1 [ 82/188 ]

「航くーん、ごはん行こ。」

「……え?…あ、うん。」


昼休みに俺のクラスの教室に現れたるいは、今日はやけに機嫌が良いのか、背後から俺の首に両腕を回しながら声をかけてきた。席を立ったところで俺の首から腕を離したるいは、いつもとそう変わりない無表情でぎゅっと俺の手を握ってくる。

多分これには裏があるな。そうでなければるいから俺にベタベタくっついてくるなんておかしいから。


「るいきゅん、要求はなんだい?」

「は?要求?」

「なにか要求したいことがあるんだろ?」

「はあ?」


俺の問いかけにるいは、意味わからなそうに首を傾げた。わざとらしいぜ、このこの。

俺は肘でるいの腰をつつく。そんな俺たちのやり取りをクラスメイトが窺いながら、ヒソヒソ陰口言われていることを俺は知らない。


「見せびらかしてくれんな。」

「なにあれ、航シネ!」

「矢田くん別人すぎる。」


まあそんなクラスメイトの様子はどうでもいいからさておき。俺の手に指を絡めてくるるいは、トントンとリズムを刻みながら俺の手に触れてくる。なんなんだろう、このむず痒い感じ。


「るいきゅん、だから要求はなんだい?」

「は?なにお前さっきから。」


あ、意外といつも通りのるいきゅんだ。

俺は何も言わず口を閉じた。するとるいはそんな俺の様子をまじまじと窺っており、「要求ねえ?」と呟いている。

いや、要求ないならいいのだよ。なにか要求があるのかと思ったから問いかけただけでさ。


「あーお腹減った。」


だから俺は、話題を変えるためにお腹をさすりながらそう言うが、「あ、オッケー。要求決まった。」とるいは変なことを言い出した。いやいやちょい待ち。


要求ないならいいんだってば『決まった』とかそんな、『今決めた』みたいな言い方しやがって。

俺は「えぇ?」と眉を顰めながらるいを見た。


「今日1日スマホゲーム禁止。」

「はいぃ!?なんで!?」

「航が要求要求っつーから要求したんだろ?」

「ないならいいんだって!!」

「だから1日スマホゲーム禁止。」


お、おれ絶対要らんこと言ったな!?

その時俺は思った。多分俺はバカだと。

……え?多分じゃないだろお前はバカだって?うるせえ知ってるわ!


ま、まあここは無言を貫いて、この話題は無かったことにしてやろうと思っていると、俺のズボンのポケットに入れていたスマホが震え、メール受信を知らせた。

メールを確認するためにポケットからスマホを取り出すと、それをひょいとるいに取り上げられてしまった。


「あっ!!!」

「やっぱ変更、スマホいじるの禁止。」

「無理に決まってる!」


俺は携帯依存症なんだぞ!?受験の時なんか母ちゃんに携帯取り上げられて、生きた心地がしなかったんだからな!生きてたけど!


るいからスマホを取り返そうとスマホに手を伸ばすと、るいは「これは俺が預かっとくな。」とにこりと笑って言われたから、俺はそんなるいの笑顔に恐怖を感じて、それからは何も言えなかった。





「あれ?るいあいふぉんにしたの?」

「んー…」

「なにやってんの?」

「メール。」

「友岡くんと?」

「お前ちょっと黙っててもらえる?」

「あ、はいごめんなさい。」


っていやいや、なんで俺怒られんの?
つーかなんか不機嫌じゃね?
え、なに友岡くんるいになにしたの?

俺はこっそりるいが持つあいふぉんを覗き込むようにるいの背後に回れば、るいは慣れない手つきで【 死ねよ 】と文字を打っていたから、俺はそんな友人に恐怖を感じ、サッとるいの元を離れた。これ以上るいに話しかけると、俺の命に危険を感じるからだ。


その後、少し離れた場所でるいを観察していたが、るいはジッとあいふぉんの画面を見つめている。

そして、キョロキョロと辺りを見渡して、俺の方へ視線を向けてきたるいは、ちょちょいと俺に向かって手招きしてきたから、俺はなんだなんだと少しビビりながらるいの元へ再び向かった。


「どうしたの?」

「これどうやって削除すんの?」

「ん?メール?」

「うん。」


頷いたるいに、メールの削除の仕方を教えるために画面を覗き込めば、画面には【 やっぱボインはいいよな。】と書かれており、その下には裸の女性の写真が貼られていた。

どうやらるいが見ている画面は、メールではなく、複数でトークができるグループトーク画面だった。


「え、これ誰とやってんの?」

「知らね。」

「おいおい。」


珍しいな、知らない奴とるいがグループトークをするなんて。そうしてるうちに、トントンと画面にはメッセージが送られてくる。


【 死なねーよ!お前が死ね 】

【 てか航スマホいじってなくね? 】

【 おーい航? 】


…とここで頭の良い俺はすぐに理解した。

このあいふぉんは、友岡くんのものだと。


「ちょっと貸して」とるいが持つあいふぉんを手に取ると、るいは不機嫌そうな顔をして俺を見上げてきたが、なにも言ってこなかったから、その友岡くんのと思わしきあいふぉんで文字を打った。


【 はいはーい、お呼びでしょうかー! 】


するとまたトントンと文字が送られてくる。


【うわっやっぱこれ航じゃねーよ! 】

【だれ!?航のスマホ持ってんの! 】


俺でーす!うはは、なにこれ超楽しい。


【 だれだと思うー? 】

【 正解はー☆ 】

【 この人でしたーヽ(゚∀゚)ノ 】


俺はそう続けて文字を送った後、カメラ機能でるいの写真を撮り、それをすぐに送信した。

その後、複数で行われているくせに、そのグループトークの返信は1度も返ってこなかった。


「うわ、返信止まった。」

「お前なに人の写真撮ってんの?」

「でもこれで返信止まったよ。ところでなんでるいが友岡くんのあいふぉん持ってんの?」


怒られるのはごめんだ、と俺はるいに早々に話題を振ると、「俺が持ってたら悪いかよ。」と言うから、「いや別に。」と言ったところで、休み時間終了のチャイムが鳴り、俺は友岡くんのあいふぉんをるいに返して、席に座った。


[*prev] [next#]

bookmarktop

- ナノ -