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友達と会話を終えたりなたちは、一人で女のマネキンを眺めている航くんの元へ戻った。
「航くん、お兄ちゃん戻ってきた?」
「まだー。ちょっと遅いな?電話してみるか。……あ、もしもしるいどこ行ってんの?遅くね?……あそうなんだ、へーい分かったーがんばれー。」
「お兄ちゃんなんだって?」
「中学の友達に捕まったって。撒いたらすぐ戻るだって。」
「あらら、なかなか撒けないんだ。ってことは女の子だね。」
「よくある感じ?」
「うん、しょっちゅう。」
りなが友達に会ったように、お兄ちゃんが知らない人でも向こうは知ってる、ということが多いから、こういう大きなショッピングモールに来ると声をかけられることは多いのだ。
「お兄ちゃん友達に捕まっちゃったみたい。どうする?一緒に待っとく?」
「えーうそ、どーしよーあたし今日家族と来てて今ちょっと別行動してただけなんだよね…。」
「んーまあまた機会はきっとあるよ、戻りなよ。」
「ううー。るい先輩に会いたかった〜っ!りな、また連絡して!」
「うん、分かった!またね!」
友達はそう言って、とても残念そうにしながら去っていった。
「まじでモテモテだな。るいって中学時代何人くらいと付き合ってたの?」
「お兄ちゃん多分彼女居たことないんじゃないかな??」
「えっまじで!?」
「うん、女の子あんまり得意じゃないみたいだし。バレンタインの日とか毎年げっそりしてたよ。見ててちょっと可哀想だった。」
「まじか!!!!!」
航くんはその話が意外だったのか、声を上げて驚いていた。
「そうかそうか、彼女居たことないのか〜。」
「なにニヤニヤしてるの?言っとくけどお兄ちゃん、告白なら何回もされてるんだからね!彼女居たことないからって、そこらのモテない男子とは違うんだから!」
「りなちゃん、大丈夫。別にお兄ちゃんをバカにしてるわけじゃねえから。」
航くんはポン、とりなの肩に手を置いて、にっこりと笑った。
そんなりなたちの側を通ろうとしていた人たちが、多分りなたちに向かって「あのカップル可愛いー」という声を向けてきたから、りなはちょっとだけ恥ずかしくなった。
航くんは全然その声に気付いてはおらず、「りなちゃん?」とりなの顔を覗き込んでくる。
「航くんは、…彼女いるの?」
そういうば、さっき言ってた好きな人。
その人とは今、付き合ってるの?
「えへへー。」
りなの問いかけに航くんは、そう言って照れたように笑って、ポリポリと頬を掻いて、そしてまた、口を開いた。
「彼女じゃねえけどー。でもすげえ好きー。」
なんだ、航くんの片想いなんだ。
りなは、何故だかホッとした気持ちになった。
そして、ほんとうにその人のことが好きなんだなあ、と思えるほどの照れくさそうな笑みを見せられて、りなは何故だか少し、モヤッとした気持ち悪い気持ちになったのだった。
「…わりぃ、遅くなった……ってお前ら何やってんだ?」
航くんとそんな会話をしていたところで、ちょっとグッタリしたようなお兄ちゃんが帰ってきた。
りなの肩の上にある航くんの手を見て、お兄ちゃんは眉を顰める。そして航くんは、無言でスッとりなの肩から手を退けた。
「るいお兄ちゃんがおモテになるおはなしをしていたのだよ。な、りなちゃん。」
にこにこと笑ってりなに問いかける航くんに、「うん。」と頷く。
「さっき友達に会ったんだけど、お兄ちゃんに凄く会いたがってたよ。家族と来てるみたいだからお兄ちゃん戻ってくるの遅いしもう行っちゃったけど。」
「へえ。…で、なにお前はニヤニヤしてんだよ。」
「ん?……んーふふふふふ。」
何も言わずに笑っている航くんに、お兄ちゃんは眉間に皺をグッと寄せる。うわ、お兄ちゃん凄く機嫌悪い…。
「チッ」と舌打ちをしたお兄ちゃんは、また航くんの頭を一発叩いた。「いってえ!?」と頭を抱えて痛がる航くんに、お兄ちゃんは「お前いい加減にしろよ」と何故か怒ったように吐き捨てたのだった。
りなは、そんなお兄ちゃんの言動が不思議で不思議で仕方なかった。
どうしてそんなに不機嫌なの?
『いい加減にしろ』ってどういうこと?
そもそもなんでお兄ちゃんは、航くんに怒るの?
「えー。ちょっとるいきゅ〜ん?」とお兄ちゃんの顔色を窺っている航くんも、ちょっとよく分かっていない様子に思えた。
その後不機嫌なお兄ちゃんは、わざとらしくチラチラとお兄ちゃんの様子を窺っている航くんのお尻を蹴ったり、頭を何度も叩いたりしている。
ほんとうに不思議。
りともお兄ちゃんによく叩かれたりしているけど、ここまで理由も無く暴力を振るっているお兄ちゃんを見たことがない。
「…お兄ちゃん、航くんのことちょっと叩きすぎじゃない…?」
りなはあまりにお兄ちゃんの乱暴っぷりが気になって、そう声をかけてみると、お兄ちゃんは「あ?」と不機嫌そうな顔でりなに視線を向けたから、りなはちょっとお兄ちゃんが怖くてびくりと肩が跳ねた。
けれどお兄ちゃんはけろっとした顔で言う。
「良いんだよ、航だから。」
「特に意味のない暴力が俺を襲う。」
そして、そんなことを言われた航くんも、けろっとした顔でそんなわけのわからないことを言っている。
「変なの。」
「だろ。こいつまじで変な奴だから。」
……変なのはお兄ちゃんもだよ。
澄ました顔でペットボトルに口を付けてお茶を流し込んでいるお兄ちゃんにそんな感想を抱いているところで、「あっ一口くれ」とお兄ちゃんの持つペットボトルに手を伸ばす航くん。
お兄ちゃんは何も言わず航くんにペットボトルを手渡していたけど、その様子はもういつものお兄ちゃんに戻っていて、「このあとどうする?」とりなに問いかけてきたのだった。
それからはいつもと変わりないお兄ちゃんで、相変わらずの視線を感じながら、そしてたまにお兄ちゃんの知り合いに話しかけられたりしたりして、ぷらぷらと適当にお店を見ては気に入ったものがあったら購入し、一通りお店を見終わって、時刻は17時を過ぎたあたりで家に帰ることにした。
「ただいまー。」
「あ、おかえりー。りな、お兄ちゃんたちがお風呂使う前にとっととお風呂入っちゃいなさい。」
家に帰るとお母さんにそう言われ、頷いてりなはお風呂に入る準備をする。
「はー、るいの地元での有名度に恐れ入った。」
「別に有名じゃねえよ。」
「有名だよ。どんだけ人に声かけられてんだよ。尋常じゃなかったぞ。」
航くんは家に帰ってきて、「はーやれやれ。」と疲れたように玄関に座り込んでいる。
「部屋クーラーつけてやるから早く立てって。」
「るい引っ張って。」
「あほか。」
……あ、引っ張ってあげるんだ。
『あほか』とか言って航くんの両手を持って、航くんの身体を引きずるお兄ちゃんは、そのまま乱暴に航くんをお兄ちゃんの部屋に押し込んだ。
この、言ってることとやってることが間逆なのは何度目だろうね。
「お母さーん、お兄ちゃんがなんか別人みたい。」
「んー?どうして?」
「お兄ちゃん航くんに凄く乱暴。」
「あらら。それで航くん怒ってない?」
「んーん。特には。」
「それなら良かった。航くんといるとるい楽しそうだから、ついつい手が出ちゃうんじゃない?」
お母さんはそう言って、笑っていた。確かにそのお母さんの言うことは、あながち間違ってはいなさそうだ。
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