3. 受験生:友岡 航 [ 44/188 ]
友岡 航が担任に薦められたのは、全寮制の学校だった。共働きで忙しい両親からしたら、全寮制はもってこいだ。やんちゃで手のかかる今まで大切に育ててきた我が子が親元を離れるのは非常に寂しくはなるが、我が子の将来にも少し不安があったため、きっちりとした環境で、しっかりした子になって帰ってきてもらうため、両親もまた、航が全寮制の学校を受験することを、航に薦めたのであった。
しかし足りない。
合格するには成績と偏差値が足りない。中2の半ばで受けた模擬テストでの判定は、Dだった。
このままでは危うい。と三者面談で担任に告げられた航母は、その日から航受験モードに突入させるため、燃え上がった。
「航、ケータイ没収。」
「は?なんで?」
「ゲームしてる暇があるなら勉強せえ!!!これはあんたが高校受かるまで没収じゃ!!!」
「えー!!困るって!!!ちょ、待って、もうちょっとでランク上がりそうなんだよ!!」
「んなもん知るかっ!勉強せえ!!」
「あああーんお母さーん!!!」
こうして友岡 航中2の冬より、携帯電話無し生活がスタートした。
「学校帰ってきたら最低5時間は机に向かえ!!いや5時間なんか短いっ!8時間だ!」
「いや無理だろ。」
「やる前から無理って言うな!ほら、航くんお菓子食べながらやればできるっ!」
「おお、母ちゃん気がきく。」
航母は携帯電話を没収した分、しっかり餌付けしながら航を勉強机に向かわせた。
しかしさすがに8時間は無理だったものの、最低5時間は頑張った。友岡 航、大進歩である。
しかし就寝時間はいつも12時前。規則正しくはあるが友岡 航、受験生という自覚はあまり無いようだ。
こうして、「放課後は誰かしら先生捕まえて勉強教えてもらって帰ってこい!」などとのたまうなかなかにスパルタな航母のおかげか、ちょっぴり中3で成績を上げた友岡 航。
模擬テストの判定はBへ。
これならなんとかいけるのでは?
…と調子に乗り始めた我が息子に油断させないために、航母のスパルタ教育は続く。
「航ちゃん、ケーキ買ってきたわよ。」
「おお、母ちゃんどうした、俺今日誕生日じゃねえぞ。」
「航ちゃんが受験勉強がんばってるから母ちゃん奮発しちゃった。勉強終わったら食べなさい。」
「先に食いてえ。」
「勉強終わったらな。」
「はい。」
航母に鋭い眼光を向けられては逆らえない、航であった。
しかしそんな航母、表向きは華奢で可愛らしい容姿をした若々しいお母さまである。
「先生、最近航どうですか?真面目にやってますぅ?不真面目な態度見せたら遠慮なくどついてやって下さいねぇ?」
「いえいえもう、最近は友岡くん放課後積極的に先生のところへ行って勉強を聞きに来ていますし、がんばってますよ!」
担任からその言葉を聞いた航母、内心にんまりほくそ笑む。何故なら放課後先生のところへ行け!と航に指示しているのは他でもない航母だからだ。
「ほんとうですかぁ!?ありがとうございますぅ!今後も航を、よろしくお願いしますねぇ!」
三者面談ではいつも、外面良くしている航母に、口を出さない航、なかなかに航母によって躾けられている。
そして三者面談の翌日は必ず担任に言われるのだ。
『息子思いのいいお母さんだな。お母さんのために勉強頑張れよ。お母さんの期待を裏切るな』と。
毎年息子の成績、授業態度には困らされている先生たちだが、航母を前にすると言いたいことを言い出せないのであった。
そうして航は先生より直々に、授業態度などを叱られる日々が続いている。
そんなこんなで無事、航母の協力もあって乗り越えられた高校受験。
航は希望校へ、入学者最低得点で合格を果たしたのだった。
「航っ受験お疲れ様っほら、携帯返すねっ、真面目に頑張れよっ」
涙混じりな母によって、航の手に戻ってくる携帯電話。航は母の涙につられるように鼻の奥をツンとさせながら携帯電話を受け取ろうとしたとき、航母はひょいと航から携帯電話を遠ざけるように高く上げた。
「これが返ってきたからと言ってゲームばっかりしてたら許さへんからな!」
関西育ちな航母の関西弁での叱咤に、航はびくりと身体を震わせる。
あれ、先程の母の涙は何処へ。
「それから。これは携帯電話であってゲームじゃないからな!携帯電話な役割りを果たせ!」
つまり、何が言いたいかと言うと、寮に入ったら電話、そしてメールをしろ、と母は言いたいのだが。
勿論バカな息子にはそんな気持ち、伝わらないだろうな、と思いながら、航母は「はぁ…。」とため息まじりに今度こそ航に携帯電話を手渡した。
「頑張ってね、航。」
「うん。」
こうして友岡 航は無事、高校生になるのであった。
受験生:友岡 航 おわり
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