5. 修学旅行の夜:航 [ 46/188 ]

大広間にて。クラスの男子は一室にまとまった部屋で宿泊している、修学旅行。最も楽しいのは、そう…夜だった。


雑に敷かれた数々の布団は、どれが自分の布団か分からない。好きな場所に寝ろ、といった感じ。

1日中歩き回って疲れ果てたはずなのに、まだまだ楽しいのはこれからだ!といった雰囲気の男子が複数いる中、明日に向けてさっさと寝ようという賢い男子も中にはいる。


「枕投げしねえの!?!?」


早々に布団の中に入った男子に向かって言ったのは、やはりというか…この男、友岡 航だった。


「しません。先生見回り来るまでに寝とかないと説教部屋行かされんぞ。」

「えっ…枕がこんなにいっぱいあるのに!?……枕投げしねえの!?」


友岡 航の表情は、理解できない!と言った表情だった。それはもう枕投げをすることが当たり前だと言いたげな表情。


「なにその枕投げして当たり前みたいな言い方。」

「えっしおりにも書いてあったじゃん、夜9時より枕投げ、って!」

「航が自分で書き足したんだろ。」

「だって修学旅行イコール枕投げだろ!」

「考えてみろよ、枕投げの一体なにが楽しいんだ?…っぶへ!!」


布団に入りながら真面目な顔で航に告げるクラスメイトの顔面に、枕が一つ飛んできた。


「それ!それだよ!今のその反応!」

「てっめえ、やりやがったな!?」

「っしゃ、この俺の華麗なる枕避け!」

「っクソっ!!」


航に枕を投げつけられたクラスメイトは、仕返しに航へ枕を投げつけるが、サラリとかわされてしまい、悔しそうに唇を噛み締めた。


枕を上手く避けたことでドヤ顔をしている航だが、そんな航の背後から枕が飛んでくる。


「ぐへっ!!なぬ!?後ろからやりやがったな!?」


くるりと背後へ身体を向けると同時に、航は一つ枕を持ち、枕を投げた。

航の背後にいたクラスメイトに当たった枕は、ボソッと音を立てながら布団の上に落っこちる。


「俺じゃねえって、今投げたのこいつだってばぁ!」


理不尽に枕をぶつけられたクラスメイトは、顔面を抑えながら隣で寝たフリをしているクラスメイトを指さしている。


まさにその場は、航のご希望通りの、枕投げ会場と化していた。そんな中、ガラリとその部屋の戸が何者かによって開けられた。


反射神経の良い航は、すぐにその音を聞き取って、布団に倒れ込んで寝たフリをする。


説教部屋などお断りだからだ。

航は部屋を開けたのが、当然教師だと思っていた。

しかし現れたのは、隣のクラスの女の子だった。赤い顔をした子を引き連れた2人の女の子。

これは、この中の誰かに告白だな。と男子は彼女たちを見てすぐに察する。


「どうしたの?」


近くにいた男子が代表で彼女たちに問いかけると、顔を赤くした女の子が口を開いた。


「…あの、友岡くん、いる…?」


彼女が口にした名前に、何人の男子が舌打ちしたくなっただろう。とてつもなく悔しいが、友岡 航はモテるのだ。


「あー…航な、ってあいつどこいった?」

「あれ、今さっきまでイキイキと枕投げしてたけど。」

「おーい航?」

「あ、これじゃね?うわ、ちょ、こいつ寝たフリしてるぞ。」

「実は先生の見回りに一番びびってんのこいつだろ。」

「行動はや、おい呼び出しだぞ。」


ドカドカと、クラスメイトは寝たフリをしている航の身体を、ゲシゲシと蹴りつけた。

彼らは当然、寝たフリをする航はすぐに起き上がると思っていたが、航はなかなか身体を起こそうとしない。


「おーい、もう寝たフリいいって。」

「はやく行ってやれよ。」


バシバシ、彼らは航の背中を叩きつける。

…が、航はやはり起き上がろうとしなかった。


そこで彼らはふと思うのだ。


「ひょっとして、ガチ寝?」

「いやいやいや。早いって!!」

「さっきまで枕投げして1番ぴんぴんしてたのこいつだろ!」


そうは言っても、何度叩いても起きない航。

女の子が不安そうに、そんな光景を眺める中、彼らはとうとう聞いてしまったのだった。


「…すー。…すー。…」


……友岡 航の、寝息を。


その瞬間、男子たちは大爆笑した。


「うははははマジかよこいつ!」

「ガチ寝じゃねーか!!」

「寝るのはえーよ!!」

「ごめんな〜、航寝たみたい。」


申し訳なさそうに女の子に言いながらも、男子の心の中はきっと笑っているだろう。

残念そうに帰って行った女の子は可哀想だが、せっかく告白されるかもしれない、ってタイミングで爆睡している航には、正直笑いが止まらない。


こうして、友岡 航は朝まで目覚めることはなく。修学旅行という思い出を作る場で、クラスメイトの男子たちにしたら、最も強力な思い出が残ったのだった。


「そういやさ俺、枕投げする夢見たよ。」

「へえ。」


翌日、自分が見たという夢を語る航は、あまり相手にしてもらえなかった。

というのも、昨夜、女の子が航を呼び出しに来たことは、悔しいから航には内緒にしてあるからだ。


そもそも枕投げをしたのは夢ではない。


修学旅行の夜:航 おわり


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