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それからは普通の穏やかな日常、みたいな感じに物語ははじまった。さっきの青白い顔の女はなんなんだよ、いつどこで出てくるんだよ、と思わせるのが絶対に初っ端のあのシーンの意図だろうと俺は考える。

暫く穏やかな映像は続くが、これはホラー映画だ。そう長くは続かない。俺は空気が読める男だ、そろそろ来るぞ、というのは雰囲気ですぐにわかるのだ。

だから俺は、るいが乗っているベッドにもそっと乗り上がり、るいの背後に腰を下ろした。

るいはそんな俺の方へチラ、と視線を向けてくるが、構うな。これこそまさに見たがりの怖がりが取る行動なのだから。


シーン…静かだ。室内が。そして、テレビの中も。BGMも、話し声もない。危険だ、とても危険な雰囲気…そろそろ来るぞ…

主人公は、真っ暗な廊下を進んでいる。バカだな、そんなの出るに決まってるじゃねえか、「出たあああああ!!!ほらやっぱり出たあああああ!!!!!」


俺はるいの腰元から顔を覗かせて恐怖シーンを見ることに成功した。


「ちょ、声でけえ。」


るいはそんな俺の頭をパシンと叩く。
この人余裕だ。


青白い顔の女を見た主人公は走る。
走って、逃げ込んだ先はトイレだった。

ばっかやろ、お前なんでそこに逃げ込むんだよ!!!トイレは逃げ場がねえんだよバカだな、いくら個室の鍵を閉めててもな、そういうのはな、「上から出るんだよバカァァアアア!!!!!」

ほらな!ほらな!ほらな!!!

「だから声でけえって。」

るいはもう一発、俺の頭を叩いた。
すまんがここは大目に見て欲しい。

上から現れた青白い顔の女を見た主人公は、慌てて個室から出てまた逃げ回る。ほら結局逃げ回るんならトイレになんか最初から入んじゃねえよ!

俺はドクドクと騒がしい心臓で、るいの腰に手を添えながら次の恐怖映像に備える。勿論、見たがりの怖がりな俺は、薄目を開けてるいの背を盾にテレビ画面を見ている完璧な状態である。

さあ、来いよ。オバケ来いよ。と思うが、暫しオバケの一服タイムが来たようだ。

再び穏やかな日常映像に戻る。


「…ふう。」


そして俺も一服。るいの腰に両腕を回して、肩に顎を置いてみちゃったりなんかして。らびゅらびゅターイム、なんちゃって「うわあああああ!!!!!まじかこれは予想だにしていなかったァァァ!!!!!」


るいの肩に顎を置いて、モロにテレビ画面を見てしまっていた時、普通の日常映像かと思いきや、主人公の背後にバン!と青白い顔の女が現れたのだ。

俺はあまりの衝撃に、四肢をるいの身体に巻き付け、るいの顔の真横に自分の顔面を埋めた。

あ、いい匂いする、…じゃなくて。

今の反則だろ。言っただろ、俺は見たがりの怖がりで結局はただの怖がりなんだ。

ギュー、とるいの身体を恐怖のあまり締め付けていると、るいはトントン、と俺の頭を叩いてきた。

チラ、と僅かに顔を上げたところで、るいは俺の身体を前に引っ張り、俺をるいの足の上に座らせた。

え、なにこの恥ずかしい体勢………

そしてこれじゃあ盾が無いからテレビ画面モロ見えじゃねえか!と俺は盾代わりの枕を手に取ろうとするが、それよりも先にるいの両腕が俺の首周りに回り、そしてるいは俺の肩の上にさっき俺がしたように、顎を乗せてきた。


うわ、なんかすっげえいい感じなんだけど。しかしホラー映画のせいでそれもプラマイゼロ。けれどこれは…


「なかなかに安心感があるな。」

「だろ。もうでけえ声出すなよ。」


……いや、それはどうだろうか。

実はまだテレビ画面ではヤバイ状況が続いている。いつヤバイのがきてもおかしくない。


「うわっ来た、逃げろって、もおおなにちんたらしてんだよやられんぞ!」

「だから声でかいって。」

「あああ来る!来る!」

「聞いてんのかよ俺の話」

「うぎゃっ、え、あのっ」


ちょっと待ってそういうことする時は一時停止しようよ。俺は突然るいが俺の耳を舐めてきたから、ゾッと肩が震えた。

そしてペロ、と耳の裏を舐めた次に甘噛みされて、ちょっとこれは照れくさすぎて映画見てるところではなく一時停止をさせていただきたい。


「るいさんどうしましたか…。」

「別に?お前が俺の話聞かねーから。」

「なんか言ったっけ…?」

「声でかいって何回も言っただろ。」


……ああ、それね。いやでもホラー映画で絶叫無しでは無理だって。


「ギャ、来てたっ」


チラ、とテレビ画面を見ると青白い顔の女がまさに主人公に襲いかかってるシーンだったが、俺は咄嗟にるいの腕に顔を伏せた。

しかし見たがりとしてはここはなんとしても見ないといけないシーンなので、チラと薄目を開けてテレビを見ると、多分このシーンがこのホラー映画の山場で、青白い顔の女が主人公に乗り移っているようなシーンで、当然俺は、


「あああああむぐっ…!!」


恐怖シーンに声を上げるが、しかしその時にるいに唇を塞がれたから、俺はそこで声を出すのを止めざるを得なかった。


俺の背後から片手を俺の顎に添え、俺の口全体を覆うようにるいの唇が合わさってきた。俺は咄嗟に目を塞ぐ。

テレビからは『キャー!!!!!』と悲鳴が聞こえているほどの恐怖シーンだろうが、俺は目を閉じてるいからのキスを甘受した。


るいの髪が顔に当たって少しくすぐったい。身体を捩らせて、俺はるいの方へ身体を向ける。


少し唇は離れてしまったから、またもう一度、今度は俺からちゅうとるいの唇に吸い付いた。


両腕をるいの首に回し、グッと距離を詰める。が、そこでるいはトントンと俺の頭を叩いてきて、


「多分ラストシーン。」


そうテレビを指差しながら言ってきたので、俺は振り向いてテレビに視線をやるが、


「うわああああぁぁぁ!!!!!」


テレビ画面いっぱいに主人公にオバケが乗り移った様子の顔面が映り、そこで映画は終了した。

隣の部屋から『ドン』と壁を叩く音がする。


「あ、ほらお前の声うるせーからりと怒ってるわ。」

「じゃあなんで最後のあのシーン見せたんだよ!」

「お前見たがりなんだろ、最後見とかねーと絶対あとで巻き戻せっつーだろ。」

「……よく俺のこと分かってるな。」


その通りである。

こうして、俺とるいのらびゅらびゅホラー映画閲覧会は終了したが…


「るい、俺ホラー映画見た後は怖いから一緒に寝よう。」


そう言った俺に、るいは文句のひとつも言わずに俺をベッドの上に招いたから、俺はまたそれが、ホラーに感じたのだった。


「『あほかそっちで寝ろ』とか言うかと思った。」

「じゃあそっちで寝ろよ。」

「やだ。」


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