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「りなー、ちょっと手伝ってー!」


その後、キッチンからお母さんに呼ばれたから、りなはお兄ちゃんの部屋を出る。


「お兄ちゃんの友達なんだかすごく予想外で驚いちゃった。」


お母さんに昼ごはんをテーブルに運ぶように頼まれたから、お皿を運びながらお母さんにお兄ちゃんの友達を見た感想を話す。するとお母さんは嬉しそうに笑って口を開いた。


「お母さんも。るいがあんなに高校の友達と楽しそうにしてるとは思わなかったわ。」

…うーん。…楽しそう、…ねえ。

あれって楽しそうって言うの?


「りな、お昼ごはんできたってお兄ちゃんと航くん呼んできて!」

「はーい。」


さっそく昼ごはんを張り切ったお母さん。テーブルの上にはたくさんの食べ物で賑わっている。再びお兄ちゃんの部屋へ向かい、「お兄ちゃーん、お昼ごはんできたよー」と扉を開けると、お兄ちゃんと航くんは2人揃ってりなへ視線を向けてきた。


「ああ、サンキュー。航、飯だって。」

「おーやったー。続きはあとでだな。」

「なにやってたの?」

「航が変なスマホゲー始めたからそれ見てた。」

「…ふうん。」


なんかよくわかんないけど、距離近くない…?
航くんが持つスマホを覗き込んでいるお兄ちゃんは、航くんのぴったり真横に座っていたから、なんだかちょっと変な感じ。


「るいママの昼飯たのちみ。」

「絶対そうめんだと思う。」

「なんで?」

「俺がそうめん好きだから。」

「夏だもんな。」


会話ちょっとズレてるけど大丈夫?


「そうそう夏だから。」


…あれ、会話続いてる。変なの…。


「俺流しそうめんで流れてくるそうめん口で取って顔面そうめんまみれになったことある。」


…うわ、この人バカなんじゃないの…?


「お前バカなんじゃねえの?あ、お前バカだったな。」


…あ、やっぱりバカなんだ。なんでそんなバカな人と、お兄ちゃんみたいな優秀な人が仲良いの?…変なの。

りなはなんだか複雑な気持ちになりながら、お兄ちゃんと航くんのやりとりを眺めていた。


「おお!そうめん!!」

「やっぱり。」

「やっぱりって何よーるいが好きだと思ったからいっぱい茹でたのよ?」

「夏ですもんね!お母さま!!」


この人お母さんにもズレたこと言ってるよ。大丈夫?


「そうそう、夏だもんねー!」


あ、お母さん結構ノリいいね。
お母さん、りなは知ってしまったよ…
航くんってすっごいバカな人なんだよ。


「はう…っるいお母さまのお美しいスマイルっ、とてもお美しい…!」

「やだー航くんったら!おばさん照れちゃう!」

「おばさんだなんてそんな!!ご謙遜なさらずに!!」

「お前謙遜って言葉知ってたんだな。」


お兄ちゃんはそう冷めた口調で言って、椅子に座る。側で突っ立っていた航くんの分の椅子を引いて「座れよ。」と促すお兄ちゃんは、優しいのかなんなのか分からない。

航くんが席についたところで昼食タイムとなり、お母さんはお兄ちゃんと航くんに、学校での様子をあれこれ聞いていた。

学校でのお兄ちゃんの話を航くんから聞けて、お母さんはとても嬉しそうだった。お兄ちゃんはあまり自分のことを話さないから。


「生徒会長ですげえ人気者」と言った航くんに、お兄ちゃんは自分のことを話されて、ちょっと嫌そうにしながらも、その頬は少し赤かった。



お昼ご飯を食べたお兄ちゃんは、「どっか出かけるか?」と航くんに声をかけた。


「うん行く行く!」

「つってもこの辺なんもねーけど。」

「あ、そうそう、ついこの前オープンしたショッピングモールがあるわよ。電車二駅くらい乗ると行けるからそこに行ってくれば?」

「あっ!りなも行きたい!!」

「りなはこの前お母さんと行ったじゃない。」

「お兄ちゃんと行きたい!!」

「お兄ちゃんは航くんとお出かけするのよ。りないい年してそんなこと言ってお兄ちゃん困らせちゃダメ。」

「そんな時は航おにーちゃんの出番ではないでしょうか?航おにーちゃんなら困らせても困んねえぜ?」

「お前なに言ってんの?」

「ん?なにっておにーちゃんごっこ。」

「意味が分からん。…はぁ。別に俺は良いけど。りなも来れば?航が良ければ。」

「航おにーちゃん、りなも一緒に行っていい?」

「っくう!あざといっ!勿論だとも!」


りなはこの時思った。
この人の扱いはとても簡単そうだ、と。

「航おにーちゃんありがとー」とにこりと笑って言うと、航くんは再び、「っくうっ!たまらん!」と声をあげたから、りなもお母さんもそんな航くんを見て、クスクスと笑っていた。

航くんはバカだけど、楽しい人だなって思った。きっとお母さんも、そう感じたに違いない。

けれどりなは、この時あることに気付いた。

それはとても分かりにくい様子だったけど、りなには分かる。だってりなは、お兄ちゃんのことが大好きで、いつもお兄ちゃんのことばかり見ていたから。


お兄ちゃんはなんだか少しだけ、浮かないような顔をしていた。


やっぱりこの歳になって、妹連れて出掛けるって嫌なのかな?って、りなはほんの少しだけ心配になったのだった。


けれど、出掛ける準備をして家を出る前に、「お兄ちゃん、りなもついてきちゃってごめんね?」と謝ると、お兄ちゃんはいつもの優しい様子のお兄ちゃんで、「別にいいよ、その代わり案内よろしくな。」とりなを見て少し笑みを浮かべたから、りなはお兄ちゃんのその言葉だけですごくホッとして、「うん!」と笑顔で頷いた。


家を出て徒歩10分ほどの距離を歩き、駅へ向かう。

中学生の時なんかはかっこいいお兄ちゃんと一緒に歩いているとたくさんの視線を感じていたけど、高校生のお兄ちゃんは前よりもっと大人びていて、大人な女の人もお兄ちゃんを見ている。やっぱりお兄ちゃんは、りなの自慢のお兄ちゃん。

…と思っていると、何故か突然航くんはスススとりなたちから距離を取って歩き始めた。


「…なんだ?」

「矢田兄妹注目度すげえ。俺一緒に歩くのやだ。矢田兄妹やだ、なんつって。」

「なにバカなこと言ってんだ?さっさと来いって、うざってえな。」


お兄ちゃんはそう言って、航くんの手首をグイッと強く引っ張りながら、駅までの距離を歩いた。

お兄ちゃん、言ってることとやってることが噛み合ってない気がするんだけど…。お兄ちゃんは航くんに、乱暴なくせにちょっと優しい。りなの知らないお兄ちゃんだ。りなはちょっと寂しい。


「りな?」


ちょっと俯いて歩いていると、今度はりなの方を見て名前を呼んでくれたお兄ちゃん。

りなの頭の上に手を置いて、「大丈夫か?熱中症になんねーようにな」ってりなを心配してくれた。…よかった、りなの知ってる優しいお兄ちゃんだ。


「るいきゅん俺の心配は?」

「お前は熱中症くらいが丁度いいだろ。」

「暑い…暑いよ…おれ溶けそうだよ…。」

「勝手に溶けて」

「どろーん……。」


だからお兄ちゃん、言ってることとやってることが噛み合ってないってば。『勝手に溶けてろ』とか言ってるクセに、いつまで航くんの腕掴んでるわけ?

りなにはちょっと理解できなかった。


駅に到着し、二駅までの切符を購入するために各自券売機の前に立つのだけれど、お兄ちゃんと航くんは券売機の画面を2人で一緒に覗き込んでいる。ほんとうに2人は仲が良い。

そして、「はい」と航くんに切符を渡しているお兄ちゃんはどこまでも優しい。

りなはなんだか置いてけぼりにされているみたいで、ちょっと寂しい。


「りな?行くぞ。」

「あっうん!」


でもこうやって、ふとした時に声をかけてくれるお兄ちゃんの気遣いに、りなは嬉しくなって、それだけで先ほど感じた寂しさはすぐになくなった。


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