隠せない。手にあるのは2万円分のあいちゅーんカードだ。え、これはちょっとまじ…、え。…いいの?

いつも無駄遣いするな、と怒る母さんから渡されたから余計に。しかも、俺が欲しがるものも分かりきっている兄貴にも恐れ入る。

やっぱ兄貴には敵わねえ。

しかも2万円分って……

母さん兄貴の言葉に甘すぎ。


俺は母さんから貰ったあいちゅーんカード片手に、スマホを手に取り、兄貴に電話をかけた。思えば俺から兄貴に電話をかけることはそう無いから、きっと兄貴は驚くだろう。

…と思ったが、兄貴は案外すべてお見通しだったように『母さんから貰った?』と笑い混じりに聞いてきた。


「うん。2万円分だったからすげえ驚いた。兄貴母さんになんて言ったの?」

『りながりとのこと褒めてたらあいつの欲しいもん2倍にしてやって、って。2万円分ってことは、りなが母さんになんか言ったんだなー、良かったな。』


兄貴から聞いた内容に、俺はすげえ嬉しい気持ちになる。あの可愛げのないりなが、母さんには俺のことを褒めていた、ということだ。


「…2万円分。まじか。…兄貴サンキュー。」

『お、珍しく素直だな。』

「そりゃ、…2万円分だからな…。」

『ははっ。お前ご褒美もらうと素直になるよな。まあ喧嘩ほどほどに、仲良くやれよ。』

「…うん。」


素直に頷いた俺に、兄貴は笑い混じりに『じゃあな』と言って電話を切った。


そんな兄貴に、やっぱり俺は兄貴には敵わねえな、って改めて思ったのと、そりゃありなも懐くわな。って納得したのだった。


だって俺は、妹のものは食べるし、憎まれ口ばっかり叩いてしまう、素直じゃない意地悪な兄だから。


30. 矢田家のあまのじゃく おわり


[*prev] [next#]

bookmarktop

- ナノ -