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【 file3:航と黒瀬拓也のその後 】


元生徒会長、3年Sクラス 黒瀬 拓也は、暇を持て余した放課後、なにか面白い本はないかと一人図書室へ赴いていた。


生徒会長で無くなったからといって、黒瀬 拓也の人気が落ちるようなことは勿論無く、図書室へ足を運んでいた生徒たちの視線を集めている。

が、声をかけれる者など居らず、皆その姿を見ているだけだ。

静かな図書室内は基本のことで、その室内に聞こえるのは人々が本をめくる音くらい。


そこに、黒瀬 拓也がよく知る人間の鼻歌交じりの声が聞こえ、黒瀬 拓也は「…ん?」と視線を声がする方へ向けた。



「あ、うーっすたくや〜ん」


図書室へ現れたのは、そこにいるのが不自然なくらい図書室が似合わない男、2年Eクラスの友岡 航だ。



「誰がたくやんだ。」

「え、あんたあんた。」

「誰があんただって?」

「やだなあもう、黒瀬先輩のことですよ。」

「なら最初からそう呼べよ。」

「はーいごめんなさーい。」

「…まあ。いいけど。別に。たくやんで。」

「いいんかい。」


親しげに話す2人。

馴れ馴れしすぎだろ、友岡 航。
お前年下だろ?敬語はどうした。
しかも黒瀬元会長様に向かって。


感じることはたくさんあるが、友岡 航のバックはとても怖いので、彼らはそっとそんな光景をただジッと耳を澄ませて眺めるだけである。


友岡 航のバックとは。

言わずもがな、矢田現生徒会長のことである。





「お前なんでこんなとこ来てんだ?調べもんか?似合わねーなあ。」

「うわ、失礼。るいきゅんが生徒会終わるまで勉強して待ってようと思ったんだよ。偉いだろ。」

「おー偉い偉い。」


ふらりと図書室に現れた航の所為で、一気に読んでいた本の興味が失せてしまった俺は、開いていた本を閉じた。


机に鞄を置いた航は、ふらふらと本棚の方へ向かっていく。おーい勉強はどうした。


俺も椅子から立ち上がり、なんとなく航の後を追いかける。


「ここ漫画ねえの?」

「ねえよ。お前勉強やるんだろ?」

「んー。もうちょっとしたら。」

「さてはやる気ねえな。」

「あ、バレた?」

「相変わらずだなお前は。」


矢田がビシバシやってんのかと思ったら。あいつもまだまだってことだな。

そう思ったら少し笑えて、キョロキョロと本棚を物色している航を暫し観察することにした。


「…あんま面白くねえな、図書室。」

「そうでもないぞ?人気ある作家の新刊とかわりとすぐ入ってくるから本好きにはもってこいの暇つぶし場だ。」

「本好きにはな。俺はどっちかと言うと嫌いだ。自慢じゃねえが本を読み切ったことが無い。」

「おお、すげえ自慢だなそれは。さすが航くん。」

「バカにすんなよ?」

「自分から言ってきたんだろ。」

「おっと、そうでした。」


ペロリと舌を出してきた航のデコをペシンと叩いてやった。なんとなく。こいつにはクセのように手が出てしまう。

「いてっ!!」と痛がる航が、多分、見てて楽しいのだ。


「図書室おもしろくねーし、勉強やろっかなー。」

「教えてやってもいいぞ。」

「あ、まじ?それ助かる。」

「お礼になにしてもらおっかなー。」

「おいおいたくちゃん礼を求めるのかい!」

「たくちゃんって誰だ、たくちゃんって。」

「あーはいはい、拓也先輩拓也先輩。」


ころころ呼び方変わるな、こいつ。

今までずっと『会長』って呼ばれてたから、違和感感じまくりだ。

そう思いながら、図書室の机の上に置いた鞄の元へ戻り、椅子に座った航の隣に俺も腰掛け、教科書や筆記用具を取り出している航の様子を眺める。

一通り準備が整った状態でふとこちらを向いた航は、ちょっと驚いたように声を上げた。


「近っ!!びっくりしたわ、真横かよ!」

「しっ。静かにしろよ。」

「もー会長まじびびるわ。」

「会長はお前のカレシだろ。」

「あっそうでしたね。てへ。」


航はそう言ってペロリと舌を出した。

自分で言っときながらちょっとムカついた俺は、まだ未練タラタラか。航のことは今でも構いたいと思ってしまっている自分がいるから。


「じゃあさー、黒瀬先輩かー、拓也先輩かー、たくやんかー、たくちゃんかー、たっくんのどれがいい?」

「呼び方?」

「そそ。会長にはお世話になったから特別に選ばせてやろう。」

「なんで上から目線なんだよ。」

「え、だって会長俺のこと好きだったから。」

「それ自分で言うのかよ。」


好きだった、って。こいつの中ではもう過去形か。人間そんなにすぐに好きって気持ちはなくなんねえことをどうせこいつは知らねーんだろうな。


「そんじゃー拓也先輩だな。」

「オッケーイ拓也先輩なー。」

「やっと航も俺を敬うようになったんだな。」

「は?拓也先輩って呼ぶだけでか?なんなら“先輩”取っても良いけど?」

「なんでお前はそう反抗的なこと言うんだよ。まあそれでこそお前っぽいけど。」

「拓也ぁー早く勉強教えろよぉー!」


航はわざとらしくニヤリと笑いながら俺の名を呼び、頬杖をつきながらペラペラと教科書を適当にめくった。


「うわ、なんだこいつ。」

「あ、拓也ここ、ここー。ここ教えろよー。」

「お前やっぱ俺のこと全然敬ってねえな。」

「いやあ尊敬してますとも。ぶっちゃけまじでいろいろ感謝してる。」

「……へーそうかよ。」


珍しく真面目な顔した航にそんなことを言われたから、俺は暫し反応に困った。

しかしその直後、航はまた元通りの態度で、


「あっれー、拓也ったらちょっと照れちゃってんじゃねーのー?なーなー拓也ー。」


と俺の顔を覗き込んできたから、俺は相変わらずの生意気な航の頭を両手でグシャグシャにかき混ぜ、ほっぺたをぎゅっと引っ張ってやった。


「うわっ!バカ!俺今日の髪型はちょっと良さげだったのに!」

「心配すんな。どうせいつも同じ髪型だ。」

「あーもう早く勉強やんぞ!」

「うわ、それお前が言うようになったとか。」

「真面目な俺に拓也くん泣いちゃう?」

「自分で真面目って言うあたりまだまだ。」

「チッ」

「あ、お前今舌打ちしたな。」

「してません。」


こうして勉強するすると言いながら、その後俺たちが勉強をすることは無かった。

久しぶりの航との会話は楽しくて、ついつい会話が弾んでしまったのだ。


あーあ、過去に航と矢田を会わせなければ、今頃何かが違っていたかもしんねえのになあ。とほんの少しだけそんなことを考えてしまった俺は、多分まだまだ航のことが忘れられないでいるらしい。


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