3 [ 92/188 ]
「うわ、るいまじで来た。」
「うん。だってすげえ見たい、航の母ちゃん。どこにいんの?」
「これ。」
るいはきょろきょろと周囲を見渡して聞くもんだから、俺は背後でアキちゃんママと会話をしている母ちゃんを指差した。
俺の指す指の先を辿ったるいの視線が俺の母ちゃんで止まる。そして偶然にもるいの方を見た母ちゃんは、るいと目が合い、るいが軽く会釈をすると母ちゃんは口をポカンと開けて固まった。
「え?航のおともだち?」
「うん、矢田 るいきゅん。」
「ええっ!?ちょっとやだぁ!!るいきゅんすごくイケメンじゃなーい!!」
ほらな、すげえ食いついたよ。
その隣でアキちゃんママも「イケメンねえ」とるいを見ている。やはり誰が見てもイケメンか。素晴らしい、エクセレンッ!
「るいきゅんは何組なのー?」
マイマザーは1オクターブ高い声でるいに話しかけた。
「…あ、…Sです。」
そこでるいの様子を窺えば、るいは微かに肩を震わせて母ちゃんからの質問に答えている。
「え?S?…えぇ!?エスぅ!?」
「…あ、はい、…Sです…。」
おいおい、絶対笑いこらえてんだろ。
似てるって思ってんだろ。
バレバレなんだよ!!!!!
俺はるいをジトリとした目で見つめていると、母ちゃんは背後から俺の肩を両手で掴んで俺の肩を揺さぶってきた。
「ちょっとちょっとぉ!Sって言うたら頭レベルスペシャルのSやろ!?航ちょっと勉強見てもらったら!?」
ゆさゆさ、と俺の身体を揺さぶる母ちゃんは、小声でそんなことを言ってくるから、
「さっきの俺の応用問題の解きっぷり見てただろ?」
俺は母ちゃんにそう言って、「もうすでに勉強教えてもらってるよ、るいに。」とるいに視線を向けながら言うと、母ちゃんは「まじか!!」と驚きの声を上げたのだった。
るいは何も言わずに口を閉じてにこやかに笑っている。が、俺には分かる。にこやかに笑ってるんじゃねえ、あれは笑いをこらえているのだ。
再びジトリとるいを見つめていると、母ちゃんが「もー!あんたもっと電話かメールで話くらいしなさいよ!ほんっと何のための携帯か分かりゃしない!お母さんるいきゅんになにかお礼しなきゃいけないでしょ!?」と俺に文句を言ってきた。
「あーはいはいするする今度から。」
「いやしねーな。そう言って航から電話がきた試しがない。」
「絶対するから。」
「あっるいきゅん今度うちに遊びにおいでね!おばさんお料理作って待ってるから!」
チッ、人の言葉無視していきなり話変わりやがったぞこのババア。
「あ、はい、ありがとうございます。」
るいはにこやかな笑みを浮かべている。
「はぁん、もうるいきゅんほんとイケメンね、私があと20歳若けりゃ、「で、でたー!」……なに?」
ハッ。
「……なんでもありません。」
思わず俺が予想していた母ちゃんの台詞が出たから反応してしまったが、この反応はいけなかった。
しかし母ちゃん、20歳若けりゃと言っているあたり、自分がもうアラフォーのおばさんである自覚があるらしい。俺はホッと息を吐いた。
そこで休み時間終了5分前の予鈴が鳴ったから、「あ、では失礼します。」とるいが母ちゃんに会釈をしたあと、「航、またな」と俺にそう声をかけてるいは教室を出て行った。
そんなるいの一連の言動を眺めていた母ちゃんが、「るいきゅんやば」と呟いていたから、俺はドヤ顔で「だろ?」と言うと、「なんで航が誇らしげやねん」と母ちゃんに言われてしまった。
それはだな…、俺のるいきゅんだからだ。
*
「ちょっとるい!どこ行ってたのよ!お母さん探したんだから!」
「航んとこ。」
航のクラスの教室から自分の教室に戻ってくると、母さんが俺のことを探していた。6限目から来ると言っていた母さんは、どうやら休み時間のあいだに来ていたらしい。
「航くんのところ?それならお母さんも一緒に航くんのところ行きたかったのになー」
「行かなくていいって。」
そう言って、母さんに背を向け自分の席に着くと、仁が物凄い勢いで現れた。
「今の人るいのお母さん!?」
「そうだけど。」
「うわあ!初めて見た!!ちょー美人だな!!」
「お前の親は?」
「今日来れないんだってー、ラッキ〜。」
そう言いながら仁は俺の背後をずっと見ている。
「うおっるいのお母さんと目合っちゃった!!」
「見過ぎなんだよ!」
「だって〜まじ美人なんだもん、るいのお母さんが教室来てからみんな矢田くんのお母さんかな?って噂してたよ。」
「へえ。」
仁から視線を逸らして、机の中から次の授業の教科書とノートを取り出した。間もなく休み時間が終了するため、渋々俺の席から自分の席へ仁が帰っていったところで、俺は先ほどの航の母親とのやりとりを思い返した。
航が俺の家族を見たいと言うように、俺だって航の家族には興味がある。
航のお母さんは一体どんな人なんだろう、と昨日からずっと想像していて、そして今日、航のお母さんと言葉を交わすと、笑えるほどにその人は航にそっくりだった。
雰囲気とか、纏う空気とか。一瞬見ただけで、あ、親子だな。って分かるくらい。
背はあんまり高くなくて、小柄で、目元と口が航にそっくり。いや航が母親そっくりなのか。
黙っていれば可愛い感じなのに、喋るとまんま航だから俺は笑えてしょうがなかった。
[*prev] [next#]