6. 修学旅行の夜:るい [ 47/188 ]
和室の部屋で、男子6人。
布団を敷いて、のんびりと修学旅行の夜を過ごしていた。
6人中、1人は学年一のモテ男、矢田るいが寝泊まりする部屋だ。1人は矢田るいと最も仲が良い友人で。そして、
残りの4名は、矢田くんの寝顔やあんな姿こんな姿を写真に納めろと、たくさんの女子から頼まれている哀れな男子どもである。
「矢田ー、みんなで写真撮ろうぜ。」
まずは部屋メンバーで写真を撮ろうと目論む男子。しかし人が良いるいは「撮ってやるよ」と手を差し出す。
…が、それじゃあ意味がないのだ。
結局セルフタイマーで撮るということで、うまく矢田 るいが写る写真を撮ることに成功した男子である。
その後も男子は、るいのあれやこれやとしている姿を写真で残そうと企てる。
例えば荷物整理をしている姿とか、外の景色を眺めている姿とか。女子は何でもいいのだ、うまく矢田くんが撮れていれば。
しかし撮ろうとすると、絶対に邪魔が入るのだ。
「…あの、矢田くんいますか…?」
そうるいを呼び出す女子である。
修学旅行というのは、色恋面で盛り上がりやすいイベントである。そして、テンションも高まっているから、想いを寄せているあの人に告白してしまおう、と思っている子が多いのだ。
「いますけど。」
呼び出され、部屋を出ていくるいに、男子は「はぁ。」とため息を吐く。俺たちなにやってるんだろう。ふと、るいの写真を撮ろう撮ろうと必死になっていた彼らは我に返るのだ。
しかしるいはすぐに部屋へ帰ってくるから、また彼らはるいの写真を撮ろうと再び企てる。
鞄の中から歯ブラシを取り出し、洗面所へ向かったるい。ひょっとしてハミガキをするのか。その姿は絶対に撮らねばならん。
なぜなら女子に言われたのだ、矢田くんのハミガキしている姿は絶対に撮ってこい、と。注文の多い女子である。
洗面所から水の流れる音がして、シャカシャカとハミガキする音も聞こえてきたから、代表者が1人、カメラを持って洗面所へ向かった。
「矢田ー、ハイチーズ。」
……ふおおお!!!!!
これすげえレアなん撮れたんじゃねえの!?
代表はシャッターを切ったあと、すすすと洗面所から離れ、興奮したように小声で「見ろ!見ろ!!!」と男子たちにデジカメの画面を見せびらかした。
そこには歯ブラシを咥えてピースをしているるいの姿が写っていた。女子よ!これで文句は無いだろう!!!
男子たちは互いにハイタッチし合った。
そうしていると、再び部屋の扉がノックされる。
「はーい?」
「あのー、矢田くんに用が…」
「おれ?」
部屋の扉から顔を覗かせる女子に、ハミガキ途中のるいが洗面所から顔を出した。その瞬間、女子の顔は一気に赤く染まる。
「あっハミガキ中にごめんなさい…。」
「んぁー…」
女の子の言葉に頷いたるいは、再び洗面所へ消えていった。グチュグチュと口をゆすぐ音が聞こえ、ハミガキを終えたるいが再び洗面所から姿を現わす。
「ごめん、なに?」
「あっ、ええっと、ちょっと矢田くんと話したいなって…。」
どうせ告白である。
彼らはまたか、という目で、るいが部屋を出て行った後ろ姿を眺めていた。
数分後、やはりるいはすぐに帰ってくる。一体どのように話を終わらせて帰ってくるのかは疑問である。
ハミガキはもう終えているので、あとは寝るだけのるい。
「コンセント使っていい?」
「あ、どうぞどうぞ。」
「サンキュー。」
もう布団の中に入ってしまったるいは、頭先にあるコンセントに携帯の充電器を刺し、携帯を充電しながら携帯をいじりはじめた。
カシャ。とりあえずそんなるいの姿も撮っておいた男子。ちゃっかりしている。
「矢田、もう寝るの?」
早くない?まだ全然写真撮れてないんだけど、と言いたい男子。言わないけど。
「んー、まあまだ眠たくねえけど。眠たくなったら寝る。」
とるいが携帯を弄りながら返事を返していると、また部屋の扉がノックされた。
「あのー、矢田くんいますかー?」
……またかよ!!
男子一同がそう思ったのと同じようにるい自身も思ったようで、そんな女子の声にるいは「チッ」と小さく舌打ちをした。気がした。
するとその瞬間、るいはガバッと口元まで深く布団をかぶった。あ。どうやら女の子の声に応える気が無いらしい。
数秒後、再びコンコンと部屋の扉がノックされる。
「矢田、呼ばれてるけど。」
「……。寝てる。」
「あっ、はい。
……あの、矢田もう寝てる。」
代表者が部屋の扉を開け、女子にそう告げた。女子はションボリしながら帰っていったから、何故か罪悪感を抱いてしまった代表であった。
「矢田まじでモテるなあ。」
「彼女つくんねーの?」
布団をかぶったるいだが、るいがまだ起きていることを知っている男子は、るいにそんな話題をふってみる。実はかなり興味あることだ。というか、さっさと彼女作れ、と男子は皆思っている。
…がこれがまたなかなか彼女作んないんだなー、矢田くん。
「彼女つくるっておかしくねえか?」
「ん?」
るいから返ってきた返事に、男子一同首を傾げた。
「なんで?おかしい?」
「俺は彼女作んねーよ。」
「おお…、矢田が彼女作んねー宣言した。」
これはいい事を聞いた。さっそく女子共に伝えなければ。…と男子一同が思ったのも束の間、
「俺が好きになったやつが、俺を好きだったら、その時は彼女になってもらう。」
目を閉じながら、少し眠たそうな声でそう言ったるいは、その後、スースーと寝息を立てて眠っていた。
暫くその部屋は、シーンと静まり返っていた。るいの台詞に、呆気にとられていたのだ。
かっこいいやつから聞かされた台詞は、なんだかとてもかっこいい台詞のように聞こえたのだ。
「やべえな、今の女子が聞いたら鼻血出すんじゃねーの。」
「……やべえ、俺マジいい仕事した…」
「は?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべた男子が1名。携帯電話を持ってなにやらにやけている。
『俺が好きになったやつが、俺を好きだったら、その時は彼女になってもらう』
再び部屋に流れたのは、先程るいが言ったばかりの台詞である。
なんと、先程のるいの台詞は、代表によって携帯でうまく録音されていたのだった。
「おおお!やべえお前!!」
「いくらでそれ女子に聞かせるよ!」
「タダでは聞かせらんねーよな!」
「ちょ、騒ぐなって、矢田が起きるだろ!」
「あ、矢田の寝顔誰か撮れよ!」
学年一のモテ男、矢田るい。
彼は、自分の知らないところで、
恥ずかしい台詞や寝顔が、
男子たちによって女子に、
回されるのであった。
修学旅行の夜:るい おわり
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