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一週間前に、夏休みが始まった。
そして今日、高校から寮に入ってしまったりなの大好きなお兄ちゃんが、久しぶりに家に帰ってくる。お母さんの携帯に連絡があったらしく、りなは嬉しくて嬉しくてたまらない。早くお兄ちゃんに会いたい。
小さい時からずっとりなの面倒を見てくれた、優しくてかっこよくて、頭も良いりなの自慢のお兄ちゃん。友達にも羨ましがられる。りなのお兄さんはかっこよくて素敵だ、羨ましいって。
そんなお兄ちゃんにりなは早く会いたくて、朝からちょっとだけ可愛い服を着て、そわそわ落ち着かなく部屋をいったりきたりして、お兄ちゃんが帰ってくるのを待った。
そうしてお昼ちょっと前、ガチャ、と鍵が開く音がして、「ただいまー」とお兄ちゃんの声がしたから、りなは急いで「お兄ちゃんお帰りー!!!」と玄関へ走っていった。
クスクス笑いながらそんなりなの後を追うお母さんも、「るいお帰り」と家に入ってきたお兄ちゃんに声をかけ、その次に、「ん?」とお兄ちゃんの後ろを覗き込み、「航くん?」と誰かに呼びかけたようだった。
……航くん?…え、誰それ、
りなそんな話聞いてない!!!
「航?なにしてんだよ、早く入れよ。」
お兄ちゃんは後ろへ振り向き、お兄ちゃんの後ろにいる人に声をかけると、その人はチラ、と扉から顔を出した。
「……ハッ!お美しい!ひょっとしてるいきゅん、あっいや、るいくんのお姉さまでございますかっ!!」
「お前俺に姉いねーの知ってんだろ。」
お母さんと目が合い口を開くその人に、お母さんはクスクスと笑っている。その人の発言にお兄ちゃんはすかさずツッコミを入れた。
そして、「るいの母です」と言うお母さんに、その人は「お母さまでございましたか!!これは失礼いたしましたっ!」と直立した。
「わたくし、るいくんと健全なお付き合いをさせていただいております、友岡 航と申します!るいくんにはいつもお世話になっております!」
「いいからさっさと中入れって。」
「あ痛っ」
ベラベラと喋り始めたその人に、お兄ちゃんはバシンと強くその人の頭を鞄で叩きつけ、首根っこを引っ張り、家の中へ引きずり込んだ。
撫で撫でと頭を撫でながら家の中に入ってきたその人は、ようやくそこでりなの存在に気付いたらしい。
「あっ!!るいの妹!?」
「はじめまして、りなです!」
りなを見て叫んだその人に、にこりと笑って自己紹介すると、その人は「うわお!!!」と大きな声を上げた。
うるさくて、なんだかバカっぽい人。
この人がお兄ちゃんの高校の友達なの?
ちょっと予想外だなあ…。お兄ちゃんの友達は、もっと知的そうな人だと思ってたから。
「可愛い!!すげえ可愛い!!」
「ありがとうございます!」
可愛いと言われるのは嬉しい。それがお兄ちゃんの友達ならもっと嬉しい。お兄ちゃんの友達には、良く思われたいから。
「るいに似てる!!いくつ!?」
「中3です!」
「中3か!いいっ!可愛い!」
「ああもう早く歩け!俺の部屋こっち。」
りなに話しかけるお兄ちゃんの友達を、お兄ちゃんはまた頭を叩いて、ズルズルとその人の首根っこを乱暴に引っ張って、お兄ちゃんの自室へ向かった。
「ふふふ、仲良いわね。」
お母さんはそんな2人を見て、クスクスと笑っている。
「…お兄ちゃんの友達泊まってくの?」
「そうよ?言わなかったっけ?」
「聞いてないよ!!」
「あら、ごめんね。さて!お母さんお昼ごはん張り切っちゃう!」
そう言ってキッチンへ向かったお母さん。
玄関に一人取り残されたりなは、せっかくお兄ちゃんが帰ってきたのにさっさと部屋に入っちゃって!と、お兄ちゃんの様子を窺いに、お兄ちゃんの部屋へと向かった。
「るいのお母さま美人すぎんぜ。あれお姉さまでも通用すんぜ。一緒に歩いてたらお姉さまって間違われたことない?」
「ねーよ。」
「妹もやんべーな。可愛いすぎんぜ。あれは学年一の美少女だぜ。いや学校一だな。中3か。まだまだ味が出てくるのはこれからだな。」
「味ってなんだよ、味って。」
「そりゃあ、なんてーの?……色気?」
「ああはいはい。」
「あ、弟は?確か弟もいるって言ってたよな?」
「ああ、どっか出かけてんじゃねーの。それか部屋で寝てるか。」
「つーかるいの部屋予想外なことに意外と物がある。え、これるいの趣味?」
「違うに決まってんだろ、りなのだよ。なんでこんなとこにあるんだよ。」
お兄ちゃんの部屋の外から会話を盗み聞きしていると、お兄ちゃんの口からりなの名前が出たから、りなはそこで気になってお兄ちゃんの部屋の扉を開けた。
お兄ちゃんは猫の顔の形をしたりなのクッションを手にしており、そのままお兄ちゃんの視線はこちらへ向く。
「あ、りな。なんでここにこんなん置いてんだよ。」
「お兄ちゃんの部屋だと受験勉強がはかどるから、最近りな、お兄ちゃんの部屋に入り浸ってるんだよ。」
「へえ。私物持ち込みすぎだろ。」
「えへへ…」
「妹いいなー。俺も妹ほしい。」
「お前妹居たら普通に苛めてそうだな。」
「苛めねーよ!すげえ可愛がる!」
「いーや、お前は絶対苛めるよ。」
「なんでだよ!!」
「なんとなく。俺の弟がよくりなのこと苛めてるから。」
せっかくお兄ちゃんと会話してたのに、途中でお兄ちゃんの友達と話し始めちゃったから全然お兄ちゃんとおはなしできない!
…と思っているところで、お兄ちゃんは「な?」とりなに視線を向けてきた。
「あっ、うん!りと超うざい!りなの嫌がることばっかしてくる!ほんと意地悪!」
「これ。こんな感じ。航に妹居たら絶対こんな感じになりそう。」
りなの発言にお兄ちゃんは、りなを指差しながらお兄ちゃんの友達に視線を向けて、笑みを漏らした。
うわあ、こんなに楽しそうに笑うお兄ちゃんりな知らない…。高校生になったお兄ちゃんをりなは全然知らないから、高校の友達と居るときは、お兄ちゃんこんな風に笑うんだ、って思いながら、りなはお兄ちゃんのことを見ていた。
「ええ。そうかな?可愛いすぎて逆に苛めちゃうやつかな?るいの弟もそうかな?」
「あいつそんな可愛い性格してないよ!」
「あそうなんだ?つーかりなちゃんまじかわいーね?おめめくりくりほっぺすべすべ…っ痛っ、て」
「お前人の妹見てデレデレしすぎ。」
「いやごめんごめん、だってさ、これはまじ、可愛いすぎるだろ。」
あまりにりなのことを可愛い可愛いと言ってくるお兄ちゃんの友達に、さすがにちょっと恥ずかしくなってきたところで、お兄ちゃんは友達の頭をバシンと強く叩きつけた。
お兄ちゃんはこの人に、すごく乱暴だ。でも、お兄ちゃんの友達に可愛いと言われたことはたくさんあるけど、その友達がお兄ちゃんに怒られているのを見るのは初めてだ。
あれ?これって喜ぶべきなのかな?
だってお兄ちゃん、りなのために怒ってくれた…んだよね…?
「お兄ちゃんが怒るの珍しいね?」
「え、まじ?このお兄ちゃん俺に怒ってばっかだよ?」
「お前がバカだからだろ。」
「そしてこのお兄ちゃん凄く毒舌。あ、やっぱりりなちゃんには優しいんだな?可愛いもんな?クッソ俺も妹ほしいぞ。」
お兄ちゃんの友達は、そう言ってお兄ちゃんの太ももをどかっと蹴りつけた。
「痛いって。」
「りなちゃん、ちょっと俺のこと航お兄ちゃんって呼んでみ?」
「いや呼ばなくていいから。」
「え、えっと、」
「早く!航おにーちゃんって!」
「わ、わたるおにーちゃん…」
「んああああ良い!良いよりなちゃん!!これからは航おにーちゃんって呼んでくれたまえ!!」
「いや呼ばなくていいからな。」
「おいおにーちゃん要らんこと言うな!」
「お前におにーちゃんと呼ばれる筋合いはない!」
「るいおにーちゃんのいじわるっ!」
「きんも。」
これは、仲…良いんだよね…?
お兄ちゃんが友達とこんなやり取りをしているところを見たことが無かったから、りなは少し戸惑った。
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